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第32話

 俺は彼女に拒絶された。

 もう会いに行けない、電話もブロックされている、構ってくれるなと釘をさされた。

 それでも、こうやって遠くから眺めている。


 俺の場合は嫌われたからといって、『可愛さ余って憎さ百倍』とはならず。

 どれだけ疎まれても、俺の気持ちは変わりない。

 元々、成就しないと諦めていた気持ちが強く、それでも彼女のために陰ながら動くことを喜びに変えていたのだから。

 嫌われるということは、気にかけて貰えているということ――彼女の心の片隅にでも――だから。

 無関心よりは断然良いことなのだから。


 何が起こっても、俺は君の見方でいるよ。


 彼女は探偵事務所へと入っていった。

 昨日俺たちが調べて少しだけ脅して得た情報を、探偵事務所へ送ってある。

 探偵はすぐに彼女へ連絡し、提示することだろう。

 こういう調査は早ければ早い方が評価も上がるから。


 きっと今頃、彼女をあんな目に合わせた黒幕が誰なのか知ったはずだ。

 彼女が何を思い、これからどう行動するか――見守らないといけないと思っている。


 俺が守らないと……





 私は探偵事務所を出て家へと戻る。

 証拠となる動画はコピーしてもらった。


 本当に腹立たしい。

 この怒りを一体どうすればよいのか、家へ着くまでにいろいろ考えていた。


「ただいま」

 普段なら、私が帰ったところで誰も何も言わないのに。


「おかえりなさい」

 その日は、返事があった。

 沙代里がいたからだった。

「おう」

 珍しく、秀平さんもリビングにいるではないか。

 テーブルの上にはコーヒカップもある。

 二人で和やかにお茶でもしていたというの?


 その光景を見た瞬間に、体温が上昇したような気がした。きっと鏡を見れば私の顔は赤くなっているに違いない。まさに『頭に血が上った』という状況だろう。


「沙代里! 話があるわ」

「何よ、怖い顔して」

 普段、人前では呼び捨てにはしていないから、私の怒りを察したらしい。

「私を襲った犯人がわかったわ」

「え? 捕まったの?」

「いえ、それはまだよ。でも顔も名前もわかったの。それで、その犯人は誰かに頼まれたと言っているの、その誰か……わかるわよね?」

「何言っているの? そんなの、わかるわけないじゃないの」


「おい、香澄。俺にも意味がわかるように話せよ」

 秀平さんまで、変な顔をして私を見つめる。まるで私が責められているような雰囲気で、またまた腹が立つ。


「今回の事件の黒幕は、沙代里だったのよ」

 だから、私はド直球を投げつけてやった。


「は? 何を言い出すかと思ったら……」

 秀平さんは、呆れて半笑いだ。

「そんなわけないじゃない、香澄さんってば、そんなに私の事が憎いの?」

 沙代里も余裕をみせている。


「本当に? 沙代里さん、今謝れば許してあげるわよ?」

「なによ、そんなこと言われても、やってないことを謝れるわけないじゃない」

 まぁ、そう言うわよねぇ。あっさり認めるわけないか。


「証拠があるって言っても?」

「えっ」

「本当か? あるなら勿体ぶらずに見せればいいだろう」

 はっきりさせようじゃないかと、秀平さんは乗り気だ。

 一方、沙代里は?

 顔をこわばらせているようね、ふふ、なんだか楽しくなってきたわ!


「あるわよ、これよ! 今見せてあげるわ」

 私はパソコンへUSBメモリーを差し込み、動画を再生させる。

 その映像を食い入るように見つめる秀平さんと、時々目を逸らしながらチラチラと見る沙代里。


「違うわよ、何かも間違いよ、この男たちが嘘を言っているのよ!」

 動画の中で、男らが黒幕の名前を挙げた瞬間、沙代里が叫んだ。

 全面的に否定するなんてね、愚かな女だわ。


 秀平さんは黙っている。何かを考えているようだったので、そのまま見守った。

 こんな確たる証拠があるんだもの、沙代里の処遇をどうするのか、秘書が犯罪者では社長としても困るのだろうから、すぐクビにするべきよね。


「香澄」

 ようやく口を開いた秀平さん。

「はい」

 さぁ、沙代里に引導を渡してちょうだい。

「この事は他言無用だ」

「はい……はい?」

 一瞬、意味がわからなかった。

「まだ、真相はわかっていない」

「え?」

 何を言っているの? こんな証拠があるのに、わかってないですって?

「沙代里はやってないと言っている」

 そんなの、沙代里が嘘を言っているに決まっているのに。

「どうしてよ?」

「この動画の中の、反社なのか半グレなのか知らないが、こんな奴らの言うことなんて信用出来ないだろう? それに、脅されて白状しているようにも見えるし」

「だったら、何故この男らが沙代里の名前を知っているの? 沙代里は名前を使われるほど反社の中では有名人なの?」

 そんなに沙代里が大事なのか、呆れてものが言えないわ。

「そんなわけないだろう……いやでも、もし仮に犯人が沙代里だったとしてもだ――」

 何よ、まだ庇うわけ?

「理由もなく、そんなことをするわけはないだろう」

 は? 何故、正当化しているの?

「どういうことよ?」

「君と沙代里の確執は、今始まったことではないだろう?」

「だったら、何よ」

「いつも君がそういう態度でいるから、沙代里はいつも傷ついていたんだ」

 はぁ? この男は何を言っているのか。

「何が言いたいの?」

 秀平さんの本心は、いったい……

「君も反省した方がいい」

 いや、だから、何で私が?

「私が悪いって言いたいの?」


 何なのよ、この人。え、それでも人間?

 どうして犯罪者を庇うの?


 どうして――どうして、私は、この男と結婚しているのだろう。

 おかしい――この人生? 世の中? この世の全てが、私にはおかしく見えるわ。




To be continued




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