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#10 メインストリートに行こう


「デートぉ?」


 素っ頓狂な声を上げた。

 ここは王宮の門――の脇に備えられた通用口らしき部分を出た、広場のようになっているところである。

「……王宮前を市民の憩いの地にしているつもりなのか。その割に人いないけど」

「この国の人は騒々しいのを好む人が多いみたいですの。だから、街の中心は静かな王宮付近ではなく、向こうの商店街のほうなのですわ」

「はえー……いやそうではなく」

 朔月の解説に納得しつつ、俺は首を振る。

 違うそうじゃない。俺が聞きたかったのは。

「なんで俺たち、デートしてんだ?」

 そう尋ねると、朔月はさも当然かのように言った。

「『引き出し』がなければ、書くことはできないでしょう?」

「引き出し?」

「そう、引き出しですわ。――物事を知らなければ、その物事を書くことなんてできないでしょう?」

 例え話をしよう。

 そう、たとえば――朔月が電車の絵を描くとして。

 朔月は当然電車を知らないわけだから、想像上で描くしかない。そうなると当然、リアリティなどない、実物の電車とは全く違うものが描かれるだろう。

 小説や詩にも似たようなことが言える、と朔月は言う。

 実物を知らないで書くのと、少しでも見て知って書くのでは、まったくもって違う。リアリティやクオリティに大きな差が出るのだ。

 だから、その時に使わない知識や経験だとしても、知らない物事を体験することはそれだけで、作家としてのアドバンテージなのである。

「要するにネタ探しですわ」

「なるほど、ネタをストックしておくから『引き出し』、と」

「理解が早くて助かりますの」

 うん。それで。

「なんでデートなんだ?」

 そう聞くと、朔月はガクッとうなだれ。

「理解してくださいまし!」

「えぇ……」

 俺は口を半開きにして声を漏らした。

 ま、おおかた「ついでだからいい店でも一緒に見て回ろうですの~」みたいな感じだと思うんだけど……流石に言うまい。


 で。

「んふふふふ~……かわいいお洋服ですわ~!」

 何故か俺は着せ替え人形にされていた。

 いや、厳密に言うと俺だけではない。朔月自身も様々な服……ってかドレスをかわるがわる着ている。

 ここは商業区。さっき朔月が商店街と言っていたところの、メインストリートに面した「洋服店ブティック」。そう、洋装の店である。

 普段着はいかにも中華風って感じの着物で、街を少し歩いた感じもそういった服が多かった。その中で、洋装の店である。

 当然、俺たちが想像するようないわゆる普段着の洋服などなく、基本紳士服――それもパーティーとかで着るような燕尾服とか、同じく明らかに普段着ではないであろうドレスが大半だった。

「最近、というかいまの皇帝になってからですわね。外交が以前にもまして活発化して、こういうかわいいお洋服などが手に入るようになったんですの!」

「ほえー……ってか」

「なんですの?」

「よくこんな重たいのを着ようと思えるね、きみ……」

 布の塊って案外めちゃくちゃ重たい。

 いま俺は薄い青を基調としたプリンセスのドレスっぽいやつ――早い話がディ〇ニーのシンデレラみたいな恰好をしているわけだが、この衣装の重いこと重いこと。

 具体的には全身に鉛でもぶら下げられてるような、というか鉄塊を身に纏っているような。

 それも無理ないだろう。下着やコルセットで何重にも布を重ねているのだ。そりゃこんなにも重くなるわけだ。

 布の塊に姿勢を強制的に矯正されつつ尋ねた言葉に、朔月は笑顔で答えた。

「だってかわいいんですもの!」

 そうだよな。女の子だもんな。それも、現代でいう女子高生くらいの年齢だもんな。その割にちっちゃいけど。

 女子高生という生き物は馬鹿寒い冬でも可愛さのために生足を露出していたりするという。

 そのくらい、自らを可愛らしく見せることに余念のない生物。ちょっと俺には理解できないが、そういう生態なのだ。

 ……わからんでもないけどさぁ。実際? 鏡に映ったドレス姿の俺、めちゃんこかわいいし? 磨き上げたい気分もわからんでもないけど?

 …………でも、こんなつらい思いをしてまでってのは、俺は無理だなぁ。経験としてはアリだけど。

 ふと値札を見てみると、ちょっと考えたくないくらいゼロが並んでいた。

『日本円に換算すると、ざっと二十万くらいね』

 シス子のいらない情報に俺はすごく渋い顔をして。

 それに気づいていないのであろう朔月は、店員を呼び出して告げた。

「これくださいですの」

「!?」

 俺は目を見開いた。払えるのか!? いや、払えるからやっているんだろうけども。

 しかし驚きに目を見張る俺に、彼女は微笑む。

「このくらいならお安い方ですわ!」

「!?!?」

 さらなる爆弾発言に固まる俺。シス子が補足した。

『廃妃ってのはね、つまりはこの星月国の芸術産業の一端を支える、トップクリエイターの称号なの』

 あー、たしかにそんなこと言ってたような気がする。この国で妃になるのは、芸術などで一定の功績を得たものだって話だからな。

『だから、それなりに稼いでいるし、それ故に金銭感覚がバグっている子も多いみたいよ』

 それでこんなバカ高いのをポンと買えてしまったりするわけだ。

 ……待てよ? 俺も廃妃ってことは。

『奉景ってのはなかなかに慎ましやかな人物で、稼ぎに見合わず質素倹約に努めていたそうな』

「ってことは、つ・ま・り……?」

『後で銀行に行ってみることをおすすめするわ』

 シス子の言葉に、俺は目を輝かせた。


 閑話休題。

 俺たちのデートはさらに続いた。

 人形屋に行ってテディベアなんかを見繕ったり、小物屋でヘアアクセサリーなんて見たり……というかいくつか買ったり。

「朔月って結構洋風なものが好きなんだな」

「ええ! こっちのものよりキュートなものが多くて好みに刺さりますの!」

「ふえー……」

「さっきからなんですの、その気の抜けるような相槌」

 癖だ。それはさておき。

「で、こっちの暗い路地裏も見てみたいんだが」

 メインストリートから一本入った通りを指差す俺。朔月は俺の腕を掴んで言った。

「やめたほうが良いですわよ」

「そう言うのって振りだよな? パソコンでそういう警告出るときってたいてい何も起こらないし」

「なにを言ってますの? というかそっちは貧民街なので――」

 貧民街か。俄然興味がわいてきた。

「治安は悪いし臭いし……ろくなところじゃないので、近寄らないほうがよろしくて――」

 そう言って制止する朔月を振りほどいた。

「ちょっ」

「何事も経験! ネタ探しには持ってこいだろ? じゃあ行ってくる!」

「待ってくださいまし! ってか人ッ! 人波に押し流されっ――」

 メインストリートは大盛況だ。油断すれば縦横無尽に行き交う人の波に押し流される。人っ子一人見つけるのも至難の業だろう。

 俺は背伸びして、一人の自由をかみしめる。このくらいの混雑は新宿駅とかで慣れている。

 深呼吸。そして。

「さてっ」

 俺は、その貧民街へと足を踏み入れた。


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