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#15 Rewrite


 ――喋れば喋るほど、毒々しく棘が滲み出た。


「~~~~~~~~」

「~~~~~~~~」


 罵詈雑言ばかりの喧嘩。醜くて汚い、口喧嘩。


「~~~~~~~~」

「~~~~~~~~」


 書き切れないほどの憎悪が。覚えきれないほどの邪悪が。

 苛烈な口論となって。


 ――自分でも


 気持ち悪■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 覚えていない出来事。


 忘れてしまいたい記憶。


 墨の塗りたくられた頁。


 吐き気のした日。


    *


 最悪だ。書き上げてそう思った。

「その日」のことはあまり覚えてはいなかった。

 覚えていない記憶をかき集めて、書いて、消した。

 書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。書いて、消した。

 幾度書いても、嫌になって消した。そのうち書き出すことすら億劫になった。

 気がつけば、黒い紙が大量に積み重なって。

 累計数十枚目を丸めて。

 ふと我に返って。

「なにしてんだろ、俺」


 涙が出ていた。

 もう自分でも何かいてるかわかんなかった。

 誰に見せるわけでもない――見せられるわけないものを必死に書いて。


「気持ち悪い」


 そのときだった。

 おずおずと、控えめに、扉をたたく音が聞こえたのは。


「入るな」

 俺は言った、つもりだった。

「もう入りましたわ、奉景」

 見下すような口ぶり。朔月の言葉に、俺は違和感を覚える。

「いつもはノックなんてしないだろ」

 嘆息とともに告げた言葉。頭にポコンと何か投げられたような感覚。

 渋い顔で振り返ると。


 そこには、ランがいた。


    *


 その日、私――朔月は、困り果てておりました。

「ここに入れてください! お願いします、おじさんっ」

 ――衛兵に頼み込んで、後宮の門を開けさせようとしている少女がいたのです。

 衛兵は困り果てて「ごめんな、俺も仕事なんだ。ここを開ける訳にゃいかん」と言って彼女を突き返そうとしましたが、その子はどうにも引き下がる様子はありません。

「お願いしますっ! あの人に、話したいことが――」

「いくらカワイイ子の頼みでも、残念ながらここは開けないんだ。開けたら王様にブチ怒られて――」

「おねがいしますっ」

「クビに……あー、まあ、話は聞いてやるから。帰るって約束してくれれば」

「直接伝えたいんですっっ」

「その人に伝えてやるから! 帰れって!」

 シッシと追い払う仕草を見せた衛兵。観念したかのように、彼女は話し出しました。


「奉景せんせーに、会いたいのです」

「あの偏屈なねーちゃ……ンンッ、廃妃様に?」

「……あの日のお礼を、直接伝えたいのです」

 私は目を見開きました。

「あの日? お礼? ってかそれなら伝えてやっから。ほら、帰った帰っ――」

 何故なら、その少女は――。


「しょうがありませんわね!」

 物陰から飛び出した私に、二人はたいそう驚いた様子でした。

「げっ、性わ――朔月様!?」

「……職務ご苦労様。ところで今なんて言おうとしましたの?」

 衛兵の口ぶりをとがめつつ、私は少女の方に向き直りました。

 曇った表情の彼女。……当然ですわね。自分の家を口汚く言った相手に出てこられても、不快なだけ。

 けれど。

「ラン、といいましたっけ。あの小さな孤児院の」

 ――これも、運命の思し召しなのかもしれない。

 小さく首を縦に振る彼女に、私は手を差し出しました。


奉景アイツのとこまで連れて行って差し上げますわ。――ついていらっしゃい」


    *


「せんせー。おひさしぶりです」

 目が合った。……醜い、『俺』と。

 朔月はうつむき気味に、俺に視線を向ける。否、ランから目を背けている。

 俺は自嘲気味に言った。

「……俺を先生と呼ぶんじゃない。君の憧れた『先生』は、もう」

 死んでいるのだから。


 人間は魂由来だ。この国の文化として、生物は体は同じでも精神や人格――即ち魂が違えばそれはもう別人だ。

 奉景の魂は、もう"この世界には"存在しない。シス子、つまり転生システム――魂を司るシステムに問いただしたら、そんな結論が出た。

 そう。『奉景』は死んだのだ。


「俺は偽物だ。模造品レプリカ、いや模造品イミテーション。……いいや、偽造品フェイクだ。……そんな俺を」

「せんせー。あの日は、ありがとうございます。わたしたちを、かばってくれて」

 目を見開いた俺。

「だからッ――」

 そう激昂滲ませた俺を。

「せんせーは、せんせーです」

 彼女の視線は射貫いた。

「いまだって、ほら」

 少女の女神のような微笑みは、俺から、その背景の紙の山に移された。


書こういきようとしているじゃないですか」


「それはっ、書かないと、いけないからで」

「誰がそうさせてるの?」

「……れ、は」

 誰だって挙げることができた。カトルでも朔月でも待ち望んでる読者でも。理由なんていくらでもでっち上げられる。

 でも、誰のせいにもできなかった。


「本能が、せんせーを机に座らせ、筆を執らせている。せんせーは、せんせー以外の何物でもなく、中身が誰であろうと、せんせーなのですよ」


 俺ははっとした。

 ……もう、戻れないんだ。


 俺は俺だった、つもりだった。

 それは体が変わっても変わらないつもりで、現にだからこそ「孤児院を守る」という「『ハルカゲ』のやるべきこと」に縛られて、異世界の縁もゆかりもない孤児院に出資した。

 でも――俺は、いつの間にか変質していたのだ。

 書かなければ生きていけない、作家という生き物に。

 奉景という体と立場に犯されて。


 俺は、いつの間にか『奉景』になってしまっていたのだ。


 頬を引きつらせた俺に、口元を手で隠した朔月。ランは、細めた目でもう一度俺を見つめて告げた。


「せんせー、あなたが、大好きです」

 そして。

 恋する女神は、告白の続きを、ささやくように、口にしたのだった。


「だからわたしを、弟子にしてくださいっ」


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