目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第38話

 臼井美咲さんと別れ、部屋へと戻る。

 初音からの連絡はない。家の事情で、きっと今日は会えないのだろう。

 私には、もう一人、会っておくべき人がいる。


 私を二度にわたって助けてくれた人。

 裕也さんへお礼をするために、メッセージを送る。

 ほどなくして返事がきた。


『明日の夜なら時間が取れます。是非、一緒に食事をしましょう!』

 私は文面を読み、爽やかな裕也さんの顔を思い浮かべ、心がウキウキとしてきた。

 何を着ていこうかなぁと考え、いや、これはデートではなく、あくまでお礼なのだから冷静にならなきゃと自分を戒める。


「やぁ、今日はまた一段と可愛いね」

 翌日、待ち合わせの時刻に待ち合わせの場所に赴くと、裕也さんは既に待っていてくれた。

「お待たせしてしまって……裕也さんも今日はスーツなのですね、素敵です」

「実は、今日は臨時の株主総会があったものですから。その帰りなのです」

「あら。お忙しいのに、今日は時間を作ってもらってありがとうございます」

「いえそんな、香澄さんのお誘いならいつでも歓迎ですよ」

 想像した通りの爽やかな笑顔に、私もつられて嬉しくなる。

 では行きましょうかと、お店までさりげなく誘導してくれるあたり、やっぱり慣れているなぁと感じる。


「何を食べます? 苦手なものはありますか?」

「いえ、特には。お任せしてもよろしいですか?」

「わかりました。では、まずは生ハムのサラダにムール貝のパスタ、それからパエリアもお願いしようかな。ワインはお任せで」

 お洒落なイタリアンバルで、注文を済ませて改めて向き合う。

「裕也さん、改めてお礼を言わせてください。二回も私を助けていただいてありがとうございます」

「どういたしまして、元気そうですね、新生活は快調ですか?」

「えぇ、おかげさまで。ストレスがないせいか、良く眠れるんですよ」

「うん、それはいいね――あ、まずは乾杯しましょうか」

 途中でワインが届いたので、グラスを合わせる。


 裕也さんとの食事は、とても穏やかに過ぎていく。

 私がどんなことを言っても――世間話や、政治や仕事の話、個人的な愚痴なんかも含め――「そうだね」と肯定してくれるし、裕也さんの意見も優しく話してくれる。

 私は強い口調で、これはこうだと決めつけるような言い回しが苦手である。そういう人は得てして、その決めつけによって人を非難するから。食事の時にそんな会話では全く楽しくない。最近の秀平さんが、そうなのだ。

 そういった意味でも、裕也さんとの会食は私を癒してくれた。


 そして、私は裕也さんに興味を持った。

 いろいろと、聞いてみたいことがたくさんある。

「今日は株主総会とおっしゃっていましたが、他にも多くの株を?」

「ええ、まぁ」

「さすがね」

「いやぁ、生前贈与分もあるから自分自身で働いたお金じゃないんです、だから胸張って威張れないんだけどね。でもお金は眠らせておいても勿体ないからね」

「それはそうよね、投資もされているのかしら?」

「ええ、もちろん。実は僕ね……」

 そこで声をひそめる裕也さんは、それでも目はキラキラと少年のような表情だ。

「デイトレードが趣味なんです」

「あら、素敵。その感じだとかなりの利益をあげているようね?」

「いやぁ、まぁ。いろいろですけどね。勝つ日もあれば負ける日もある、それも含めて面白い」

「まぁ、ゲーム感覚なの?」

「ええ、趣味ですからね。香澄さんも興味ありますか?」

「そうねぇ、資金があればやってみたいわね」

 趣味ではなく、仕事としてやってみたいと思っている。

 それで利益を確実にあげられるようになれば、いろいろと運用できる。

「僕で良ければいろいろ教えてあげるよ。でもリスクもあるからね、そこは慎重に!」

「まぁ、それは心強いわ」

「良かったら今度、実際にデイトレしているところを見学しますか?」

「えっ、いいの?」

「構いませんよ……ん? どうかしました?」

 裕也さんは私の顔を覗き込みながら疑問を投げかける。

 よほど、私が驚いたことが不思議みたいだ。


 でも、そんな簡単に他人に見せられるものなのかしら?

 私だったら、お金が絡むことだから信頼できない人には見せられないけれど。

「いえ、裕也さんは凄いですね、いろんな方にそうやってコツを教えたりしているの?」

「…………あぁ。それは誤解ですね」

 少しの沈黙の後の言葉は、微笑みながらだった。

「誰かれ構わず見学に誘うわけではないですよ、香澄さんは特別です」

「えっ?」

 そんな風に言われたらドキドキしてしまう。

「あ、でも。そうやって誘われる方も気を使いますか? それならもう少しデートを重ねて信用してもらってからの方がいいかなぁ」

「デート……」

「ええ、僕は今日もデートのつもりですからね」

 私の呟きに、はっきりと伝えてくれる。

 こういうところが、女性の扱いに慣れているっぽいと思うのだけど。

 それでも、わかっていても、キュンとしてしまうのだ。

「プレイボーイって、裕也さんのためにあるような言葉よね?」

「誉め言葉として、受け取っておきます」

 余裕のある笑顔は反則だ。


 会計時には、当然のように奢ってくれようとするが。

「今日はお礼なので、私に払わせてください」

 と言えば、すんなりと受け入れてくれる。

「では、次回はご馳走させてくださいね。近いうちに是非」

 と、スムーズに次回を約束する。

 これでは断れないではないか、いや、断る理由もないのだけれど。

 むしろ嬉しさがこみあげ、すでに楽しみに思っていた。



「ねぇ香澄、その人ほんとうに大丈夫? 信用出来るの?」

 帰宅後、初音にメッセージを送ったら、折り返し電話がかかってきたので、今夜の裕也さんとの会食の諸々を報告したのだけど。そうしたら不安を口にされたというわけだ。

「え、どの辺りが信用出来ないの?」

 私は実際に会っているから、初音が不安に思うことの方がわからない。

「なんだか、話がうますぎると思うの」

「そう?」

「だって、株に投資にデイトレでしょ? まるで私たちが起業しようとしていること知っているみたい。香澄が興味持つようなものをチラつかせている気がするの」

「そうかなぁ、偶然じゃない?」

 元々、初音は心配症だけれど、ここまで言うのも珍しいな。

「じゃぁさぁ、今度、初音も裕也さんに会ってよ」

「えぇ?」

 実際に裕也さんに会えば、初音もわかってくれると思う。

「三人で会いたいって、裕也さんに聞いてみるよ。それで断られたら、もう裕也さんとは二度と会わないことにする。それで、三人でも良いよって言ってくれたら信用出来るでしょ?」

「まぁ、そうだねぇ」

 なんとか初音も納得してくれたようだった。


To be continued



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?