……え、目の前で人死んでるんですけど。ウケる。ウケてる場合じゃない。
首からぶしゃあああって血を噴き出して、無様に白目をむいている目の前の……文字通り冷たい男。その顔に、数秒前には腐るほどあったはずの生気は宿っていない。
情報量、というか死の寸前というシリアスな状況からの突然のどんでん返しになんて反応していいのかわからない俺に、手が差し伸べられる。
「大丈夫かい、お嬢さん」
男の声だ。顔を上げると、灰色っぽいくすんだ黒髪の青年が俺を見ていた。
……差し伸べられた手、その反対側を見た。やっぱナイフ持ってた。真っ赤だ。てかこの人の着てる服、めっちゃ真っ赤じゃん。似合わねー……。
少しずつ思考が明瞭としてくる。たぶん脳に血とかいろいろ戻ってきたんだろう。それとともに、本来一発で気づくべきことに気が付いた。
殺したのこいつじゃん。
ナイフが赤いのはそれで刺したからだし、服が真っ赤なのは返り血だ。何なら今さっき染めたかのように濡れてんぞどっちも。
……シャレにならなくね? この状況。
「おーい。生きてる? ……一歩遅かったかなぁ」
「いや生きてるからっ」
俺はとっさに叫んだ。起き上がってんのに死んでるわけないだろ。
「おお、よかったよかった」
感情がそこまでこもっていなさそうに告げる彼。俺はこの異常事態に。
「いやっ、よくはないだろ!」
ギリギリ正常な思考で以てツッコミを入れた。
「どこがよくないの?」
「人死んでるから! 現に、もう一人の女のひと泡吹いて倒れちゃったし」
俺が助け出そうとした金髪の女の人は、あまりのショックに倒れてしまっていた。SAN値チェックに失敗したらしい。
それを見た青年は、「あー……」と後頭を掻いて。
「処理しなきゃ」
「待って待って! そこの死体とひとまとめにしないであげて! 死んでないから! 気絶してるだけだから――!」
「この人はね、この界隈でも結構有名な荒くれでさ。いろんなひとから恨み買ってたんだ」
青年は、目の前で燃えている死体に向かって話しだした。
彼曰く「いつも通り」油をかけて焼却することに、主に彼の独断でなった路地裏。
「それもあって前々から狙ってたんだよ。結果として、君たちを助けることになった」
「ああ。その節はどうも」
ごうごうと燃え盛る死骸。さながらキャンプファイヤーだ。狭いけど。
死体から少し離して寝かせてある女性も、すうすうと寝息を立てている。どうにか息は戻ったらしい。……時々めちゃくちゃうなされてるのはまあ、仕方ないだろう。
「……お兄さん、結構人殺してんだ。悪人じゃん」
俺が笑うと、彼は少しうつむいてから告げた。
「僕は仕事でやってるだけだよ。悪いことでも何でもない、日常さ」
いやな日常もあったもんだ。
彼らにとってはそれが常識であり日常なのだろう。それが、死、まして殺人などとは無縁……のはずの後宮や城下町のすぐそばにシームレスに存在しているというのが、また恐ろしい。
まさしく表裏一体というべきか。こういうところを、見たかった。
「じゃ、行こうか。手当てしてあげるよ」
「へ? どこへ?」
「僕の根城」
そう言って彼は、女性を米俵みたいに担いだ。扱い雑すぎんか?
それにしても、暗殺者の根城かぁ。いったいどんなとこなんだろう。
そんなことを思いつつ、裏通りを歩き。
「ちょっと表出て銀行寄ってもいい?」
「いいけど……」
いったん銀行に入り、預金の多さに愕然としつつ、少し引き出して。
「ついたよ」
裏通り。その一番治安の悪かった地域を抜け、騒々しい街から少し離れた区画にその建物はあった。
三角屋根。薄汚れた石造りの小さな建物。そのてっぺんには、銀色の十字が鈍く輝いている。
……この世界の宗教事情なんて俺は知る由もない。だけど、このさびれた西洋風の建物の正体は一目でわかった。
教会だ。キリスト教っぽい感じの。
この世界にはどうやら多数の国があるらしい。そして、この国――星月国という国は、芸術産業の輸出で大きく栄えている国なんだそうな。この前の商人ことカトルから聞いた。
そのうえで、この国にも宗教というものは間違いなく存在しているらしい。
宗教臭さはそこまで強くはないが、それでも、後宮の一角には寺のようなものがあった。仏像らしきものも置いてあった。
――そこから推測されるに、この国のメインの宗教は、元居た世界における「仏教」らしいということだ。
つまり、「寺」はあれど「教会」は本来ないはずのもの。
たしか外交による文化流入――それこそさっきのドレスやなんやら――は三年前から活発化した、とか朔月が言ってたな。でも、この建物は間違いなくそれ以前から存在しているようだった。
……よく見たら、壁に文字が消されたような跡があった。
俺は顔をしかめた。この教会が受けてきた仕打ちを、容易に想像できてしまったから。
「ここが……?」
「そ。僕『たち』の根城」
――暗殺者の、根城。
ごくり、唾を呑んだ。
「バイインにぃだー」
女の子の声がした。
よく聞くと、中から数人の子供の声。そして。
「こら! 外でない!」
叱る、若い女の人の声。
「……もしかしてここって――」
「にぃがおんなはべらせてかえってきたー!」
俺の声を遮るように、いつの間にか俺の足元にいたちっちゃい女の子が叫んだ。違う! そんなんじゃないし!
「おかえり
快活そうなポニテの少女が表に出て、俺の足元にいたちっちゃい子の首根っこをつかんで尋ねた。バイインと呼ばれた青年は、ため息をついて言った。
「