「熱い……」
目は覚めたが、体がやけに熱くて気だるくて起き上がる気にならない。
風邪……かな。
ぼんやりとそう思いながら、私はまた眠りにおちていた。
ガサゴソという音で、再び意識が浮上しはじめた。
「香澄さん? お腹空いたでしょう、朝ご飯買ってきましたよ」
「あ、ありがとうご……コホッ、ゴホッ」
「あれ、声がれしてない? もしかして昨日の雨で風邪ひいた?」
「そうみたい」
「熱は?」
「ひゃっ」
びっくりした。
裕也さんの冷たい手が私の額に触れたから。
「あ、ごめん。でも熱くない? えっと体温計……なんてないや。ちょっと解熱剤とかと一緒に買ってくるよ」
「えっ、あ……」
あっという間に出ていってしまって、後に残る静けさ。
なんだか、嵐みたいな人ね。熱があるのにも関わらずクスっと笑っている自分を不思議に思う。
身体はキツイのに心は穏やかだった。
「ただいま~、まずは熱を測ろうか。あれ、起きていて大丈夫なの?」
裕也さんが買い物に行っている間に、なんとか洗面や着替えを終えていた。
さすがに、しどけない格好は見せられないと思ったから。
「ええ」
「38度5分? 大変だ。寝てないとダメだよ。お粥なら食べられる? レトルトを買ってきたのだけど、温めるね。あと解熱剤もあるから食べたら内服してね」
「あ、ありがとう」
私のために準備してくれる姿を、横になりながらぼんやりと眺めていた。
「どうしたの?」
私の視線に気付いた裕也さんは首を傾げる。
「裕也さんって……」
もてるんだろうなぁ……そんな感想を口走りそうになる。
待って、私、なんでこんなことを思うのだろう。
秀平さんに嫌気がさしたから? 透に呆れたから?
まさか、出会ったばかりの人に惹かれるわけないわよね。
「僕が何?」
「いえ、なんでもないわ」
「おせっかい、とか思った?」
「それは、まぁ。少し」
「あはは、だろうね。でも放っておけないんだよね」
「えっ?」
「困っている人見るとね、つい、手を差し伸べてしまいたくなるんだよ」
「そう……なのね」
「あ、でも聖人君子じゃないから、下心はあるよ」
「えっ?」
「ほら、情けは人のためならずって言うじゃない。人に親切にしたら、いつかは自分が親切にされるかなって思ってさ」
「あぁ、そういう……」
「さぁ、どうぞ。って、チンしただけだけどね」
「いただきます。あ、美味しい」
裕也さんのような、優しい味がした。
食事を終えて、与えられた薬を飲んだ。
「僕はこの後予定があるので出掛けるけど、何かあったら遠慮なく連絡して。えっと、これが連絡先ね」
「あぁ、それが……スマホが動かなくなってしまって」
「え、充電切れかなにか?」
「違うの、きっと水没だと思う」
「あぁ、そっか。そういえば随分雨で濡れていたっけ。困ったなぁ、ここ、固定電話なくてさぁ」
「そうですよね」
今は個人が電話を持っている時代なのだから、別荘なら必要ないだろう。
「良かったら、修理に出してこようか?」
「えっ?」
「えっ? あぁそうだよね、不安だよね。知らないやつにスマホを預けるなんてさ」
「いえ、そんなつもりでは……じゃあ、お願いしてもいいですか? やっぱりスマホがないと不便だから」
仕事も方も気になるし、初音にも連絡しないといけないし。
すぐに熱が下がればいいけど、この体の怠さはなかなか治りそうもないし。
「じゃぁ、行ってくるね」
裕也さんが出ていったので、ベッドへ横たわる。
なぜなのだろう、会ったばかりの裕也さんを信頼してしまっている。
最初に助けてもらっているからなのか、人の良さそうな顔や雰囲気を感じたからなのか。
あぁ、なんだかまた眠くなってきた。
身体は怠いけど、こんな昼間に眠れるってなんて幸せなのだろう。
ステンドグラスが綺麗だ。
耳触りの良いこの音は、パイプオルガン?
私の横の通路を通り過ぎた人、あれは白石美雪さんか。
前方でこちらを向いて待っている人がいる。
あれって、透じゃない?
そうよ、私が透を見間違えるはずないもの。
なんでよ、なんで私が透の結婚式に参列しているの?
いや、いやよ、待ってよ。
透が美雪さんの手を取ってしまう。
その瞬間、透と目が合った。
あ、あの目だ。
最初は何を考えているのかわからなかったけれど、いつしか惹かれるようになった。
けれど、私は透を遠ざけた。
え、なに?
透は目を逸らさず、私を見つめたまま近づいてくる。
花嫁を置き去りにして、なにしているの?
なぜ、私に向かって手を差し伸べているの?
そんなの、手を取りたくなってしまうじゃない。
いいの?
透の口角が少し上がる。
いいのね、私は腕を伸ばし透の手に触れ――ようとしたところで後ろから体を引っ張られた。
「やめろ」
振り向いたら、そこにいたのは裕也さんだった。
え、なんで?
「そいつと一緒になっても幸せになんてなれない」
何を言っているの?
「僕の方が何倍も君を愛している」
「へ?」
いきなりそんな事を言われて呆然としていたら、いつのまにか抱きしめられていた。
「っや、やめ……て、そんな……だめ……」
「大丈夫?」
目を開けたら、そこには心配そうな裕也さんがいた。
「夢?」
なんだ、そうか。それもそうね、辻褄が合わないものね。
「随分うなされていたよ?」
「ええ、ちょっと変な夢を見ていたみたい」
「汗、びっしょりだね」
「シャワー借りてもいいかしら?」
「もちろん」
「37度2分、汗をかいたら熱も下がったみたい」
「それは良かった」
「いろいろありがとう、すぐに出ていく準備するわ」
「そんなに急がなくてもいいよ、というか、行くあてはあるの?」
「あっ」
そうだった、でもこれ以上迷惑はかけられない。
「そういえば、スマホの修理が出来たよ」
「助かるわ、これで、ホテルの予約も出来る」
「あぁ、使う前に念のため、いろんなパスワード変更した方がいいよ。信頼できる修理屋に出したけど、念には念を入れた方がいいからさ」
「そうよね、ありがとう」
私は早速、ネット銀行やサイト・アプリ等のパスワードの変更を行った。
それから、寝込んでいた間のメッセージの確認をする。
初音からは心配しているとのメールが入っていたが、秀平さんからは何の音沙汰もなかった。
それから、透からは――って、私の方からブロックしたのだったわ。
あんな夢を見たから、胸がざわざわするような、なんだか変な感情が心を満たす。
それから、見知らぬ差出人からのメールが一通あった。
これは……
「大丈夫だった?」
「え? ええ、ありがとう。何も問題なかったわ」
「また熱がぶり返してもいけないから、今晩も泊ったら?」
「そうね、そうしてもらえると有り難いわ」
「明日は土曜日で僕も時間があるから、送ることも出来るしね」
いつも通りのさわやかな笑顔だった。
To be continued