臼井美咲さんと別れ、部屋へと戻る。
初音からの連絡はない。家の事情で、きっと今日は会えないのだろう。
私には、もう一人、会っておくべき人がいる。
私を二度にわたって助けてくれた人。
裕也さんへお礼をするために、メッセージを送る。
ほどなくして返事がきた。
『明日の夜なら時間が取れます。是非、一緒に食事をしましょう!』
私は文面を読み、爽やかな裕也さんの顔を思い浮かべ、心がウキウキとしてきた。
何を着ていこうかなぁと考え、いや、これはデートではなく、あくまでお礼なのだから冷静にならなきゃと自分を戒める。
「やぁ、今日はまた一段と可愛いね」
翌日、待ち合わせの時刻に待ち合わせの場所に赴くと、裕也さんは既に待っていてくれた。
「お待たせしてしまって……裕也さんも今日はスーツなのですね、素敵です」
「実は、今日は臨時の株主総会があったものですから。その帰りなのです」
「あら。お忙しいのに、今日は時間を作ってもらってありがとうございます」
「いえそんな、香澄さんのお誘いならいつでも歓迎ですよ」
想像した通りの爽やかな笑顔に、私もつられて嬉しくなる。
では行きましょうかと、お店までさりげなく誘導してくれるあたり、やっぱり慣れているなぁと感じる。
「何を食べます? 苦手なものはありますか?」
「いえ、特には。お任せしてもよろしいですか?」
「わかりました。では、まずは生ハムのサラダにムール貝のパスタ、それからパエリアもお願いしようかな。ワインはお任せで」
お洒落なイタリアンバルで、注文を済ませて改めて向き合う。
「裕也さん、改めてお礼を言わせてください。二回も私を助けていただいてありがとうございます」
「どういたしまして、元気そうですね、新生活は快調ですか?」
「えぇ、おかげさまで。ストレスがないせいか、良く眠れるんですよ」
「うん、それはいいね――あ、まずは乾杯しましょうか」
途中でワインが届いたので、グラスを合わせる。
裕也さんとの食事は、とても穏やかに過ぎていく。
私がどんなことを言っても――世間話や、政治や仕事の話、個人的な愚痴なんかも含め――「そうだね」と肯定してくれるし、裕也さんの意見も優しく話してくれる。
私は強い口調で、これはこうだと決めつけるような言い回しが苦手である。そういう人は得てして、その決めつけによって人を非難するから。食事の時にそんな会話では全く楽しくない。最近の秀平さんが、そうなのだ。
そういった意味でも、裕也さんとの会食は私を癒してくれた。
そして、私は裕也さんに興味を持った。
いろいろと、聞いてみたいことがたくさんある。
「今日は株主総会とおっしゃっていましたが、他にも多くの株を?」
「ええ、まぁ」
「さすがね」
「いやぁ、生前贈与分もあるから自分自身で働いたお金じゃないんです、だから胸張って威張れないんだけどね。でもお金は眠らせておいても勿体ないからね」
「それはそうよね、投資もされているのかしら?」
「ええ、もちろん。実は僕ね……」
そこで声をひそめる裕也さんは、それでも目はキラキラと少年のような表情だ。
「デイトレードが趣味なんです」
「あら、素敵。その感じだとかなりの利益をあげているようね?」
「いやぁ、まぁ。いろいろですけどね。勝つ日もあれば負ける日もある、それも含めて面白い」
「まぁ、ゲーム感覚なの?」
「ええ、趣味ですからね。香澄さんも興味ありますか?」
「そうねぇ、資金があればやってみたいわね」
趣味ではなく、仕事としてやってみたいと思っている。
それで利益を確実にあげられるようになれば、いろいろと運用できる。
「僕で良ければいろいろ教えてあげるよ。でもリスクもあるからね、そこは慎重に!」
「まぁ、それは心強いわ」
「良かったら今度、実際にデイトレしているところを見学しますか?」
「えっ、いいの?」
「構いませんよ……ん? どうかしました?」
裕也さんは私の顔を覗き込みながら疑問を投げかける。
よほど、私が驚いたことが不思議みたいだ。
でも、そんな簡単に他人に見せられるものなのかしら?
私だったら、お金が絡むことだから信頼できない人には見せられないけれど。
「いえ、裕也さんは凄いですね、いろんな方にそうやってコツを教えたりしているの?」
「…………あぁ。それは誤解ですね」
少しの沈黙の後の言葉は、微笑みながらだった。
「誰かれ構わず見学に誘うわけではないですよ、香澄さんは特別です」
「えっ?」
そんな風に言われたらドキドキしてしまう。
「あ、でも。そうやって誘われる方も気を使いますか? それならもう少しデートを重ねて信用してもらってからの方がいいかなぁ」
「デート……」
「ええ、僕は今日もデートのつもりですからね」
私の呟きに、はっきりと伝えてくれる。
こういうところが、女性の扱いに慣れているっぽいと思うのだけど。
それでも、わかっていても、キュンとしてしまうのだ。
「プレイボーイって、裕也さんのためにあるような言葉よね?」
「誉め言葉として、受け取っておきます」
余裕のある笑顔は反則だ。
会計時には、当然のように奢ってくれようとするが。
「今日はお礼なので、私に払わせてください」
と言えば、すんなりと受け入れてくれる。
「では、次回はご馳走させてくださいね。近いうちに是非」
と、スムーズに次回を約束する。
これでは断れないではないか、いや、断る理由もないのだけれど。
むしろ嬉しさがこみあげ、すでに楽しみに思っていた。
「ねぇ香澄、その人ほんとうに大丈夫? 信用出来るの?」
帰宅後、初音にメッセージを送ったら、折り返し電話がかかってきたので、今夜の裕也さんとの会食の諸々を報告したのだけど。そうしたら不安を口にされたというわけだ。
「え、どの辺りが信用出来ないの?」
私は実際に会っているから、初音が不安に思うことの方がわからない。
「なんだか、話がうますぎると思うの」
「そう?」
「だって、株に投資にデイトレでしょ? まるで私たちが起業しようとしていること知っているみたい。香澄が興味持つようなものをチラつかせている気がするの」
「そうかなぁ、偶然じゃない?」
元々、初音は心配症だけれど、ここまで言うのも珍しいな。
「じゃぁさぁ、今度、初音も裕也さんに会ってよ」
「えぇ?」
実際に裕也さんに会えば、初音もわかってくれると思う。
「三人で会いたいって、裕也さんに聞いてみるよ。それで断られたら、もう裕也さんとは二度と会わないことにする。それで、三人でも良いよって言ってくれたら信用出来るでしょ?」
「まぁ、そうだねぇ」
なんとか初音も納得してくれたようだった。
To be continued