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#3 Sleep Walking Orchestra


 ――その日、俺は死にそうになっていた。


「うぼぁ……メシ……」

 だだっ広いなにもない部屋。後宮の隅の一室。白目を剥いてぴくぴく呻いている女が一人。

「はら……へった……」

 俺である。


 廃妃生活三日目。俺は早くも「詰み」を悟っていた。

 一昨日。転生してきて腹をすかした俺は、まずはじめに食べられるものを探した。昨日まで延々と。

 結果、そこらへんに生えているものはことごとく食えるものじゃないということが判明した。毒か、毒じゃなくてもまずすぎて食えたものじゃないか。その二択だった。

「シス子……廃妃ってたしか衣食住が保証されるんじゃなかったっけ……?」

「そう、『本人が断ってたりしない限りは』そのはずなんだけど……」

「あっ…………」

 そう察しの悪い俺ではない。生前末期の、俺と入れ替わる前の奉景さんは、どうやら食事を断っていたらしい。

 そうまでして死にたかったのか。なんというかいたたまれない気持ちになって。

 じゃあ食事を提供してもらえばいいじゃん。食堂とか探して――。

 ――と悟ったときにはもう日も暮れていて、すでに体は動かなくなっていた。

 そのまま地べたで寝た。起きた。いまに至る。


 というわけで寝ても起きても動けるほどの体力は残っていなかった。

「タスケテ……」

 白目を剥いてぴくんぴくん。おおよそ女性がしていい恰好ではなかった。

 ……どうしよ、これ。


 そのとき、こんこん、と扉をノックする音が聞こえた。

 ひどくかすれた声で「はーい……」と返事をするや否や、ばんっと扉が開いた。

「お姉さまっ!?」

 駆け寄ってくるのは、深い夜闇の色をした髪をショートカットにした、幼い顔立ちの少女。

「大丈夫ですか? どうしたんですか?」

「だいじょうぶ……」

 口癖。条件反射で告げた言葉に、彼女は「絶対大丈夫ではありませんよね!?」と叫ぶ。そりゃそーだ、と俺は自分の姿を顧みて空虚に笑う。

「とりあえず……水は飲めますか?」

 その声に、俺がこくんと頷くと、彼女は竹筒を薄紫の着物の懐から取り出した。

 竹筒の上の栓を抜き、僕に近づけてくる。

「白湯ですわ。毒物などは入れておりませんので、安心してお飲みください」

 パイタンではない。サユである。一度沸かして冷ました水。要するに沸かしてあるので殺菌済み、安全な水ということらしい。

 俺は傾けられた竹筒から滴り落ちた水を手で受け、口に運んだ。

「…………みず、おいしい……」

 思わず涙がこぼれた。


「うぁーっ、飯うめー!」

 中華風の家庭料理といった感じの料理に、俺は舌つづみを打つ。

「卵と野菜を炒め合わせただけですけれど……」

「それでも美味いよ! この絶妙に塩気の効いた味付けがたまらん!」

 誰もいない食堂のような部屋。控えめにテーブルの反対側に座る少女。

「そうですか。奉景お姉さまに喜んでいただけたなら、それよりうれしいことなんてありませんわ」

「お、おう……」

 俺はそんな言葉にちょっとドン引きつつ「そういえば、君、名前は?」と尋ねる。

「……朔月ショウユエですけど」

「そうか。いい名前だな」

「何で知らないんですか。わたし、それなりに名は知れているつもりなのですけれども」

 頬を膨らます朔月ちゃん。「そう怒るなって。忘れてただけだから……」と弁明するが。

「何度も自己紹介しましたわよ。というかこの前名前呼んでくれましたわよね? ね?」

 めっちゃ詰られる。それどころか。

「それを覚えてないなんて……口調もなんか変ですし……まさか、誰かに成り代わられて……」

 ジト目で俺を疑い始める朔月ちゃん。……当たらずとも遠からずなんだよなぁ、成り代わり説。

 俺は声を潜めて話す。


「なあなあシス子」

「なによ」

「転生のことってバレたり話したりするとペナルティが付くの、よくあるじゃん」

「そういう系のアニメや漫画ではあるあるよね」

「この世界にそういうのって適用される?」

「ないわ。転生のことがバレても『システム上は』特に何もないわ」

 ほっと胸をなでおろし。

「ただし、この世界の人は精神を重視するらしくてね。体が同じでも魂が違うと別人って扱いになるわ」

「……つまり?」

「廃妃が別人に成り代わられていた=皇帝の信用問題に発展=それを恐れる皇帝はどうすると思う?」

「…………理解したくないので答え合わせプリーズ」

「処すわ。あなたを」

「………………なに刑に?」

「死刑」

「うわああああああ!」

 胸をなでおろしている場合じゃなかった。


「いきなり叫んでどうしましたの? 奉景お姉さま」

「なんでもない! なんでもないですからぁ……」

 涙目になって震える俺に、朔月はにっこりと微笑んで。

「いい加減正体を現しなさい、悪霊さん」

 俺に包丁を突き付けた。

「ひぃえっ」

「薄々そうじゃないかと思ってましたの。仕草も粗野ですし、口調も変でしたので。いまさっき宙に向かって小声で話していたので確信を得ました」

「ぇ……なんの?」

「いま喋っているあなたが『奉景お姉さまの姿を借りた悪霊だ』ということですわ」

 肝が冷えた俺は「待って待って待って待って!」と腕をぶんぶん動かすが。

「悪霊退散ッ!」

 朔月は容赦なく包丁を振った。

「勘違いっ! 勘違いだからぁ!」

「なにが勘違いですのっ」

「俺は確かに中身は別人だけどっ! 体は本当に奉景のだからっっ!」

 本当にそうなんだよなシス子! と尋ねると、脳内で確かに彼女が首を縦に振っていた。が。

「問答ッ、無用ッ!」

 朔月は一切話を聞いてくれず。

「話を聞いてぇ~!」

 俺はしばらく逃げ回るしかなかった。


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