「それじゃあ、行こうか」
翌朝、迎えにきてくれた裕也さんの車に乗る。
「あ、潮の香りがする」
「海が近いからね、せっかくだから海沿いの道をドライブしようか」
「いいんですか? 嬉しい」
こういう気づかいが出来るところが……
「裕也さんって、モテるでしょう?」
「え、僕? まぁ、そこそこかなぁ」
照れながらも否定しないところ、好感がもてる。
全然もてないよって言われたって、信じられないもの。
「今は、何人の恋人がいるの?」
「やだなぁ、香澄さん。いくら僕でもそんな不誠実なことしませんよ。それに今はフリーですし」
「あら、そうなの」
「だから僕が香澄さんを口説いても何も問題はないんですよ」
相変わらずの爽やかな口調、冗談だとしてもそんな風に言われれば悪い気はしない。
「私には夫がいるから、問題あるでしょう?」
「でも、もう愛情はないんでしょ? だったら問題ないよ、それとも他に好きな人でもいるんですか?」
「それは……」
一瞬、透のことが頭をよぎる。
「ほら、そろそろ海が見えるんじゃない?」
「わぁ、ほんとうだ。キラキラしてる」
少しだけ窓を開け、潮風を感じる。
気持ちいい。
体調は完全に回復したようで、この自然美を全身に感じることが出来た。
「裕也さん、いろいろお世話になりました。改めてお礼はさせていただきます」
都心まで送ってもらって、裕也さんとはお別れをする。
「お礼はいいから、今度デートしてくださいね」
「デートって……」
「連絡待ってます、それじゃ」
「ねぇ、その人って……」
初音と合流してカフェに入り、ここ数日の話をしたら何とも言えない表情で何かを言いかけた。
「なに?」
その先がとても気になる。客観的に見たら裕也さんはどういう人物だと思うのか。
「ちょっと怪しいかも」
「そう?」
「何の見返りもなくそんなに親切な人っている?」
「どうだろう」
私が今まで出会った男たちの中には……いないな。
いつも、私の実家のお金や私の身体が目当てだった気がする。
「何かの目的があるのかも」
「目的って? なら出会ったのも偶然じゃないってこと?」
「わからないけど」
初音の境遇も特殊だから、男性に対してあまり良い印象は持っていないのかもしれない。
「そうね、礼儀としてお礼はするとして、充分気を付けるわ」
実際、今までは助けてもらうばかりで、何か不当な要求をされたわけではないから、これから気を付ければ良い。一度くらいのデートならば問題ないと思う。
「それより、ここでランチ食べてから不動産屋へ付き合ってくれる?」
「あ、会社の物件の話?」
「それはもう契約済み。私の、いや出来れば私たちの住む部屋を決めたいな」
「私たちって……え?」
「もちろん、私と初音よ? まぁ、今すぐは難しいかもしれないけど、ほら初音が万が一実家を追い出されてもいいように、広めの部屋を探そうと思っているの」
初音の実家の境遇をなんとか改善したいのだけど、現状では難しい。だけど将来的には会社を二人で運営したいし、初音には自立して欲しいから。
私たちは二人で、不動産屋へ足を運んだ。
身の回りの荷物しか持って出てこなかったから、即入居可能で家具や家電製品付きの物件を探してもらうことにした。
「これはこれは木暮さま。ご贔屓にしていただき、ありがとうございます。今回も勉強させていただきますね」
「よろしく」
店長は今日も調子のよい言葉を発している。
「最初は私一人の入居予定だけれど、いずれはこの子も一緒に住みたいの」
「承知しました。ご要望は何なりとお申し付けください」
いくつかの物件を二人で検討する。
といっても、利便性の良い場所と即入居可という条件が数を減らしているようで、あまり選択の余地はなかった。
「とりあえずウィークリーとかマンスリーマンションにしてはどうでしょう? 多少割高ではありますが、それならいろいろありますよ」
「そうねぇ、そうしようかな」
秀平さんとの関係もどうなるか――いずれは話し合わなきゃいけないだろうし――その方が都合が良いだろう。
「はいはい。では、コピーしますね」
「そういえば、今日は店長一人なんですか? あの若い子はいないのね」
「あぁ、今日は外回りに行かせています」
「そう」
「若い子って?」
初音がこっそり聞いてくる。
「初々しいイケメンくんがいたのよ」
「もう、香澄ったら気が多いのね」
本当は、初音に会わせたかったのになぁ、残念。
初音には、親が決めた許嫁なんかじゃなく自由恋愛を謳歌してもらいたい。
そのためには、まずは出会いが必要だものね。
「香澄、ここなんかどう?」
「どれどれ、あぁ駅が近くていいわねぇ。外観がイマイチだけど」
「外観よりも内装の方が重要じゃない?」
「そうねぇ、あと大事なのがセキュリティよね」
「ちょっとお手洗い行ってくるわね」
一通り目を通して数件に絞り込んだところで、初音が席を立つ。
「これか、これ……いや、こっちか」
最終決定は二人で決めようと、候補を二つに絞る。
「きゃっ」
「sorry……」
「いえ、私がぼーっとしていたので。ごめ……あ、ソーリー?」
玄関の近くから、そんなやり取りが聞こえてきた。
そちらを見れば、しゃがみ込んでいる初音に手を差し伸べている男の人がいた。
初音はその手を掴むかどうか迷っているようで、結局自分で立ち上がっていた。
その人にペコリと会釈をした初音は、トコトコとこちらへやってきた。
「どうしたの?」
「あ、うん、ちょっとぶつかっちゃって。前を見ていなかった私が悪いの」
「ねぇ、あの人……」
初音はなぜか俯いたままだったが、耳がほのかに赤くなっていた。
「へぇ、そういうこと……」
初音に聞こえるように呟いた。
「初音の好みのタイプなんだぁ」
そう言うと、ようやく初音がこちらを見た。
「ち、違うよ、そんなんじゃない」
ただ恥ずかしかっただけよ、と小さな声で抗議をする。
「そう」
私は気になって、その男性を観察する。
帽子とサングラスをしてはいるが、ホリが深く、イケメンっぽい。
短髪のようだが、帽子から少しだけ出ている髪は茶色がかっている。
外国人?
どこかで見たことがあるような、ないような……
店長と一言二言会話をした後、奥の部屋へと入って行ってしまった。
VIP待遇なのかもしれない。
「それより、今のうちに決めちゃおうよ」
「そうだね、初音はどっちが良い?」
二つに絞った物件を見せる。
「うーん、こっちかな」
じっくり考えて選んでくれた方を、私も同意し決定をした。
ほどなくして店長が戻ってきたため、契約をする。
諸々の手続きを終えれば、今夜から入居することが出来る。
これで、宿無しの状態は免れることが出来て、まずはホッとした。
「ねぇ初音、今夜は時間ある? 一緒に新しい部屋で飲まない? そのまま泊ってもいいしね」
「そうだね、私たちの新しい門出だもの、そういうのもいいね。ちょっと聞いてみるね」
初音は早速電話をしている。おそらくは実家の父母宛てだと思う。
「ごめん、香澄。やっぱり夜は駄目みたい」
「そう、残念だわ」
未成年でもないのに、一泊の外泊も許可しないなんてね。
私はこの時、自分のことよりも、初音の自由と自立を勝ち取りたいと切に願った。
To be continued