「やっぱこいつ嫌いだわ」
口をついて言い放った言葉。
目の端。眉をしかめる吉谷里。さすがに不敬すぎただろうか。
でもさすがにしょーがなくない? 何の用だとか見下した直後に我が愛しき元妃とか、言い回しがきっしょいわ。
しかし皇帝は。
「……」
なんか少ししょんぼりしているようだった。嫌いって言われたからか? いやいや、皇帝ともあろう方がたかが俺ごときに嫌いって言われたくらいで、ねぇ。
ともかく。
「…………まあいい。俺に嫌いと言うためだけにここに来たわけでもなかろう」
皇帝はうんうんと頷きながら、半ば自分に言い聞かせるかのように告げた。めっちゃダメージ負ってんじゃねーか。
俺はため息を吐いて。
「ンませんね、イッツアジョーク」
「そうか、
やっぱり上から目線が過ぎるぜ皇帝さんよぉ!
これからこの、どこぞのギル○メッシュみたいな皇帝を手玉にとらなきゃいけないのか……ともう一度ため息を吐いて。
「一先ず、要件を告げよ」
そう皇帝が言って、ようやく自分のすべきことを思い出す。
「ああ。そうだったな。単刀直入に言うぜ――」
俺は息を吸って、今回の最大の要件を告げた。
「――紙の流通を、再開してはくれねぇか?」
「ほう……ほう?」
「知らないとは言わせねぇぜ。――宮廷内の紙不足のことだ」
「ああ、印紙や書類関係での滞りがあるのは存じておる。だが、我は」
「業者関係を一から調べ上げた。製紙や流通の関係を、特にな。その結果――」
そこまで言って、皇帝も察したようであった。
しかし、彼は状況を理解した上で。
「原因は我ではない。我自身は関係ない。……おそらく宮廷内部に不届き者が居るようだ」
「ああ。それもわかっている」
俺の声に、皇帝は意図をつかみあぐねているようで。
「では、何故我に対してその事実を伝えた」
その問いに、俺は彼の目を見据え、一言で答えた。
「紙の流通を再開させるよう、業者に命じさせるためだ」
この国の法律として、矛盾する命令は階級の高い人物のものが、そして同じ階級の人物が出したものであれば、新しいものが適用されるとあった。
星月国では皇帝を最上位とした階級制度が敷かれており、その階級の高さで命令などの通りやすさが違うのだそうだ。そして、同じ階級の人物の命令であれば『新しいものが』適用される。命令にも種類があったりするらしいのだが、まあそれは省略するとして。
要するに『命令は同じ階級以上の命令で上書きできる』のだ。
「どうやら、その不届き者は皇帝からのものだと偽装して『紙を作ってはいけない、そして宮廷に卸してはならない』と命令したらしい」
「何が言いたい」
「皇帝の命令は、皇帝の命令でしか上書きできない。だから、お前に頼む必要があったんだよ、皇帝サマ!」
そこまで告げると皇帝は、ため息を吐いて。
「であれば、お前は何を差し出す」
ああ、そうだよな。
「よもや、我を動かすのに何も用意していない、などということはあるまいな」
皇帝は(ちょっと忘れかけていたけど)これでもこの星月国という国の国家元首。最高権力者。――そう、国のトップなのだ。
日本で言えば首相。アメリカで言えば大統領。そういった存在だ。
当たり前だが、そういった人間が無償で動いてくれるはずがない。
俺も俺で国の重要存在だということを差し引いたって、それでもなんの損得も無しに動いてくれるほど生易しい存在なはずはない。
故に。
「ああ、もちろんだ」
切り札を用意していた。
「だが、ちょっと間に合わなくてな。今すぐは出せない」
「構わぬ。して――お主は我に、何を差し出す?」
そして俺は、したり顔で告げた。
「――私の、現時点での最高傑作を、復帰の一作目としてあなたに献上いたしましょう」
目を見開く皇帝。「そんなこと、出来るはずが――」息を呑んだ吉谷里の言葉を皇帝は手で制し。
「それでよろしいでしょうか? 皇帝様」
尋ねる俺に、彼は。
「ふふ、ふははは。面白い。実に面白いぞ奉景! 流石は『国』に認められた最高の創作者よ!」
高らかに笑う男に、若干の冷や汗をかく。けれども、彼は頬杖をついて。
「さあ、去ね」
じっと俺を見据えて告げた。
息を詰まらせ険しい顔をした俺に、彼は頬を釣り上げて言った。
「最高傑作を作り上げるのだろう?」
*
俺はかつてないほどの興奮を手に、鼻息荒く、スカート状の服の裾を引きずり歩く。
「どうしましたの? 奉景さん」
久々に話しかけられたような気さえする彼女――朔月。
彼女の問いに、俺はどこかうわずったような声で。
「陳情が通ったんだ」
告げると、彼女はとぼけたような顔で聞く。
「何の話ですの?」
「紙のこと」
その答えに彼女も納得したようで。
けれど、一瞬の後にまた尋ねられる。
「でも、何を急いでますの? 何か、急ぐことがありまして?」
そう聞かれ、立ち止まった。
「……明日までに詩を皇帝に差し出さなければならないんだ」
「それならば簡単じゃあ……」
「俺の最高傑作を、だよ。それも、紙のないこの状況で、猶予は一晩だ」
「……ピンチじゃないですの」
彼女の言葉はまさにその通りだ。
「あの方、妙に審美眼は優れていらっしゃるのですわ。流石は、曲がりなりにも芸術大国の皇帝。――あの眼は伊達ではないですわよ」
「知ってる。だから、この限られた状況で打てる布石は打ってきたつもりだ」
答える。しかし彼女はまたもや質問を重ねた。
「では、何故、貴女はこんなにも――笑ってらっしゃるのですか?」
目を見開いた。
……そうか、笑ってたか。
たまらず、失笑の声を溢した。
「何がおかしいんですの」
「ふふっ、くふふっ。何もおかしくないさ。ただ――」
「ただ?」
「絶体絶命の状況。最高傑作を作らねばならないプレッシャー。ははっ、アハハッ」
俺はただただ笑いながら、声高らかに叫んだのだった。
「――最高に、燃えるじゃあ、ないか……ッ!」