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#6 分別奮闘記


「これがゴミなら、お姉さまの作品はどうなりますの……?」

 ――俺はキョトンとして、彼女を見た。

「いやいやいや。流石に君のお姉さまのものには敵わねぇって」

「それはそうですが……いや、それでも」

 少女は、俺を見て。

 いや、俺とともに、大量に散らばった紙くずを見て。

「――この姿勢は、この成長は、異常すぎますわ」

 そう口にした彼女に、俺は「そうか?」と首を傾げた。

「まず、『詩』になってますわ」

「そーか? 完全我流の詩モドキだけど」

「それでも十分、初めに見せられたものとは雲泥の差ですわ。それに、滲み出た感情が文面からひしひしと伝わってきますわ」

「そりゃ直接的に書いてしまっているからな」

「いや、書いてあるコト以上の『感情』が伝わってきますわ。

 ――悔しい。もっと、もっと、高みへ。そういった『焦り』や『向上心』。さらにはあなたの事情を照らし合わせると、異なる世界に放り出された『混乱』と『恐怖』が見えますわ。

 しかし、その中に確かにある『希望』がわたしたち読み手を突き動かすような、そんな力強い情熱を秘めた詩だと感じましたわ」

「お、おう……」

 早口の朔月。苦笑いする俺。彼女が言ってることは何一つわからなかった。

 けれど。


「……なに笑ってますの?」

「いや、こんなんでも人の心って動かせるんだなぁって」

 しみじみとして言ったその言葉に、彼女はばっと顔を赤らめて。

「……なんですの、それ」

 袖で顔を隠した。


「よーし! やる気でてきた!」

 ぐーんともう一度姿勢を正して、俺は宣言した。

「もう少しがんばろ」

「閉庫時間ですわっ!」


 朔月に連れられて自室に戻ると、はー、と倒れ込んだ。

 ……なにやってんだろ、俺。

 何もない天井を睨んでは、もう一度ため息をついた。

 早く元の世界に戻らなきゃなのに。そのために、皇帝を堕とす必要があって、そのために創作活動を――なんつーか、ややこしい。

 でも、もう一度あの世界に戻って――俺の育った孤児院を助けなきゃ。

「なあ、シス子」

 虚空に呼びかけると、「なに?」と少女の声がする。

「転生ポイントって今どんぐらい溜まってるかな」

 ――とはいっても全然何にもしてないから、そこまで溜まってる気もしないんだけども。

 そう思いつつ尋ねた言葉に、彼女はさらっと答えた。

「ざっと二百三十ポイントくらいね」

「なんで!?」

 驚愕に目を見開いた俺に、シス子は淡々と答えた。

「えーっと、ミッションを無意識にこなしてたからね」

「例えば?」

「『食事をする:50P』とか『友達を作る:80P』とか……あとは『詩を作る:10P×10』とか?」

「それだけで溜まるんだ……」

「それだけって言っちゃいけないわよ。世の中にはそれだけのことができない人がどれだけいると思ってんのよ」

「はいはい。軽率だったな」

 ため息をついた俺。

 というかあの何十枚の中で『詩』として判定されたのはたったそれだけなんだ……取るに足らないものだとはいえちょっとショック。


 ひとつ、大きなあくびをした。

 夕景、窓からは太陽が最後の光で、部屋をオレンジに照らす。

 俺は部屋の隅に置いておいたものをとって、床に広げた。

 朔月に借りた習字セット……というか筆記用具である。

『元々お姉さまのものですもの。返しますわ』とのことで、妙に手によくなじむ筆。そして、さらさらした薄い白紙。純白のそれに、俺は黒い墨を走らせた。

 いまなら、少しは納得のいくものが書ける気がした。


    *


「で、できたのがこれですの?」

「うん」

 食堂。夕食の時間。昼間とは打って変わって騒がしいその中で、俺はその紙を朔月に見せていた。

 その紙に書き散らした文字に、彼女はため息。

「調子に乗せて損しましたわ」

「どういうことだよ……」

「そういうことですわよ」

 だからどういうことなんだって。

 厨房の料理長に頼んで作ってもらった中華粥をすする俺に、彼女は少し上等そうに見える、薄切りの蒸した鶏肉らしきものを刺したフォークを向けた。

「描写力も文章力もなにもかも、お姉さまのそれには足りませんわ」

「さっきの褒め言葉はどうしたんだよ」

「あれは……」

 言い淀む彼女。震えたフォーク。揺れる鶏肉。ってかこれ鴨肉じゃね?

 蒸し鶏、もとい蒸し鴨をじっと見つめる俺。

「……あ、あげませんわよ?」

「ちぇーっ」

「ともかく、あれは『初心者にしては光るものがあった』程度のことですわっ。勘違いなさらないでくださいまし!」

 ふいっとフォークを自分の口元に運んだ朔月。唇を尖らせる俺を横目にして、うまそうにそれを頬張って。

「……そんなに食べたいなら、ひとくちくらいあげなくも」

「ンませーん、この蒸し肉ひとつくださーい」

 給仕の人の「はーい、只今」という声。何か言おうとしていた朔月に目を向けたら。

「なんでもありませんわっ」

 ちょっと怒っているようだった。なんで?


 ……俺的には、ちょっとはマシなのができたと思ったんだけどなぁ。

 うなだれつつも、俺はその紙をくしゃくしゃに丸め――


 ――ようとしてたところ、ぽんぽんと肩を叩かれる。

「ねえ、お姉さん。その紙、売ってくれるかい?」

「ああ。いらないからあげるけど――」


「だめですわッ」

 朔月が声を荒げた。


「そいつは商人。『お姉さま』の作品を売って一儲けするおつもりですわ」

「え、でもこれは――」

名前ブランドの力を舐めないことですわ。どんなに酷い出来だとしても、その『作品』が『奉景』のものであるというそれだけで――」

 ――ある程度は売れてしまうのだ。どんなに酷い出来で、どんなに満足できないものだったとしても。

「チッ」

 舌打ちしたその男は強引に紙を奪い取ろうとするが、朔月の言わんとしていたことを理解した俺は、咄嗟にその手首に手刀を喰らわせた。

「いってぇ! 調子乗りやがって! 覚えてろよクソアマ!」

 退散していくその商人。……よく見たらこの食堂には役人らしき人たち以外にも、目をぎらつかせた商人が数人、それぞれ女の人と話しているのが見えた。

「夕食の場は商談の場として開放されてますの。わたしはやめてほしいと何度も頼み込んだのですが」

「へー……」

「そのことがきっかけで皇帝と揉めに揉めた結果、一か月程度で婚約解消に至ったのですわ」

 思いのほかセンシティブな問題だった。

 ふふんとうっすい胸を張る朔月。そんなに生き生きとして言うことでもねーだろ。

 そんな彼女は、続けてため息交じりに告げた。

「いくら商業が盛んだと言えど、最近の商人はいささか図に乗り過ぎですの」

 へー、と話を聞いて。

「……えっと、蒸し肉です」

「おう、ありがとうございます!」

 ちょうど届いた肉に舌鼓を打つのだった。


【夕景、静寂、深呼吸。

 静かに叫ぶ。

 孤独に叫ぶ。

 白紙に叫ぶ。

 実在を叫ぶ。

 ――ただ、己を叫ぶ。】


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