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第40話


 裕也さんのデイトレードを一緒に見学することを初音に打診したら、とっても乗り気になっていた。

「二人なら安心だし、私も興味あるし」って。

 安心という言葉が先に出るなんて、やっぱり初音は裕也さんのことを疑っているのかしら?

 私はデートの顛末を詳細に語った。

「え、香澄のお誘いを断ったってこと?」

「そうだよ、だから最初から大丈夫って言っていたでしょ」

「へぇそうなんだ、もしかしたら女性に興味ないのかもね」

 ん? それって……

「いやいや、それはないと思うよ」

「どうして、そう言い切れるの?」

「だって、プレイボーイって言ったら否定しなかったし……あれ、そうか。それだけじゃ言い切れないかぁ」

 まぁでも、それならそれでも別に悪いことではない。仮にゲイであっても、そうでなくても、その他の何かでも。

「まぁ、どちらでもいいよ」

 初音も同じように思っているらしい。

「そうね、裕也さんは裕也さんってことよね」



「それはそうと、会社の方も進めなきゃね」

「そうよ、そのことで今日は来たのだもの。えっと事務所の方の設備は?」

「それは秀平さんの会社を立ち上げた時にお願いした業者に頼もうかと思っているの、幸い名刺もあるし、すぐに連絡してみるわ」

「そう、そういえば秀平さんの方は大丈夫なの?」

「さぁ? 連絡も一切ないからわからないわ。ちょっと探りを入れようかしらねぇ」

「そうねぇ、落ち着いたころに話し合いが出来ればベストよね」

 秀平さんはキレると手が付けられないが、メンタルが落ち着いていれば話せばわかる人で、初音もそれをよくわかっている。


「あと重要なのは資金面よね、人脈作りのためにパーティがあったら積極的に参加するからね」

「うん、私も情報集めてみるね。大学の同級生とかに何人かいたわよね、ご実家が太いひとが」

「そうね、私の実家の方にも連絡してみるけど、父はもう引退している身だからあまり影響力はないのよねぇ」

「あら、もうそんなお歳?」

「ちょっと体を壊したから、早めにね」

 前世では既に亡くなっている歳ではあるが、なんとかそれは回避出来た。

 ただ、やっぱり体調はおもわしくないようで、今は療養中なのだと姉から連絡があった。


「初音の家の方はどうなの?」

「うちは、そんなに裕福ではないから。資産家との繋がりなんてないわよ」

「そうじゃなくて、まだ初音は縛られている感じなの?」

「うん、相変わらずよ。まぁ今は機嫌を損なわないよう適当に合わせているの」

 実績を伴って説得しなきゃ、納得するはずないものね。

 なんとしても会社を軌道に乗せて、初音の意見を通してあげたい。そして自立をして欲しい。


「じゃぁまた、進展があったら連絡してね」

 そう言って、初音はそうそうに帰っていく。

 やはり、長い時間の外出も気兼ねしているようだった。



 一人になった私は、臼井美咲さんに連絡を取った。

 沙代里の様子と、出来れば秀平さんの様子も知りたかったから。

 何度かメッセージのやりとりをして、その日の夕食を一緒に食べることになった。

「今日は時間を取ってくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ。連絡頂けて嬉しかったです」

 正確な情報を集めるためには、文字や声だけじゃなく実際に会うことが大事だと思っている。話をする時の表情や声のトーン、仕草などを観察することで嘘が見抜けることもあるから。

「その後、沙代里さんの様子はどう?」

「はい、おかげさまで少し落ち着いたようです」

 先日の話では仕事も休んでいて日々の生活もままならないようだったけれど、少しは好転したらしい。

「仕事は時短にしてもらって、体調の悪いときにはお休みをいただいているようで」

 感謝しています、と言う。

「そう、美咲さんのおかげね」

「いえ、私は何も……」

「傍にいてあげたのでしょう?」

「それは、まぁ」

「秀平さんはどうかしら、何か言っているとか、聞いてない?」

「え? 木暮社長ですか?」

「ぶっちゃけて聞くわね、私も一度はちゃんと秀平さんと話し合わなきゃって思っているの、出来るだけメンタルが安定している時にね。だから秀平さんの様子がわかれば助かるのよ」

 正確な情報を得るためには、こちらも正直に話す必要があると思うから、私は本音を伝える。

「なるほど。沙代里の話によれば、最近の社長はイライラしていることが多いとのことです。それで沙代里も落ち込んだりしているので」

「そう、まだ安定はしていないということね」

「あの、私。時々、様子を窺いに行ってみます。沙代里を訪ねる風を装えば違和感はないでしょうし。仕事中の沙代里の様子も知りたいですし」

「ありがとう、それは、とても助かるわ」

 美咲さんとの食事は和やかにすすみ、食後のコーヒーまでしっかり楽しんだ。

 もう少し親睦が深まったら、お酒を飲むのも良いかもしれないわね。そんな感想を抱きつつ帰宅した。



 数日後、裕也さんのデイトレード見学の日がやってきた。

 ようやく、初音と裕也さんとの初対面だ。一度キャンセルしたせいか、私の方が少しドキドキしている。

「やぁ、おはよう。お天気で良かったね」

 いつも通りの爽やかさで裕也さんが挨拶をする。

 何度か家まで送ってくれていたので、今回も迎えに来てもらった。

「こちらが、初音さんですね。裕也です、よろしくね」

「はい、お願いします。噂どおりですね」

「え、どんな噂だろう。気になるなぁ」

 そう言いながら、車へ誘導してくれる。

私のドキドキは肩透かしをくらったようで、二人とも自然体だ。

 人見知りの初音がこんな穏やかな表情をしているのは珍しいなぁ。


 連れて行ってくれたのは、私がお世話になった別荘だった。

「あら、ここでやっているの?」

「基本的にはここです。都内でも出来ますけど、景色が良いところが好きなので。気分転換も出来るしね」

 デイトレは、どこにいても仕事が出来るのが最大のメリットなのだと言う。

「まぁ、適当に座ってくつろいでね。お茶や飲み物はご自由に! セルフの方が気を使わなくていいよね」

「裕也さん、お気づかいありがとう」

 私は二日間この別荘で過ごしたから、キッチンも使わせてもらっていた。

 初音と一緒に飲み物を用意する。

 その間に裕也さんは、三台のパソコンを立ち上げ準備をしていた。

「メインに使うのは一台で、あとの二台はチャートだとかニュースを表示しておくんだよ、閲覧用だね」

「なるほど」

「まずはその日のニュースに一通り目を通すことから始まるんだ」

「案外、真面目……」

 初音の小さな呟きには、裕也さんも苦笑いをしている。

「初対面なのに毒舌だなぁ、でも、そういうの嫌いじゃないよ」

 初音は肩をすくめている。


 その後、裕也さんは真剣な表情で画面を見つめており、私たちは邪魔をしないよう静かにしていた。

「よし」

 その言葉が合図のように、パソコンへの入力を始めた裕也さん。

 それが終わると、余裕が出来たのかこちらを向いた。

 いつもの笑顔で。

「今日はちょっと期待出来ますよ」

「そうなの?」

「ええ、期待できない日は売買をしないこともあります」

「今日はどのくらい?」

「三銘柄を買いました。これを今日中に売って完了です。うまく利益が上がると良いのですが」

「損をする時もある?」

「もちろんですよ」

 初音の質問に、即答する。

「そういう時はどうするの?」

「どうする、というと?」

「落ち込んだりしないのかなって」

「あぁ……気にしないことですね」

「え?」

「良い時もあれば悪い時もある。しょうがないでしょう、それが自然の摂理です」

「へぇ」

 そう言ったきり、初音は黙り込む。

 私は、初音と裕也さんのやり取りを聞いて不思議に思っていた。

 初音の、裕也さんに対する言葉遣いとか態度が、いつもと違うのだ。


「初音?」

 そして、何かを考え込んでいる初音の顔を覗き込む。

「ん? あぁ、裕也さんありがとう」


 それからは、パソコンを眺めながら合間に世間話をしつつ、自由に過ごしていた。

「よしよし」

 裕也さんが呟いて、マウスをクリックした。


「さぁ……終わりました」

「え?」

「今日のお仕事は終了です。あ、ちょうどお昼ですね、庭でバーベキューでもしましょうか」

 ニコニコしていて上機嫌なので、結果は聞かなくてもわかる。

「いいですねぇ、手伝います!」


「それで、今日の成果はいかがでした?」

 お肉や海鮮を焼きながら聞いてみる。

「今日は二十万くらいですね」

「まぁ、凄い」

「実質、二時間くらいでしたね?」

「そうですね、いつもそのくらいで売っちゃいます」

「……時給十万」

「あはは、やっぱり初音さんは面白いなぁ。さぁ、食べて食べて」

「あ、ありがとう」


 夜に時間を取れない初音のためにお昼にバーベキューなんて、裕也さんの優しい気づかいが嬉しい。そのことを、初音はわかっているのかな?

後で聞いてみよう、そんなことを考えていた時。


「すみませーん」

 外から、大きな声が聞こえてきた。

 私たちが庭にいたため、来訪者はインターフォンを押しても反応がなかったために大声を出したのだろう。

「あ、はーい」

 誰だろう? と首を傾げながらも玄関先へ向かう裕也さんを見送る。

 しばらく話し声が聞こえていた。男の人のようだ。


「車が故障したみたい、ブースターケーブルを貸してほしいんだって。せっかくだから、一緒にバーベキューどうかな?」

 裕也さんが、男の人を連れてきて言う。


「あれ、どこかで見たことが……ねぇ、初音、あの人って」

 初音は目を丸くしていた。やっぱり、あの時の人じゃないかなぁ。

 不動産屋で、初音がぶつかっていた人だ。


「ごめんなさい、知らない人との食事は遠慮したいです」

「え、初音?」

「あ、そうだよね、ごめんごめん」



To be continued


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