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TS転生廃妃さんが文芸無双で皇帝様を射抜くまで。
沼米 さくら
異世界恋愛和風・中華
2024年07月12日
公開日
44,110文字
連載中
 ある日、「俺」は死んで、異世界に転生していた。
 中華風っぽい感じの異世界の、廃妃――皇帝に捨てられた、元妃の女になっていたのだ。
 皇帝を惚れさせれば帰れる、と脳内に響く謎の声に告げられた俺。そして、この国では芸術――詩作や絵画などが評価されるようで、この体は文芸に秀で評価され、その末に皇帝と結婚した少女のそれだったんだと。
 ならば、やることは一つ。
 成りあがってやる。ゼロから、叩き上げの文芸スキルで。
 その末に――皇帝の心を射抜いてみせる!

 毎週火曜・土曜夕方更新。
※閲覧ページ右上のフォント設定(「ぁあ」となっている部分)より原稿モードでの閲覧を推奨いたします。
※本作品はネオページ公式から一部アイデア提供されています。

#1 終末のコンフィデンスソング


 何か重いものが落ちる音が聞こえた。それが自分の身体だと気付いたのは、数秒経ってからのことだ。

 朦朧とする頭。しばらく冷たい床に体を横たえる。

 怠い。怠くて、息苦しい。

 緩慢に動かした腕。視界に映したそれは、あまりにも細かった。

「あれ……俺、は……?」

 出した小さな声は、儚い印象を抱かせる柔らかい――少女の声で。

 もしかしたら、いや、そんなことがあってたまるか。けど、そうとしか思えない。

 巡らせる思考。ゆっくりと起こした体。陽光が目に突き刺さる。

 何もない部屋。赤い木製の柱と漆喰の壁。中華風を思わせる色遣いの建築。

 設けられたガラスのない窓の先、鬱蒼と茂った蔦の林。手入れされていないことが分かるが、それ以前に。

 さっきまで見ていた景色――都心、ビル街、踏切待ち――とは、まったく違っていた。

 そして、俺は起き上がり。

 上を見た。真上を見た。

 俺は目を見開いた。


 天井の梁から下がる、蔦で編まれた縄。途中で二股に分かれたそれの先は裂かれており――はじめは、それが繋がって、輪を形成していたのだろう。

 そういえば、俺、踏切待ちで――早く次の仕事に行くために、下がった遮断桿をくぐったんだっけ。それで、渡り切った記憶は――残念ながらないことに、いま気づく。

 これの意味するところは、つまり――。


「死んで……異世界に……」


 くう、とおなかが鳴った。

「……それよりも腹減った! なんか食わねぇとな!」

 明るい声で俺は無理やり自分を奮い立たせる。腹が減っては何もできねぇからな!

 左前の装束、ひらひら足にまとわりつく分厚いロングスカートを「邪魔っ!」と脱ぎ捨て、ついでとばかりに上着もばっと脱ぎ。

 そうして俺は下着姿で窓の外に出る。鬱蒼と茂った林の中、食べられそうな果実を探す。

『ねぇ、あんた……』

 一心不乱に探したおかげか、悪いことは次第に頭の中から消えていく。やっぱりやなことを忘れるには無心にすることだ。

『ちょ、ちょっと』

 そのうち、ツタの間になんか赤くて小さな実を見つけた。よし、食おう。

「いっただきまー……」

 としたところで、唐突に脳内に声が響いた。


『ちょっと待ちなさいよ!』


「!?!?!?」

 驚愕にぽんと手を滑らし。

「何をするんだよ! 誰かしらんけど急に声かけんでくれ――」

『いやそれ毒だからね!?』

「は? 何を言って――」

 ツッコミを入れられて初めて、床に落っこちたその果実をよく見る。真っ赤でちいさくて黒い斑点がポツポツついていて。

「あー……たしかにめっちゃ毒ありそうに見えるわ」

『でしょ……って、なんでまだ食べようとしてるのよ』

「なんでバレた? っていうかあんたそもそも誰?」

『すごく急に聞くわね……』

 呆れたようなその声。大人びた女性のようなその声は、こう名乗る。

『私は転生システムよ。突然だけど……』

「オッケ、シス子ちゃん」

『ものすごく馴れ馴れしいわね!?』

 あんたも相当だけどね。

 その馴れ馴れしい転生システムとやらは、(もちろん声だけで)ため息をつきながら俺に告げた。


『突然だけど、あんたにはこの国の皇帝を落としてもらうわ』


「は?」

 落とすって?

「誰を?」

『……皇帝を』

「どこに?」

『恋に』

「……なんで?」

『転生ポイントを稼ぐためよ』

 そんなことも知らないの? とばかりに呆れたように言った彼女。知らないよ!

「はー……ムリムリ。俺に恋なんてわからねーって」

 ため息をついた俺。それを見かねたように、彼女は告げる。

『五千ポイント集めれば元の世界に帰れるけど』

「やります」

 即答する俺。少しの間が開いて。

『ずいぶんと安請け合いじゃない。そんなにこの体がイヤ?』

 そう聞いてくる転生システム――以後、彼女を親愛と友情と呼びやすさの面からシス子と呼ぶことにする――シス子に「別にどうでもいいけど」と前置きをして。

「ただ……」

『なによ』

「……これから、仕事があったから。それだけ」

 そう笑ってごまかして。

『そんなに重要な仕事あった?』

「ないけど」

 バツが悪くなって、そっぽ向いて――「そうだ!」唐突に叫んだ。


「皇帝、探しに行こうぜ!」


『ちょ、あんたいったい何を――』

 俺は着の身着のまま、ツタの林をかき分けはじめた。

「とりまこのボーボーの草の先になんかあるかもしれねぇ」

『ないわよたぶん! カブトムシじゃあるまいし! というかあんたいまの恰好、女性として相当恥ずかし――』

 シス子と軽口叩きあっている間に、あっという間にツタを抜けた。

『早ッ』

「効率的なツタのかき分け方くらい、庭師のバイトやってりゃすぐ身につくさ」

『え、そういうもんなの?』

 実際誰でも見につくかは微妙だけど。

 ツタを抜けた先。たぶんこの建物の裏庭であろう場所。

 中に垣根でも入っていた……というかたぶん垣根にツタが絡んで、手も加えられずに成長した結果、うっそうと茂って林のようになったということなのだろう。

 抜けた先は、こぎれいに整備された庭園になっていて。

 白い玉砂利の海に再現された波、その中に曲がりくねった石畳の道。広々とした空間の、まさに壁の中から俺は現れたような形で。


 その道の上に、彼は立っていた。

 目を丸くして、俺という異物を凝視していた。


 土や草で汚れた白装束の下着から胸をはだけさせて、植物の棘や果実の汁で汚した白肌を露出させた、黒髪黒目の少女である俺を。

 豪奢で汚れの一つもない衣装を身に纏った、端正な顔立ちの、金髪赤目の美青年が。


 彼と俺は互いに見合って。

「えっと、皇帝ってどこっすかぁ?」

 ヘラっと笑って告げると、彼はこう答えた。

「ここにおるが」

「え?」

 察しの悪い俺ではない。目の前の、キョトンとした顔の、金髪のイケメンが――。

 ついでに、後ろに控えていた、いかにも従者らしいモブ顔の男が笑って告げる。

「まだ生きてらしたんですね、廃妃その一」

「あ……と、えと……俺のこと?」

「ほかに誰がいるというんです? あ、汚い身体をした溝鼠ドブネズミ風情には名前など不要と。立派な心掛けですね、廃妃らしく」

吉里谷キリヤ

 従者の男をとがめる、金髪の青年。

 え、なになに。ハイヒってなに。ていうか、もしかしてもしかしなくても――その金髪赤目のその青年こそが。

 戸惑う俺に、その青年は俺を睨みつけて。


「……その汚らしい風貌に、舐めた口調。我が星月国第三代皇帝、太陽タイヤンであると知っての愚行か、この痴れ者め!」


 呆れ半分で怒鳴る皇帝。あっけにとられた俺。

 気まずい空気。残響。俺は心の中で、半泣きになりながら呟いた。


 ――これ、詰んだわ。

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