「手を組みませんか? ここにいる、三人で」
そう告げられた時の第一声は
「はぁ?」
だった。ここまで素っ頓狂な声を出す朔月は、ちょっと新鮮で少し面白かった。
けど、そんな声が出てしまうのも無理はなかったかもしれない。
「俺と、お前と、朔月が?」
それぞれを確認するように指さす俺。そこの商人ことカトルは、そのジェスチャーに二度頷いて。
俺と朔月はほぼ同時に息を吸って、叫んだ。
『あり得ませんわ!』
「真似しないでくださる?」
「いやあ、つい」
「ついじゃありませんの! はぁぁ……」
大きなため息を吐いた朔月。気持ちはわからなくもなかった。
「まず、俺はこの子とはあんまり気が合わない!」
「あんなに仲よさげに話していたのに、ですか?」
「ぐぅっ……そ、それは……」
怯んだ俺に変わって、今度は朔月が口を開く。
「それにっ! コイツには実力が伴ってませんわ!」
「もとの『奉景』に比べれば、でしょう? そこの紙を見ても思いましたが」
と、彼は一枚の紙を指差す。
それは、さっき朔月が絵を描いた――俺が詩を書いた紙だった。
「たしかに芸術品として、『奉景』のブランドを被せて売るには不出来かもしれませんが、そうでなければ充分売り物になるであろうと僕は思いますよ?」
「け、けれど」
「そうでなければ、私の部下が目をかけることもなかったでしょう」
「……」
黙ってしまった朔月。照れる俺。
確かに、よくよく考えてみれば「これは売って良いものだ」と考えないものに対してわざわざ失礼を働いてでも手に入れて売ろうとするバカはいないだろう。ましてや商人だ。
いたとしたらよほどの変人か、頭のおかしい好事家か、いかれたファンか……結構いるな。
でも、いくらブランドとして出しても売れないものは売れないだろう。
たとえば、社会現象化するほどブレイクしたミュージシャンでも、違う作風の曲を出すと売上が低迷するように。朔月の言ったようにある程度は売れても、ある程度にとどまってしまう。
それを商人がわかってないはずがない。つまり、俺には一定の実力があると判断されているわけだ。
……マジ?
ジト目で目の前の胡散臭い商人を見つめる俺に、その商人はニコッと笑って告げた。
「あなたの文章には確かに魅力があると思いますよ。ねっ、朔月さんっ!」
ガシッと少女の肩を掴む彼。固まるその少女こと朔月。
「朔月? どうした……」
彼女はというと。
プルプル震えて、顔面を真っ赤にしていた。
「……カトル……ヒトのこころを、読まないでくださいましぃ……」
商人は人心掌握術にも長けるらしい。
「朔月さんと奉景さんが共作したものを、僕のコネで売る。それで売れればさらなる作品制作の資金になります」
ただ、彼はちょっと見込みが甘いようで。
「それで、売れなかったら? 売れる保証はあんのか?」
そう聞くと、彼は身を乗り出した。
「売れますよ! 絶対!」
「根拠は?」
「だって作品がいいじゃ――」
「いい作品なら売れるってもんじゃねーだろ」
俺は接客とかのバイトをしたことがあるからちょっとだけわかる。「いいものだから売れる」というのは幻想だ。
「いい作品ってのも大事だが、広告戦略やニーズ、マーケティングのやり方によって売れるか否かは格段に変わってくる。更には運も絡んでくるぜ? もちろんそれがいい方向に傾くこともあるが」
わざわざ言うことでもないだろう。ヒット作は無数の屍の上に成り立っているという至極当然の事実なんて。
俺が言いたいのは、ただ一つだけ。
「もし俺たちの作品が売れなかったら、どう責任をとってくれるつもりだ?」
「奉景さん、それは傲慢というものですよ」
カトルは俺を睨んだ。
「僕だって見習いとはいえいっぱしの商人です。言わんとしていることはわかります。でも、売る前から売れなかったときのことなんて考えてどうするんですか。――作ったもの全部が売れるだなんて、それは自信というより傲慢というものですよ」
早口でまくし立てるように告げた彼。笑顔の仮面からどこか獰猛な瞳を輝かせて、少年は吠えた。
「僕はあなたの作品を売りたい――こんなのキレイゴトですよ。あなたの詩だけじゃ売れない。だから、朔月さんの『既に評価されている絵』を使って商品価値を高めて売ろうとしたんですよ。そうすれば売れる――俺の名声も、ちょっとは得られるんじゃないかって、ね」
いつの間にかブレた一人称。獣のように口端をゆがめ、彼は叫んだ。
「俺だって売りたいんですよ! たくさん売って、名声を上げて、金を動かし、地位を得て――その末に、父さんを超えて、この世界を手にしたい! そのために、芸術産業の外交で名をはせたこの国に来たんです。――この商機、逃してなるものですか」
瞳をぎらつかせながら喋る彼に、俺は一つ息をつき。
「落ち着け、カトル。朔月が戸惑ってんぞ」
朔月はぽかんと口を半開きにしていた。
「えっとえっと、つまり――カトルは始めからわたしたちを利用しようと……?」
「ええ。もうこの際ぶっちゃけますが、そうです。僕はあなたを利用して成りあがりたい。でも、それはあなたたちも同じでしょう?」
そう聞かれると、俺は喉の奥から笑い声を出した。
「はははははは、いいねえ。自分から利用されるために来た、と?」
「ええ。――『奉景』に成りすますために、僕を利用してくださいよ。互いが互いを、利用し、利用され――それが正しい『Win-Win』ってやつだと、僕は思うんですよ」
「ぶっちゃけるねぇ。商人としてはいただけないだろうよ」
「ははははっ、それは申し訳ない。何しろ僕は、見習いなもんで」
そして俺たちは、互いの目を見つめあった。
数秒の静寂。獣と獣のにらみ合い。
その末に、俺たちは互いに片腕を上げ――。
その手をがっしりと握り合った。
「商人としてはまだまだだろうが――俺は気に入った。やろうぜ、共闘ッ!」
「ありがとうございます! 一緒に、最高のものを作りましょう!」
男の友情が芽生える中、朔月は。
「はぁ~……ついていけませんの」
白い目でそれを見て。
「でもまあ、惚れこんだもののために尽くしてみるのも悪くはないかもしれませんわね」
ふふ、と少しだけ笑った。机の上の、白紙に踊る墨をそっと撫でながら。