――喋れば喋るほど、毒々しく棘が滲み出た。
「~~~~~~~~」
「~~~~~~~~」
罵詈雑言ばかりの喧嘩。醜くて汚い、口喧嘩。
「~~~~~~~~」
「~~~~~~~~」
書き切れないほどの憎悪が。覚えきれないほどの邪悪が。
苛烈な口論となって。
――自分でも
気持ち悪■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
覚えていない出来事。
忘れてしまいたい記憶。
墨の塗りたくられた頁。
吐き気のした日。
*
最悪だ。書き上げてそう思った。
「その日」のことはあまり覚えてはいなかった。
覚えていない記憶をかき集めて、書いて、消した。
書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。
幾度書いても、嫌になって消した。そのうち書き出すことすら億劫になった。
気がつけば、黒い紙が大量に積み重なって。
累計数十枚目を丸めて。
ふと我に返って。
「なにしてんだろ、俺」
涙が出ていた。
もう自分でも何かいてるかわかんなかった。
誰に見せるわけでもない――見せられるわけないものを必死に書いて。
「気持ち悪い」
そのときだった。
おずおずと、控えめに、扉をたたく音が聞こえたのは。
「入るな」
俺は言った、つもりだった。
「もう入りましたわ、奉景」
見下すような口ぶり。朔月の言葉に、俺は違和感を覚える。
「いつもはノックなんてしないだろ」
嘆息とともに告げた言葉。頭にポコンと何か投げられたような感覚。
渋い顔で振り返ると。
そこには、ランがいた。
*
その日、私――朔月は、困り果てておりました。
「ここに入れてください! お願いします、おじさんっ」
――衛兵に頼み込んで、後宮の門を開けさせようとしている少女がいたのです。
衛兵は困り果てて「ごめんな、俺も仕事なんだ。ここを開ける訳にゃいかん」と言って彼女を突き返そうとしましたが、その子はどうにも引き下がる様子はありません。
「お願いしますっ! あの人に、話したいことが――」
「いくらカワイイ子の頼みでも、残念ながらここは開けないんだ。開けたら王様にブチ怒られて――」
「おねがいしますっ」
「クビに……あー、まあ、話は聞いてやるから。帰るって約束してくれれば」
「直接伝えたいんですっっ」
「その人に伝えてやるから! 帰れって!」
シッシと追い払う仕草を見せた衛兵。観念したかのように、彼女は話し出しました。
「奉景せんせーに、会いたいのです」
「あの偏屈なねーちゃ……ンンッ、廃妃様に?」
「……あの日のお礼を、直接伝えたいのです」
私は目を見開きました。
「あの日? お礼? ってかそれなら伝えてやっから。ほら、帰った帰っ――」
何故なら、その少女は――。
「しょうがありませんわね!」
物陰から飛び出した私に、二人はたいそう驚いた様子でした。
「げっ、性わ――朔月様!?」
「……職務ご苦労様。ところで今なんて言おうとしましたの?」
衛兵の口ぶりをとがめつつ、私は少女の方に向き直りました。
曇った表情の彼女。……当然ですわね。自分の家を口汚く言った相手に出てこられても、不快なだけ。
けれど。
「ラン、といいましたっけ。あの小さな孤児院の」
――これも、運命の思し召しなのかもしれない。
小さく首を縦に振る彼女に、私は手を差し出しました。
「
*
「せんせー。おひさしぶりです」
目が合った。……醜い、『俺』と。
朔月はうつむき気味に、俺に視線を向ける。否、ランから目を背けている。
俺は自嘲気味に言った。
「……俺を先生と呼ぶんじゃない。君の憧れた『先生』は、もう」
死んでいるのだから。
人間は魂由来だ。この国の文化として、生物は体は同じでも精神や人格――即ち魂が違えばそれはもう別人だ。
奉景の魂は、もう"この世界には"存在しない。シス子、つまり転生システム――魂を司るシステムに問いただしたら、そんな結論が出た。
そう。『奉景』は死んだのだ。
「俺は偽物だ。
「せんせー。あの日は、ありがとうございます。わたしたちを、かばってくれて」
目を見開いた俺。
「だからッ――」
そう激昂滲ませた俺を。
「せんせーは、せんせーです」
彼女の視線は射貫いた。
「いまだって、ほら」
少女の女神のような微笑みは、俺から、その背景の紙の山に移された。
「
「それはっ、書かないと、いけないからで」
「誰がそうさせてるの?」
「……れ、は」
誰だって挙げることができた。カトルでも朔月でも待ち望んでる読者でも。理由なんていくらでもでっち上げられる。
でも、誰のせいにもできなかった。
「本能が、せんせーを机に座らせ、筆を執らせている。せんせーは、せんせー以外の何物でもなく、中身が誰であろうと、せんせーなのですよ」
俺ははっとした。
……もう、戻れないんだ。
俺は俺だった、つもりだった。
それは体が変わっても変わらないつもりで、現にだからこそ「孤児院を守る」という「『
でも――俺は、いつの間にか変質していたのだ。
書かなければ生きていけない、作家という生き物に。
奉景という体と立場に犯されて。
俺は、いつの間にか『奉景』になってしまっていたのだ。
頬を引きつらせた俺に、口元を手で隠した朔月。ランは、細めた目でもう一度俺を見つめて告げた。
「せんせー、あなたが、大好きです」
そして。
恋する女神は、告白の続きを、ささやくように、口にしたのだった。
「だからわたしを、弟子にしてくださいっ」