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#19 大商館にて


「この問題、俺がどうにかしてやらぁ!」

 俺は言い放った、はいいものの。


「どうすればいいんだ――!」


 俺は頭を抱えた。

 後宮。廊下。ランを入り口の門まで送り届けたあとのこと。

 俺は策を練っていた。だが、何を思いつくわけでもなく途方に暮れていた。

 ……この世界、タバコってあんのかな……。

 行き着いたのは無意味な現実逃避。紙タバコを吸うふりだけして、息を吐く。

「なんですの? その仕草。妙にカッコイイですわね」

 その声に、タバコの先を壁に押しつけて火を消す仕草をしつつ振り返ると。

「ってか息くっせぇですわ」

 朔月がいた。

「おいおい、初期のかわいげはどうしたよ。あの頃の純粋な君はどこへ行ったんだい」

「アレは……『お姉さま向け』仕様ですわ! 本性がドロドロで悪かったですわね」

「そっちのが人間らしくていいと思うぜ? それより壁画はどうしたよ」

「土壁は画材としては不向きってことだけはよくわかりましたわ」

 朔月の「それよりその前なんて言いましたのっ?」という疑問を、俺は疑問で上書きした。

「で、どこに行こうとしてたんだ?」

「はぐらかすなですわっ!」

 そう叫ぶ彼女。数秒何も言わずに黙ったのち、大きなため息を吐いて告げた。

「決まってますわ。商人のところですわ」

 なるほど。俺は理解した。

 後宮に紙がない→流通がストップしている→紙を流通させてるのは当然商人→商人を問いただせば芋づる式に原因にたどり着くはず!

 多分そういうことだった。

「幸い、わたくしにはツテがありますわ」

 朔月はドヤ顔で告げる。

「昼の食事に、取引先の会長をお呼びしてますの。そこで話を聞きますわよ」


「来ないな」

「来ませんわね」

 昼食時、後宮の食堂。

「そういえば、招待状って」

「紙がないので使者をつかわしましたわ」

 話によれば、いつもはそれで普通に来るんだとか。

 俺は昼定食の弐――主食の米、それと油淋鶏らしき主菜、そして口直しの漬物のセットである――をついばみながら話を聞いていた。

「よく食いますわね」

「うまいもんここの食事。ランたちにもいつか食わしてやりたいぜ。それはともかく」

 空いた席を見やる。

「会談の時間はいつだ?」

「えっと……もうすでに過ぎてますわ」

 ……嫌な予感がした。

「なあ、この世界ってドタキャンは普通に」

『ないわ。常識的にあり得ないって扱いよ。特にこうした上流階級では、ね』

 まともな連絡手段が普及してない下層階級ならともかく、人を使って伝えられる上流階級おれたちなら連絡しないはずがない、というわけだ。ありがとうシス子。

 その情報で行き着く結論として。

『何かがあった』

 そう考えるのが自然だった。


 俺は白米を一気にかきこんだ。

「行くぞ、今すぐに」

「ええ。急ぎますわよ」


 行き先は、大商館。


 宮殿の門を抜け少し行った先、突き当たる丁字路。商業エリア大通り。そこを住宅街――孤児院があった方とは反対側に曲がり、ひたすらに直進。数十メートル。大通りの終点にその建物はある。

 大商館。その名が示すとおり、この国の商業のまとめ役のような役割をする施設である。重要な商談などはもちろんのこと、関税などの処理や輸入品の検査なども一手に引き受けている。

 大小様々な商会――一般的には、物流を担う会社の総称。それに伴って、売り物の手配やプロデュースなども一手に引き受ける、総合商社や出版社のような機能を併せ持つことも多い。現代日本で言うとアマゾンが一番身近で近似した例だろう――の重役がこの館に滞在している。

 その中には今日話す予定だった三馬トロイカ商会の会長であるゲラルドゥス・トロイカ氏もいるはずなのだが。


「……異様な雰囲気ですわね」

 建物の中は、やけにざわついていた。

 俺はとりあえず手近な話し声に聞き耳を立てた。


「人死にらしいぜ?」

「何でもお偉いさんが亡くなったんだとか。トロイカだっけ?」

「あー、最近やけに息子さんが出しゃばってると思ったら――」


「……行こう」「ええ」

 俺たちは一瞬目を合わせて、それから走り出す。


 果たして、嫌な予感は的中していたようだった。

 その部屋のドアを乱暴に開けると、中にいた複数人の目がこちらに向く。

 中には見知った顔もいた。

「カトル、どうした」

 反射的に訪ねる。

 数秒の沈黙。無言の圧力。目をしばたいたカトル。

 重苦しい空気。何があったか、想像に難くなかった。

 俺は人選を誤ったことを察した。よりにもよって、彼に言わせようとしてしまったことを悔いた、が。

 口を開きかけた部下を制して、カトルは意を決したように息を吸って、その事実を告げた。


「商会長、ゲラルドゥス・トロイカが――父さんが、亡くなりました」


「――ッ」

 息を呑む朔月を目で制する。

「シス子」

『言われなくても――この方は、ベッドで横たわっているその方は、残念ながらこの世界での生を』

「簡潔に」

『……ええ。亡くなられたわ。"システム"上、この世界では完全に。時刻は――いまさっき、ほんの十分前、ね』

「わかった。ありがとう」

 死んだように見せかけて――というのもないらしい。

 三馬商会トロイカといえば、北の大国を代表する一大勢力。事業の範囲はとても広く、市井の物でトロイカの手がかからないものはないだろうとさえ言われている。影響は一国に収まるものでは到底ない。

 どうやら、相当大変な事態になってしまったようであった。


 黙祷を捧げる。およそ十秒間。

 沈黙。誰かのすすり泣きの声。


 そして、誰かが言った。


「新会長」

 誰も返事をしなかった。

 否、返事するべき人間はいま、涙を流していた。


「泣いている場合じゃありませんぞ。――カトル・トロイカ、新会長」


 その言葉に、呼ばれた主――カトルは。

「わかっているよ……ッ」

 壁に拳をたたきつけた。


 慟哭が、大商館に響いた。


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