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第31話

 私はその日、探偵から連絡を受けて会う約束をしていた。

 なんでも有益な情報が得られたとのこと。

 逸る気持ちを抑えつつ玄関を出ると、見覚えのある車が停まっていた。


「まさか……」

 その、まさかだった。

 車から降りて来た透が、私の方へ歩いてくる。


 なによ、今更。

 私が透をブロックした時と同じ感情が湧きあがる。


 無視して歩を進めようとしたが、透はすぐ近くまでやってきた。

「何しに来たの?」

 冷たい声が出た。

「連絡したけれどブロックされたら、直接来るしかないだろう? どうして俺をブロックしたんだ?」

「どうしてって? そんなの、自分の胸に手を当てて考えなさいよ。婚約者がいるのに私に気のあるフリをしたり、あんな……淫らなことをするなんて。私はあなたのことを、口は悪いけど本当はもっと誠実な人だと思っていたの。だからもう……もう電話してこないで!」


――もう電話してこないで――

 あぁ、このフレーズ!


 あの時、透の婚約者が言い放った言葉ではないか。

 私が、その同じ言葉で透を遠ざけるなんて、皮肉なものね。


「待ってくれ、話を聞いてくれ」

 切羽詰まったような声に、私は足を止めた。

「急いでいるのよ」

「5分、いや3分でいい」

「何よ」

 もっと怒るかと思っていたのに、透は何故か俯きがちだったから。

「だったら、早くしてよ」

 話を聞いてあげてもいいかも、なんて思ってしまったのだ。

「俺は、美雪を婚約者だなんて認めていない。あいつが勝手に言いふらしているだけなんだ。もちろん結婚なんてしないし、恋愛的な感情も一切ない……信じて欲しい」

「そんなこと、私に言われても困るわよ、私には関係ないもの」

「それは……そう……かもしれないけど」

 そんな、悲しそうな顔をしないでよ。

 私に気があるのかと期待しちゃうじゃない。

 でも、そうじゃないんでしょ?

 男は、みんなそう。気にあるフリをして、女性がなびいたら、すぐに手のひらを返すのよ。

 腹立たしいったら、ありゃしないわ!

「もう、いいかしら? もう構わないでね」

「え、あ。あぁ……」

「それでは、さようなら」


 すれ違う時に盗み見た透の顔には翳りがあった。


 いや、もう、気にするのはやめよう。

 私はもう、男には頼らない。そう決めたのだから。



 当初の予定通り、私は探偵事務所へと急ぐ。

「これは、木暮さま。わざわざご足労いただきありがとうございます」

 所長が笑顔で迎えてくれた。

「何かわかったんですって? 昨日の今日なんて、優秀なのね」

「ええ、我が社は優秀な人材が揃っていましてね。詳しいことは担当のものからお聞きください」

「ええ、そうするわ。ありがとう」


 所長は奥へ引き上げ、代わりに背の高い中年の男性が現れた。

「今回、木暮さまの案件を担当します高梨と申します」

「よろしくお願いします」

「早速ですが、こちらを」

 ファイルを渡されたので、開いて見る。

 最初のページには、三人の男の名前が書かれていた。

 そして、年齢や住所、家族構成等も詳細に書かれている。

「これって?」

「実行犯と思われる者たちです」

 こんな短時間で、こんな詳細にわかるものなのだろうか?

 警察顔負けではないか。

「これは、確かなことなの?」

 証拠とか証言とか、確実なものがあるのだろうか。

「実はまだ、裏は取れていないのですが」

「そう」

 適当な人物の名前を挙げているだけだとしたら、杜撰すぎる。

「実は、このファイルは我々の調査結果ではなくてですね」

「え、どういうこと?」

「メールで送られてきたのです」

「誰から?」

「それが……匿名でして」

「それって大丈夫なの? そんなものが信用出来るの?」

 そんなメールは当てにならないわよね。期待した私が馬鹿だったわ。

 優秀だと褒めたことを後悔する。

「我々も、匿名の情報を鵜呑みにしたわけではありません。ただ、まだ百パーセント確定ではないのですが、信憑性は高いとみています」

「それは、どうして?」

「次のページに写真があるのですが」

 そう言われて私はページをめくる。

 やや画像が荒いが男たちの画像であろう。

「あ、似ているわ」

 私を襲った男たちに雰囲気がそっくりで、だからきっと同一人物。

「そうですか、実はこれは動画で送られてきています。それを見ればもっとハッキリはわると思いますよ」

「見せてください」

 探偵はパソコンを用意し、動画を再生させる。


 薄暗い、倉庫のような場所だった。

 男らが3人、床に座らされていた。

 怪我でもしているのか、それとも脅されているのか、3人とも立ち上がったり抵抗する様子はなかった。

 しばらくすると、長身の男性が現れて男らに質問をしていく。

 名前、年齢、職業、そして昨日の暴行事件を起こしたのかどうか。

 最初は答えるのを拒んでいた男らも、男性が睨みを効かせたら素直に話し始めた。

 あんなに狂暴だと思った男らを、おとなしくさせられるなんて……この長身の男性は何者なのだろう?

 カメラの位置のせいか、後姿しか映っていない男性。

「誰かに頼まれたのか?」

「さぁ、どうだろうな」

「とぼけるつもりか? いい根性しているんだなぁ」

 男性が少し動き右手をポケットへ入れた、たったそれだけの動作だったのに。

「ま、待て! そうだ、あの女を襲うように依頼されたんだよ」

 顔を引き攣らせて、白状した。

「誰に?」

「いや、それは勘弁してくれよ」


「ふっ……あはっ、あはははっ」

 乾いた笑い声が響いた。

 どうやら、男性の笑い声のようだ。

 小さくなっていた男らは、呆然とその男性を見ていて表情をさらに硬くした。

「そんなことが許されると思っているなんてな、そんなに痛いことが好きなのか? あ?」

 男性は男らに近付きしゃがみ込む。

「いや、待ってくれ、わかった、わかったから。言う、言うから命だけは……」

「人聞きが悪いなぁ、命なんて取るわけないだろうに」

 明らかに録画しているのを意識している。

「それで、依頼した人物の名前は? 快く教えてくれるよな?」

「それは――」



 動画を見終わった私は、呆然自失状態だった。

 全く、なんてことなの――


「大丈夫ですか?」

 しばらく無言の私を心配した探偵が声をかける。

「えぇ」

「どうしますか?」

「え?」

「警察へ届けますか? 警察なら裏取りの手続きも簡単でしょうから」

「そうね、これがフェイクの可能性もあるものね」

 言葉ではそう言ったが、私はこの動画が真実だと思っている。

 黒幕の名前を知った時の驚きと絶望が、その根拠だ。


「匿名のメールなので、裏取りは絶対に必要だと思います」

 この先、もしも裁判になった時のことを見越してのことらしい。

「そうね、でも……一旦私に預からせてもらえるかしら?」

「えぇ、それは構いませんが」

 依頼者の希望に沿うのが探偵の信条なのだろう。


「では、この匿名の発信先を調べましょうか?」

「いえ、それも大丈夫よ」

「そうですか、わかりました」

「どうも、ありがとう」


 私には、この情報をくれた匿名の人が誰なのか、察しがついている。

 こんなこと――私のためにここまでしてくれる――人は、彼しかいないと思っている。


 透……貴方なのでしょう?



To be continued



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