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第34話

「熱い……」

 目は覚めたが、体がやけに熱くて気だるくて起き上がる気にならない。

 風邪……かな。

 ぼんやりとそう思いながら、私はまた眠りにおちていた。


 ガサゴソという音で、再び意識が浮上しはじめた。

「香澄さん? お腹空いたでしょう、朝ご飯買ってきましたよ」

「あ、ありがとうご……コホッ、ゴホッ」

「あれ、声がれしてない? もしかして昨日の雨で風邪ひいた?」

「そうみたい」

「熱は?」

「ひゃっ」

 びっくりした。

 裕也さんの冷たい手が私の額に触れたから。

「あ、ごめん。でも熱くない? えっと体温計……なんてないや。ちょっと解熱剤とかと一緒に買ってくるよ」

「えっ、あ……」

 あっという間に出ていってしまって、後に残る静けさ。

 なんだか、嵐みたいな人ね。熱があるのにも関わらずクスっと笑っている自分を不思議に思う。

 身体はキツイのに心は穏やかだった。


「ただいま~、まずは熱を測ろうか。あれ、起きていて大丈夫なの?」

 裕也さんが買い物に行っている間に、なんとか洗面や着替えを終えていた。

 さすがに、しどけない格好は見せられないと思ったから。

「ええ」

「38度5分? 大変だ。寝てないとダメだよ。お粥なら食べられる? レトルトを買ってきたのだけど、温めるね。あと解熱剤もあるから食べたら内服してね」

「あ、ありがとう」

 私のために準備してくれる姿を、横になりながらぼんやりと眺めていた。

「どうしたの?」

 私の視線に気付いた裕也さんは首を傾げる。

「裕也さんって……」

 もてるんだろうなぁ……そんな感想を口走りそうになる。

 待って、私、なんでこんなことを思うのだろう。

 秀平さんに嫌気がさしたから? 透に呆れたから?

 まさか、出会ったばかりの人に惹かれるわけないわよね。


「僕が何?」

「いえ、なんでもないわ」

「おせっかい、とか思った?」

「それは、まぁ。少し」

「あはは、だろうね。でも放っておけないんだよね」

「えっ?」

「困っている人見るとね、つい、手を差し伸べてしまいたくなるんだよ」

「そう……なのね」

「あ、でも聖人君子じゃないから、下心はあるよ」

「えっ?」

「ほら、情けは人のためならずって言うじゃない。人に親切にしたら、いつかは自分が親切にされるかなって思ってさ」

「あぁ、そういう……」


「さぁ、どうぞ。って、チンしただけだけどね」

「いただきます。あ、美味しい」

 裕也さんのような、優しい味がした。


 食事を終えて、与えられた薬を飲んだ。

「僕はこの後予定があるので出掛けるけど、何かあったら遠慮なく連絡して。えっと、これが連絡先ね」

「あぁ、それが……スマホが動かなくなってしまって」

「え、充電切れかなにか?」

「違うの、きっと水没だと思う」

「あぁ、そっか。そういえば随分雨で濡れていたっけ。困ったなぁ、ここ、固定電話なくてさぁ」

「そうですよね」

 今は個人が電話を持っている時代なのだから、別荘なら必要ないだろう。

「良かったら、修理に出してこようか?」

「えっ?」

「えっ? あぁそうだよね、不安だよね。知らないやつにスマホを預けるなんてさ」

「いえ、そんなつもりでは……じゃあ、お願いしてもいいですか? やっぱりスマホがないと不便だから」

 仕事も方も気になるし、初音にも連絡しないといけないし。

 すぐに熱が下がればいいけど、この体の怠さはなかなか治りそうもないし。


「じゃぁ、行ってくるね」


 裕也さんが出ていったので、ベッドへ横たわる。

 なぜなのだろう、会ったばかりの裕也さんを信頼してしまっている。

 最初に助けてもらっているからなのか、人の良さそうな顔や雰囲気を感じたからなのか。

 あぁ、なんだかまた眠くなってきた。

 身体は怠いけど、こんな昼間に眠れるってなんて幸せなのだろう。




 ステンドグラスが綺麗だ。

 耳触りの良いこの音は、パイプオルガン?

 私の横の通路を通り過ぎた人、あれは白石美雪さんか。

 前方でこちらを向いて待っている人がいる。


 あれって、透じゃない?

 そうよ、私が透を見間違えるはずないもの。

 なんでよ、なんで私が透の結婚式に参列しているの?

 いや、いやよ、待ってよ。

 透が美雪さんの手を取ってしまう。


 その瞬間、透と目が合った。

 あ、あの目だ。

 最初は何を考えているのかわからなかったけれど、いつしか惹かれるようになった。

 けれど、私は透を遠ざけた。


 え、なに?

 透は目を逸らさず、私を見つめたまま近づいてくる。

 花嫁を置き去りにして、なにしているの?


 なぜ、私に向かって手を差し伸べているの?

 そんなの、手を取りたくなってしまうじゃない。

 いいの?

 透の口角が少し上がる。

 いいのね、私は腕を伸ばし透の手に触れ――ようとしたところで後ろから体を引っ張られた。

「やめろ」

 振り向いたら、そこにいたのは裕也さんだった。

 え、なんで?

「そいつと一緒になっても幸せになんてなれない」

 何を言っているの?

「僕の方が何倍も君を愛している」

「へ?」

 いきなりそんな事を言われて呆然としていたら、いつのまにか抱きしめられていた。

「っや、やめ……て、そんな……だめ……」



「大丈夫?」

 目を開けたら、そこには心配そうな裕也さんがいた。

「夢?」

 なんだ、そうか。それもそうね、辻褄が合わないものね。

「随分うなされていたよ?」

「ええ、ちょっと変な夢を見ていたみたい」

「汗、びっしょりだね」

「シャワー借りてもいいかしら?」

「もちろん」



「37度2分、汗をかいたら熱も下がったみたい」

「それは良かった」

「いろいろありがとう、すぐに出ていく準備するわ」

「そんなに急がなくてもいいよ、というか、行くあてはあるの?」

「あっ」

 そうだった、でもこれ以上迷惑はかけられない。

「そういえば、スマホの修理が出来たよ」

「助かるわ、これで、ホテルの予約も出来る」

「あぁ、使う前に念のため、いろんなパスワード変更した方がいいよ。信頼できる修理屋に出したけど、念には念を入れた方がいいからさ」

「そうよね、ありがとう」

 私は早速、ネット銀行やサイト・アプリ等のパスワードの変更を行った。


 それから、寝込んでいた間のメッセージの確認をする。

 初音からは心配しているとのメールが入っていたが、秀平さんからは何の音沙汰もなかった。

 それから、透からは――って、私の方からブロックしたのだったわ。

 あんな夢を見たから、胸がざわざわするような、なんだか変な感情が心を満たす。


 それから、見知らぬ差出人からのメールが一通あった。

 これは……


「大丈夫だった?」

「え? ええ、ありがとう。何も問題なかったわ」

「また熱がぶり返してもいけないから、今晩も泊ったら?」

「そうね、そうしてもらえると有り難いわ」

「明日は土曜日で僕も時間があるから、送ることも出来るしね」

 いつも通りのさわやかな笑顔だった。



To be continued



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