「この問題、俺がどうにかしてやらぁ!」
俺は言い放った、はいいものの。
「どうすればいいんだ――!」
俺は頭を抱えた。
後宮。廊下。ランを入り口の門まで送り届けたあとのこと。
俺は策を練っていた。だが、何を思いつくわけでもなく途方に暮れていた。
……この世界、タバコってあんのかな……。
行き着いたのは無意味な現実逃避。紙タバコを吸うふりだけして、息を吐く。
「なんですの? その仕草。妙にカッコイイですわね」
その声に、タバコの先を壁に押しつけて火を消す仕草をしつつ振り返ると。
「ってか息くっせぇですわ」
朔月がいた。
「おいおい、初期のかわいげはどうしたよ。あの頃の純粋な君はどこへ行ったんだい」
「アレは……『お姉さま向け』仕様ですわ! 本性がドロドロで悪かったですわね」
「そっちのが人間らしくていいと思うぜ? それより壁画はどうしたよ」
「土壁は画材としては不向きってことだけはよくわかりましたわ」
朔月の「それよりその前なんて言いましたのっ?」という疑問を、俺は疑問で上書きした。
「で、どこに行こうとしてたんだ?」
「はぐらかすなですわっ!」
そう叫ぶ彼女。数秒何も言わずに黙ったのち、大きなため息を吐いて告げた。
「決まってますわ。商人のところですわ」
なるほど。俺は理解した。
後宮に紙がない→流通がストップしている→紙を流通させてるのは当然商人→商人を問いただせば芋づる式に原因にたどり着くはず!
多分そういうことだった。
「幸い、わたくしにはツテがありますわ」
朔月はドヤ顔で告げる。
「昼の食事に、取引先の会長をお呼びしてますの。そこで話を聞きますわよ」
「来ないな」
「来ませんわね」
昼食時、後宮の食堂。
「そういえば、招待状って」
「紙がないので使者をつかわしましたわ」
話によれば、いつもはそれで普通に来るんだとか。
俺は昼定食の弐――主食の米、それと油淋鶏らしき主菜、そして口直しの漬物のセットである――をついばみながら話を聞いていた。
「よく食いますわね」
「うまいもんここの食事。ランたちにもいつか食わしてやりたいぜ。それはともかく」
空いた席を見やる。
「会談の時間はいつだ?」
「えっと……もうすでに過ぎてますわ」
……嫌な予感がした。
「なあ、この世界ってドタキャンは普通に」
『ないわ。常識的にあり得ないって扱いよ。特にこうした上流階級では、ね』
まともな連絡手段が普及してない下層階級ならともかく、人を使って伝えられる
その情報で行き着く結論として。
『何かがあった』
そう考えるのが自然だった。
俺は白米を一気にかきこんだ。
「行くぞ、今すぐに」
「ええ。急ぎますわよ」
行き先は、大商館。
宮殿の門を抜け少し行った先、突き当たる丁字路。商業エリア大通り。そこを住宅街――孤児院があった方とは反対側に曲がり、ひたすらに直進。数十メートル。大通りの終点にその建物はある。
大商館。その名が示すとおり、この国の商業のまとめ役のような役割をする施設である。重要な商談などはもちろんのこと、関税などの処理や輸入品の検査なども一手に引き受けている。
大小様々な商会――一般的には、物流を担う会社の総称。それに伴って、売り物の手配やプロデュースなども一手に引き受ける、総合商社や出版社のような機能を併せ持つことも多い。現代日本で言うとアマゾンが一番身近で近似した例だろう――の重役がこの館に滞在している。
その中には今日話す予定だった
「……異様な雰囲気ですわね」
建物の中は、やけにざわついていた。
俺はとりあえず手近な話し声に聞き耳を立てた。
「人死にらしいぜ?」
「何でもお偉いさんが亡くなったんだとか。トロイカだっけ?」
「あー、最近やけに息子さんが出しゃばってると思ったら――」
「……行こう」「ええ」
俺たちは一瞬目を合わせて、それから走り出す。
果たして、嫌な予感は的中していたようだった。
その部屋のドアを乱暴に開けると、中にいた複数人の目がこちらに向く。
中には見知った顔もいた。
「カトル、どうした」
反射的に訪ねる。
数秒の沈黙。無言の圧力。目をしばたいたカトル。
重苦しい空気。何があったか、想像に難くなかった。
俺は人選を誤ったことを察した。よりにもよって、彼に言わせようとしてしまったことを悔いた、が。
口を開きかけた部下を制して、カトルは意を決したように息を吸って、その事実を告げた。
「商会長、ゲラルドゥス・トロイカが――父さんが、亡くなりました」
「――ッ」
息を呑む朔月を目で制する。
「シス子」
『言われなくても――この方は、ベッドで横たわっているその方は、残念ながらこの世界での生を』
「簡潔に」
『……ええ。亡くなられたわ。"システム"上、この世界では完全に。時刻は――いまさっき、ほんの十分前、ね』
「わかった。ありがとう」
死んだように見せかけて――というのもないらしい。
どうやら、相当大変な事態になってしまったようであった。
黙祷を捧げる。およそ十秒間。
沈黙。誰かのすすり泣きの声。
そして、誰かが言った。
「新会長」
誰も返事をしなかった。
否、返事するべき人間はいま、涙を流していた。
「泣いている場合じゃありませんぞ。――カトル・トロイカ、新会長」
その言葉に、呼ばれた主――カトルは。
「わかっているよ……ッ」
壁に拳をたたきつけた。
慟哭が、大商館に響いた。