目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第41話

 初音のあんなに強い拒否は珍しい。

 口調もだけど、表情も強張っている。裕也さんもそれを見てすぐに誘いを撤回してくれたのだと思う。

 元々の初音の性格は、おとなしくて人見知りをする。優柔不断な面もあるから何かを決断することもあまりない。だから初対面の男の人に苦手意識はあるのかもしれない。

 だけど今日の裕也さんへの対応はそうではなかった。

 私が裕也さんの話を以前からしていたためなのか、裕也さんが気に入ったからなのか、それとも他に理由があるのか。これは後で聞いてみたいところだ。

 突発的な訪問者の出現は、初音にとっては苦手なことかもしれない。だけど、あまりにも強い拒否だったから逆に邪推してしまう。

 それに、彼は一度初音に接触しているのだから。二人の間に何かあるのだろうか?


「初音、大丈夫?」

「え? えぇ、平気よ」

「さすがに、よく知らない人とバーベキューなんて無理よね」

「えぇ、そうね」

 よく考えたら、初音は裕也さんとも今日が初対面だったっけ。

 でも、裕也さんと何度も会ったことがある私が一緒なのだから大丈夫なのだろう。


 裕也さんはと見れば、ガレージから何とかという道具を取り出して車に取り付けている。

 誰にでも親切に出来る人なのだろうなぁ、今も笑顔である。



「やぁ、お待たせ。初音さん、さっきはすまなかった。僕が無神経だったよ、あの人は無事に車も直って帰って行ったよ」

「いえ、私の方こそ。自分のことしか考えられなくてごめんなさい」

「まぁまぁ、二人とも悪気があったわけじゃないのだから。ね、食べましょうよ!」

 二人とも穏やかな顔をしているから大丈夫そうではあるけれど。

「そうだ、デザートでも食べましょうか」

 私は持参してきたお土産のアイスクリームを冷凍庫から取り出した。

「私、イチゴ味がいいな」

「じゃあ、僕はチョコで」

 ほら、和やかになったでしょ、二人とも根は良い人だもの、きっと仲良くなれるわ。


 デザートを食べ終えて、三人で片付けをする。

「香澄さん、ちょっといいかな」

 初音が洗い物をしている間、裕也さんが私に耳打ちをする。

「ええ、どうしたの?」

「さっきの男の人だけどさ」

「あぁ、車が故障したという?」

「そう、あの人どこかで見たことがあるような気がするんだけど……」

「あら、私もなのよ」

 不動産屋で初めて会った時に、私もそう思ったのだ。

「えっ、あんな一瞬でそう思ったの?」

「いえ、前に一度偶然にも会っているの、その時に思ったのよ」

「そっか、香澄さんもそう思うなら割と有名な人なのか、似ている人かもしれないな」

「そうね」

「気になったのは、あの人が初音さんのことを気にしているみたいだったんだよ」

「え? 何か言っていたの?」

「いや、言葉じゃなくて、態度がね。チラチラと初音さんのことを見ていた気がしてね」

「わかったわ、気を付けておくわ」


 やっぱり、なんだか不審な人物なのかもしれない。



「ねぇねぇ、初音。裕也さんの印象はどうだった?」

 夕飯に間に合うようにと家へ帰って行った初音が、夜寝る前に電話をかけてきてくれたので、私はベッドに寝ころびながら話をする。話題はもちろん今日の出来事の感想だ。

「そうねぇ、人当たりが良くて素敵な人――って、言うと思った?」

「えっ、うん」

 初音も絶対に気に入ってくれていると思っていた。

「私は苦手なタイプね、どうしても裏がありそうに思えるもの」

「そうなの、そんなふうに見えなかったけど?」

「私が不審がっているなんて知られたら、香澄が困るでしょ」

 香澄に危害を加えられるのも嫌だし、なんて言う。

そんなはずないのになぁ、と思うのだが初音が私のことを心配してくれているのも分かるから、あまり非難する事は出来ない。

「大丈夫だと思うけど、気をつけるわ。それより初音……」

「なぁに?」

「あの男の人、どう思う?」

「…………」

「ねぇ、やっぱり何かあるの?」

「え……」

「だって、初音の様子、おかしかったもの」

「はぁ、そうだよね。香澄には分かっちゃうよね」

「話してほしいな」

 無理にとは言わないけどさぁ、と強制はしないことを伝えてみる。

「あの人ね、不動産屋さんでぶつかった人よ」

「そうよね、やっぱりねぇ」

「それで、あの時から私、なんだか気になっていて……」

「それって、好意っていうこと?」

 まさか! 一目惚れとか、そういう感じ?

「それは……違うわ。ただ、あの日から誰かに見られている気がして仕方ないの」

 私の勘違いかもしれないけれど、と小さく呟く。

 それって、ストーカー?

「実際にあの人を見かけたわけじゃないのよね?」

「ええ」

「そう、心配だったら調べてみる?」

「調べるって、どうするの?」

「探偵に頼んでみるのよ」

「え、でも」

「お金は私が出すわよ。何もなければそれで安心出来るでしょ。ね、そうしよう」

「そうね、お願いするわ」

 初音の少しホッとした声に、いつもの初音が戻ってきたようで嬉しかった。



 翌日さっそく、いつもの探偵事務所を訪れて調査依頼をした。

そして、その後は資金調達のため金融機関へ赴く。私の持ち株を担保に融資をお願いしたのだけど、思うような金額には至らなかった。いつの間にか秀平さんが私の持ち株の比率を変更していたからだ。本当に腹立たしい。

 せめて、結婚した時に実家から持参した株があれば良かったのに、それも秀平さんに取られたままなのだ。悔しい。


「そうですね、金策が一番難しいですよね」

 起業の先輩である美咲さんの言葉だ。

「何か良い方法はないかしら」

 私は大きめにカットしたパンケーキを頬張る。

今日は午後のティータイムを臼井美咲さんと過ごしている。

 腹が立つとお腹が空くのね、やけに美味しいわ。

「香澄さん、来週末は空いていますか? 私の友人たちが集まるのですが、よかったら遊びに来ませんか? お医者様が何人かいらっしゃるのよ、それから厚労省の人もみえるから是非」

「まぁ、そうなの。ちょっと予定を見てみるわ」

 美咲さんにそんな人脈があるだなんて、これは運が向いてきたかもね。

「大丈夫そうだわ、是非参加させてね。楽しみだわ」

「私も楽しみしています」


 私は入店時とは別人みたいな笑顔だったのではないだろうか、ふふ、我ながら現金なものね。



 一週間ほどして探偵事務所から連絡があったため、私は報告を聞きに行く。

 今回は初音も同席をした。

「探偵事務所なんて、なんだかドキドキするわね」

 初めてだという初音は子供のように目を輝かせている。


「早速ですが、こちらが報告書になります。確認してください」

「はい、どうもありがとう」

 私は一通り目を通して、ほっと息をついた。

 初音にも書類を見てもらい、良かったわねと肩をポンとたたく。


 調査結果は、ストーカーの事実はないとのこと。

「もう少し継続して調査しないと確実とは言えませんが、おそらく大丈夫でしょう。どうされますか?」

「もう、大丈夫です」

 初音がそう言うなら、いったん中止してもいいわね。また不審な点があればまた頼めば良いしね。

「ところで、その男の人の素性は分かったのですか?」

「いえ、それが……」

 探偵は、言い澱む。

「申し訳ありません、もう少し時間がかかりそうなのですが……」

「そうなの」

「もう、いいよ。調査を続けるとお金もかかるでしょ? 人の素性を調べるなんて気がひけるし」

 初音が私に向かって言う。

「そうね、浮いた分で美味しいものでも食べに行きましょうか?」

「それ、いい!」

 初音のいつもの笑顔がはじけた。



To be continued


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?