デジャヴ、なのだろうか。
男たちに襲われて、誰かが助けに来てくれる場面。
あぁ、そうだあの時は、透が来てくれたんだっけ。
そして、透は――
え、ダメ、透はあの時死んでしまったじゃないの!?
同じことを繰り返してはダメよ。
「おりゃぁぁ~」
「うわっ、なんなんだこいつ」
「撤収するぞ!」
ハラハラしていたら、あっけなく男たちは去って行った。
「透?」
「透ってやつじゃないけど……」
振り返った人は、透ではなく、知らない男の人だった。
「ごめんなさい、そしてありがとうございました」
「怪我はない?」
「貴方のおかげです、あのままだったらどうなっていたか」
おそらく襲われて辱めを受けただろう。
「歩けるかい?」
「ええ、大丈夫」
「送るよ、あいつらが、まだこの辺にいるかもしれないから」
「では、駅まで送っていただけますか?」
「もちろん」
私よりも少し年上に見えるその男性は、私をエスコートして駅までの道を歩く。
「あの、お名前を――」
「そんな、名乗るほどのものではないよ」
「でも、お礼もしたいですし」
「いや、別にたいしたことしてないから」
「そんなことないです、命の恩人といってもいいくらいなのに」
「それは、大袈裟だよ。それに――」
「なんですか?」
「君とはまたどこかで会える気がするから、その時に名前を教えるね。ほら、駅に着いたよ」
不思議な人だった。また会えるって?
本当に名前を告げぬまま去って行ってしまった。
電車はそこそこ混んでいて、人の目があって安心できた。私は襲われることもなく無事に帰宅することが出来た。
やっぱり、あの人は恩人だ。
いつかまた会えたなら、しっかりとお礼をしようと思った。
それで、この件は終わりだと思っていた……それなのに。
「香澄さん! いるの?」
翌日、お義母さんが怒鳴り込んできた。
「どうしたのですか? そんな大声出さないでくださいよ、お義母さん」
「悪いけど、貴女にお義母さんなんて呼ばれたくないわ」
相変わらず意地悪だ、まぁ今に始まったことではないけど。
「はぁ、そうですか。すみませんでしたね」
だから、別にどうってことはないと思っていたのだが、次の言葉を聞いて唖然とした。
「香澄さん、あなたが男漁りをしているって噂は本当なの?」
なんですって?
「待ってください、なんのことですか、噂って?」
「私だってわからないわよ、お友達に聞いて飛んできたのだから」
ということは、噂はネットで出回っているということか。
私はパソコンを開いて調べ始める。
嘘でしょ……
「誰がこんなこと」
私の呟きに、義母は反応する。
「どうだったの? え、なにこれ! いつの写真なの?」
「昨日、不良たちに襲われそうになって撮られたものなんです、未遂だったのですが」
静止画だし、見ようによっては卑猥な画像である。
震える指でスクロールして記事を読んでいくと、見出しも本文も悪意が満ちている。
なんなのよ、もう!
この私が、夫からの愛を得られずに寂しい思いをしていて、夜な夜な男を漁っているらしいってさ。なによ、それ!
酷い、誹謗中傷だ。
しかも炎上しているじゃないの、最悪だわ。
いったい、誰がこんなことを?
あの不良たちに撮られた写真なのは間違いないが、彼らが私の素性を知っているなんて思えない。
まさか、黒幕がいるのか?
腹立たしいったら、ありゃしない。
随分拡散されてはいるが、元の投稿をした人の開示請求をすれば犯人はわかるはず。
まずは弁護士ね、それから念のため探偵も雇おう。
徹底的に対抗してやるわ!
「ちょっと出かけてきます」
「えっ、私は恥ずかしくて外を歩けないわ! 秀平はどこなの?」
「秀平さんは会社じゃないですか? 外を出歩けないならここにいらしたら良いじゃないですか、急いでいるのでもう行きますね」
うるさい義母に構ってなんかいられない。
秀平さんからは何も連絡はないがもうこのことを知っているだろうか、誤解を解いておいた方が良いだろうか。信じてくれるだろうか。
一日がかりだった。
弁護士に昨日の一件とネット炎上の件を話したら、警察へも事情を話した方が良いと言われ被害届を出すことにした。
昨夜すぐに出さなかったことへの嫌みは言われたが、なんとか受理をしてくれた。
帰宅すると、車があったため秀平さんも帰っているようだ。
「ただいま、帰りました」
「香澄さん、話があるわ」
出迎えてくれたのは義母で、相変わらず棘のある声音だった。
「なんでしょうか」
「荷物をまとめたら出ていってくださいな」
「は? それはどういう……」
「家の敷居をまたがせたくないのよ」
「ここはお義母さんの家でもなければ、敷居もありませんけど?」
「だったら籍を抜きなさいな」
「それは……」
「あなたの落ち度なのだから、もちろん慰謝料をいただきます」
「落ち度って、あれは誤解ですから。それを証明するために今日奔走していたんですよ」
「それでも、あんな噂になってしまったら会社の信用もガタ落ちでしょう?」
「だって、でも、私は被害者なのに……」
「ほら、秀平も何か言ったら?」
いつの間にか、秀平さんも近くまで来ていて、隣には沙代里までいた。
まるで私を弾劾するかのように囲むように。
「あぁ、まぁ、そうだな」
秀平さんは気のない返事だった。それが却って私を落ち込ませる。
もっと熱く怒ってくれた方がマシだ。
「秀平さん、信じてください。私は男漁りなんてしていません」
「母さんも言っていたけど真偽は問題じゃないんだよ、俺は対処方法を考えるからこれから会社へ行くよ」
「私もお供します、香澄さん気を落とさないで、私は信じているわ」
秀平さんの信用を失い、沙代里には同情されてしまった。
今日一日の心身の疲労もあって、私は部屋へ戻るとベッドに倒れこんだ。
放心状態だった。
どうして、いつも私はこんな目に合うのだろう?
もう、何もかもどうでもよくなり、気力がなくなっていた。
しばらくぼんやりしていたら、スマホの通知音が響いた。
メッセージだった。
「あぁ……」
目頭が熱くなる。
実家にいる、兄と姉からの励ましの言葉が詰まっていた。
私の事を心配し、何か出来ることがあれば言って欲しいと。
帰って来ても良いとさえ言ってくれる。
私は一人ではない、孤独ではないのだと、そう思えただけで救われた気がした。
スマホを握りしめ、零れ落ちる涙を拭ったその時……
着信音とともに、ブルブルと震えた。
「誰?」
表示を見て思考が停止する。
「透……」
なによ、今更。
着信拒否をタップする。
「もう、どうでもいいわ」
そして私は、透をブロックした。
To be continued