――そのニュースはたちまち国中を駆け巡った。
「なにぃ!?」
「皇妃選抜が始まるですって!?」
「エ、それって何じゃんよ」
「また皇帝様が嫁探しを始めるってことさね!」
「応募資格は国中の女性全員! さ、皇帝を惚れさす創作物を作れば」
「誰だって、オラだって皇帝のお嫁さんになれるってことだっべ!?」
「うおおおおおすげえええええ!」
「しかも奉景さんが新作出すってさ! その名も『習作集・壱』ッ!」
「あの国家的天才文芸作家の!? 廃妃様ッ!?」
「激アツじゃんね!」
「あっしも絵ェ描かにゃああかんのう!」
「ちくわ大明神」
「アタシも創作ダンスでも……いまなにかいたわね?」
そんな市井の人々の声を聞きながら、町娘に扮した俺こと奉景は書店を見に行っていた。
カトルが手を回してくれたおかげで、今まで作り貯めた詩や小説もどきが本になって出回ることになった。もちろん、朔月の描いた挿絵や表紙絵もついて。
製紙会社や印刷会社などを回り、自分自身で頭を下げて回ったおかげで値段はかなり抑えられた。
本来はそこら辺の手配もカトルがしてくれるはずだったが……義理というか、誠意というか。自分で掛け合わないとどうにも腑に落ちなかったのだ。
……それに、ランたちみたいな貧困層でも楽しんでもらえるようなものにしたかったからな。俺の手取りを削ってでも流通価格をギリギリまで下げてもらった。
書店は大賑わいだが、何か様子がおかしい。
「なかったねぇ」
「残念だわ……」
落胆する人々。店から出て行く大量の人波をかき分けて、すぐにがらんどうになった書店。
俺の本はどこだろう。
店員に聞くと。
「すみません、売り切れてしまって……大量に入荷したんですけどね」
笑いながら告げる店員。納得、しつつ。
……俺の本ってここまで多くの人に望まれてたんだな。
なんだか希望のようなものがわいて、伸びをした。
さて、次はどんなのを作ろうか。
*
「どういうことだ斑鳩ッ!」
「だーらさァ。言ってんだろ? ……俺たちゃ『失敗』したンだよ」
めがねのシャープな青年、吉谷里は、ひげ面の怪しげな男――斑鳩に詰め寄っていた。
「まずな? 俺はあの商会を乗っとるために暗殺者をけしかけた。コンサルタントを装って、経営を乗っとろうとした。どうせ後継者のガキは使い物にならねぇ、と踏んだ。『途中までは』順調だったんだぜ?」
説明する斑鳩に、顔をしかめる吉谷里。
「んな怪訝な顔すんなよ。……俺を疑ってンのかァ?」
「そんなことはない。続けろ」
明らかに不機嫌な声音の吉谷里を気にせず、斑鳩はべらべらと喋った。
「……俺はなんら悪くねぇ。後継者のガキがやりやがったんだ。………………あの廃妃の女のほうを信用しやがったんだよ、あのガキ」
「廃妃……だと?」
「あの、ホーケーみてぇな名前した、怪しげな女だ。あのババア、俺を見てニヤニヤしてやがったよ。お前がアレを嫌ってる理由がよぉくわかったぜ」
ヒヒヒ、と笑う斑鳩。
「奉景か……最近新作を出しよった」
「……よく調べてんじゃねぇか。好きなのかい?」
「そんなことは、ない。ない、が――」
吉谷里の脳内、フラッシュバックする『詩』。鳴り止まない『詩』が、彼の顔をゆがませる。
「次こそは、必ず……」
呟く吉谷里。それにかぶせるように、斑鳩はヘヘヘと軽薄そうに暗い笑みを浮かべた。
「ええ。――革命、成し遂げましょうや」
*
「ラン、最近明るくなったわね」
さらさらと藁紙に万年筆を走らせながらそれに聞き耳を立てる私。
「そうかい?」
「ええ。前はあんまり話さなかったんだけどね? 最近は口を開くたび奉景さま奉景さまって」
そんなことを言う。
「やっぱり僕の買ってきたペンのおかげかな」
「それもあるんじゃないかしらね。……でも、あんな高級そうなの、よく買えたわね」
「『大口の依頼』があったから」
「……そう」
あえて深掘りはしなかった。いま持っている万年筆が「誰かの命の対価」であることはあえて考えないようにしていた。
……そういえば、奉景さまの取引先のえらい人が死んだんだっけ。もしかして……いやいや、ありえないか。
不意にわいてきた考えに無理矢理蓋をして、目の前の原稿のことで思考を塗りつぶす。
「ランねぇ、ほうけいおねえちゃんに『コイ』してるのー?」
「わっ、フェン!」
思わず声を出した。
いつの間にか懐に潜り込んでいた小さな少女。
それを引きずり出し、ペちんと頭を叩くリュスア。
「ラン姉のジャマすんな」
「でも、ランねぇから『コイ』のけはいをかんじてー」
「鯉なんか飼ってるわけないだろ、バカ」
「ちがうってー!」
そんなやりとりにふふふ、と笑う私。
ほう、と息を吐いた。いろいろと考えることが多すぎる。
皇妃選抜。私も当然戦うつもりだ。いま考えてる新作で。
でも、アイデアがいまいち詰め切れていない。それに。
またため息を吐いた。
どんなに考えても、『あの人』が脳裏をよぎる。
どんなに書いても、『あの人』への気持ちを綴ってしまう。
「奉景さま……」
その人の名前を呟いて、またため息を吐いた。
だって、この気持ちを形容する言葉など『それ』以外にはそうあるものではないから。
……そう、この気持ちはきっと。
*
こうして動乱の夜は更けていった。
これからまた、忙しく日々が過ぎてゆく。
寝室にて、皇帝は煙草を吹かし、朝日に目を細めた。
これから始まる世界には、何が待っているのだろうか。
立ち上る紫煙。ベランダから空高く登ってゆく。
そして、新時代の幕開けを告げるように、高らかな朝の鐘が鳴り響いた。
第一部・革命前夜編