「ない!」
俺は叫んだ。
何がないか。
「紙が! ない!」
そう、創作に使う紙である。
前回までのあらすじ。
文芸でこの国の王様を落とさなきゃいけなくなったヒロインこと俺、
男だったときの過去の強迫観念から見知らぬ孤児院に寄付をした俺はなんやかんやで弟子を手に入れたわけだが。
そんな矢先に「文芸に使う紙がねぇ!」となったわけである。ファッキンシットあらすじ終了ッ!
というわけで。
「ラン! 探しに行くぞ!」
「はっ、はい!」
まず、売店。
「紙ってあります?」
後宮内の、いつも紙やら何やらを売ってくれる売店の主人に話しかけると、彼は冷汗ダラダラで。
「大変申し上げにくいのですが……」
と、非常に申し上げにくそうにしていた。その様子で察しはついたが。
「……単刀直入に頼む」
そう告げると、彼は大きなため息をついて、大きく息を吸って、それから叫ぶように告げた。
「ないです! 次回入荷未定!」
「でしょうね!」
「
「何ですのっ!?」
友人である朔月の部屋のドアを乱暴に開けると、部屋の主はたいそう驚いたように俺の方に振り返った。
「……」
ぺこり、と部屋のドアを閉めながら会釈するランに合わせるように首を縦に振る朔月。
まだなんとなく剣呑な雰囲気が漂っている。まあ、朔月がランのいる孤児院のことを口汚く罵ったのは事実なので、そりゃわだかまりが消えるわけもないわけで。
でもそれとこれとは関係ない!
「単刀直入だが――」
紙を貸してくれないか? そう告げようとしたとき、彼女の方もまた口を開いた。
「紙がありませんわ! 助けてですの!」
そっちもかーい。
「絵を描く紙がありませんの。このままじゃ気が狂いそうですの。早く絵を描きたいですの。絵を描きたい絵を描きたい絵を描きたい絵を描きたい絵を描きたい絵を描きたい絵を描きたいですででですすののののののののののの」
しかも思ったより重傷だ。もうすでに狂い始めている。
半分白目をむいて「絵を描きたい」と連呼する絵画中毒者の肩に、ランが手を置いた。
「……なんですの?」
「絵ならば紙以外の場所にも書けるかと思うんですけど……たとえば壁とか」
「ナイスアイディアですわァ!」
目をガン開いて、朔月は早速筆を執った。
「壁画ですわ壁画壁画壁画壁画壁画壁画壁画壁画壁画壁画壁画」
その目には狂喜がにじんでいた。ああはなりたくないなぁ……。
苦笑する俺に、ランは怪訝な目を向けて、ぽつりとつぶやいた。
「五十歩百歩……」
「なんか言ったか? ラン」
「なんでもないです、せんせー」
『ちっちゃい子に鼻の下伸ばして……このロリコンめ』
「うわバックベアード!?」
脳内に響いた謎の声に俺はわざと大げさに反応する。
『誰がアメリカの大妖怪よ』
うん。非常にノリがよくてよろしい。
「どうしたんですか、せんせー」
「なんでもないぜ。平常運転」
「平時から頭おかしいですもんねせんせー」
「毒舌が過ぎないか!?」
キレッキレのラン。かわいい。それはともかく、俺は咳払いを一つ。
「ともかく、ちょっと俺は独り言をするのでちょっと後ろ向いてるね」
『独り言じゃないでしょ』
そのツッコミに俺は。
「いや独り言だろ。お前は結局、俺の脳内の幻聴なんだから」
とツッコミ返す。
だが、彼女――システムボイス、別名シス子は大きなため息をついて告げた。
『あたしはアンタの脳内に直接語りかけてるだけの、あくまで別の存在よ。アンタの脳内が作り出した幻覚ごときとは全く原理からして別物ね』
「起きてる現象はほぼおんなじようなもんじゃん」
『違うのよっ! ってか話が進まない!』
「で、シス子。今日はなんで話しかけたんだ?」
『……さみしかったの……ってちがうし! 落ち着け、落ち着けあたし……ってか急にシリアスになるな!』
「そう言われてもなァ」
苦笑した俺に、彼女は告げた。
『今日伝えに来たのは、大変残念な事実よ』
「…………」
俺だって、話を聞くときは聞く人間だ。聞かないときは聞かないけど。
このときばかりは、聞かなくてはいけないような気がして。
――その直感が、正解だったことを知るのは、その数秒後だった。
俺の口からこぼれた呟きは、ランの息を呑ませた。
「――紙の仕入れが……生産が、ストップしている……?」
『そ。……いまさっき、あたしの中のデータベースが更新されたばかり。あたしを責めても』
「意味なんてない。無駄だ」
『……の、割には無駄なことばっかり考えてるようだけど?』
正直、シス子の言うとおりだった。
頭の中は「どうしようどうしようどうしようどうしよう」とぐるぐるぐるぐる無駄な思考が鳴門海峡もさながらの大渦を巻いていた。
ああもう、思考がノイズ過ぎて何もまともに考えらんねぇ! どうする、どうするどうするどうする――。
「せんせー……」
ふと、声に気づく。後ろからだ。
振り返ると、ランが俺の服の裾をつかんでいた。
……不安がらせてしまった。俺が――
「あっ、すみませ――」
慌てて離れようとするランを、俺は抱き寄せた。
頬を赤くする彼女。よし、覚悟完了!
その勢いのまま、俺は言い放った。
「この問題、俺がどうにかしてやらぁ!」