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第27話


 翌朝、私は割とスッキリと目覚めていた。

 大きく伸びをして、カーテンを開けて朝陽を浴びると、やる気も大きくなってきた。

「さてと……」


 その日はまず、不動産屋へと赴いた。

 会社の場所を決めることは最も重要なこと。


「まぁ、その若さで会社を立ち上げるのですか? 羨ましいですねぇ」

 不動産屋さんは、にこやかに応対してくれた。

「やはり、市の中心地が良いですよねぇ」

「そう出来ればありがたいです」

「わかりました、いくつかピックアップいたしますね」

「お願いします」


 それから、いくつか実際に現場を訪れて、内見した。

「いいですねぇ」

「イメージがわきますか?」

「はい、どんどん儲かるイメージしかわきません」

「あはは、それはいい!」

「ただ……」

 立地も良い、建物も綺麗、広さも充分。良いなぁと思う物件は賃料が高いのだ。

「ご予算ですか?」

「ええ、もう少し安ければ即決なのですが……」

「なるほど……値引きしたいところなのですが、この立地ではこれが限界でしてねぇ」

「ですよねぇ、少し考えさせていただきます」

「ええ、もちろん。高い買い物ですからよくよく考えてください」


 その日はさらに別の物件も内見し帰路についたが、やはり気に入ったものが頭から離れなかった。

 これから何件もの物件を見たところできっと同じだろう。

 問題はお金か――そこをクリア出来れば。

 何人かの顔が浮かぶ。

 初音? ただでさえ家の人に金銭面で頼られている初音には負担はかけられない。

 実家の父や兄弟? 和解出来たとはいえ、今まで散々迷惑かけたのだからこれ以上は無理。

 透? いやいや、透に頼るくらいなら……


 自分でなんとかしなくちゃ、意味がないわ。

 なんとか、なるだろうか。

 私はその夜、試算をし続けた。

 起業した後の戦略を練る。

 最初は赤字だとしても、長い目で見れば――最終的に大勝利すれば良いのよ。

 あぁ、この感覚が懐かしい、なんだか楽しくなってきたわ。

 もしかしたら、男に抱かれるよりも何倍も楽しいかもね。


 その日はちっとも眠気がやってこなかった。


 次の日、私はさっそく不動産へ連絡を取って向かった。


「いらっしゃいませ、すみません、今しばらくこちらでお待ちください」

 昨日対応してくれた人ではなかった。

「あの――連絡は入れていたのですが」

「すみません、今、大事なお客様の対応中でして」

 新入社員のような若いスタッフがそう言ったため、私は失笑する。

 彼は自分の失言に気付いていないらしい。

「私は大事なお客じゃないとでも?」

「あっ、いえ、そういうわけでは……申し訳ございません」

 あたふたして、土下座でもしそうな勢いだ。

 なんだか可哀想になる。

「いいわよ、その代わり教えてくれる?」

「はい、何をですか?」

「そんなに上客なの?」

「あぁ、えっと。店長のお知り合いのようです」

「そう、それじゃ仕方ないわね」

 私が笑顔を見せれば、彼は少しほっとしたようだった。

「ねぇ、いつまで待たされるのかしら?」

「えっと、契約のようですので、しばらくお待ちいただくかと」

「そうなの? 私も契約しようと思ってきたのだけど……」

「あっ、そうなのですね。すみません、お茶も出さずに」

 慌てて奥へ行ってしまった。

 なんだか、若さが新鮮で可愛らしい、ワンコみたいな男子だなぁ。


 しばらくしてお茶を淹れて来た。

「あら、ありがとう」

「いえ、ご迷惑をおかけしています」

 どうやら、もう少し待たされるようだった。

「ねぇ、あなたでも契約出来るのかしら?」

「え?」

「私が契約したら、あなたのお手柄にならない?」

「それは、そう……ですが、よろしいのでしょうか?」

「いいわよ、あなたのこと気に入ったもの」

「あ、ありがとうございます」

 照れた顔も可愛いのよね。


「では、改めてよろしくお願いいたします」

「ええ、この物件なのよ」

 昨日の資料を渡す。

「ああ、これは――」

 パソコンへ入力していた彼の顔が青ざめた。

「どうかした?」

「実はこの物件、今、店長が契約中でして」

「えっ、なんで? 昨日内見した時はそんなこと言ってなかったわよ」

「ですから、その――」

「上客だから?」

 昨日、内金を入れておけばよかった。

 まさか一晩で横取りされるなんて……悔しい。

「すみません」

 私の怒りが顔に出ていたようで、向かい合っている店員は恐縮していた。



「いやぁ、本日はご足労いただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いします、白石さま」

 その時、上機嫌な店長の声が響いた。

 声の調子から、どうやら無事に契約が終了したようだった。


 店長の後に続いて出てきたその女性を見て、私は驚いた。

 こんな偶然ってあるの?

 ここ数日、私の頭から離れなかったその顔だ。

「迎えが来るまで待たせていただくわね」

 入口脇のソファへ深々と座る、その女性。

「ええ、もちろん。何か飲まれますか? お紅茶でも」

「ええ、頂くわ」

 あんな傲慢な態度でも、店長は嫌な顔一つせずに媚びへつらっている。

 それほどお金を落としてくれる客なのだろう。


 実際に見るその顔は、悔しいけれど確かに美しい。

 身なりも佇まいも、高貴な雰囲気である。


 その女性――白石美雪――は、本当に透の婚約者なのだろうか?


「これはこれは木暮さま、連日のご来店ありがとうございます」

 私の胸中など知らない店長は、相変わらずにこやかだ。

「昨日の物件を契約しようと思い伺ったのですが……」

「あぁ、それがですね。あの物件は超人気でして、あいにくもう契約済みになってしまいまして」

「どうにかならないのかしら?」

「申し訳ございません、別の物件をお勉強させていただきますので、ご容赦ください」

「仕方ないですね」

 横目で白石さんを見れば、我関せずという面持ちでスマホを触っていた。

 ちょうどその時、玄関の自動ドアが開き入ってきた人物がいた。


「あっ」

 透だった。



To be continued



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