透からの問いかけに、私の心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「君の心がわからない。君は、木暮を嫉妬させたいの? それとも木暮から離れたいの?」
「それは……」
私の答え次第では、透との関係が大きく変わるのではないか。
何故だかそんな気がする。
今日こそ、透に本当の気持ちを伝えるべきなのではないか。
「私は――」
『RRRRRR……』
「あ、はい――了解。悪い、急用が出来た。家までは送るから話はまた」
「え、あ、はい」
結局、告白の機会は得られないまま、透は去って行った。
あんなに急いでどこへ行くのだろう。
私が家へ帰りぼんやりしていると、しばらくして秀平さんも帰宅した。
「おかえりなさい、早かったですね」
「あぁ、少し話を聞かれただけだ」
「沙代里さんは?」
「会わせてもらえなかった。おそらく今日は帰れないんじゃないかな」
「まぁ、可哀想ね」
そう言った瞬間、秀平さんの目が細くなって、スゥーっと息を飲む音が聞こえた。
「香澄がそんな酷い女だったなんてな」
怒りというより軽蔑を含んだ声だった。
「どういう意味ですか?」
「だってそうだろう? おまえが沙代里にジュエリーセットを渡すのを、俺はこの目で見ているんだぞ」
「秀平さんは、私が喜んで贈ったとでも思っているの?」
「だからって、盗難届けを出すなんて! 嫌なら嫌だって言えば良かっただろう?」
「お義母さんに頼まれたら断れないでしょ?」
「それじゃ、まるで母さんが悪いような言い方じゃないか」
「そうですよ、諸悪の根源はお義母さんですよ」
「なんだと!」
マザコンの秀平さんらしく、お義母さんを悪く言うと本気で怒りが沸くらしい。
もうどうだって良い、秀平さんやお義母さんにどれだけ嫌われても、今の私には痛くも痒くもないわ。
生まれ変わってからの、これまでの短い時間でも充分に理解出来たわ。
いかに、前世の私の人生が無駄で空虚なものだったか、ということを。
秀平さんやお義母さんの本性を知るにつけ、私の愚かさを痛感した。
どうして、私はこんなクズを愛してしまったのだろう。
「香澄はそんな事を言う女じゃなかったよな、いったいどうしたっていうんだ?」
そんな事って? 今の私がおかしいって?
ふん、逆じゃないの?
以前の私の方がおかしかったのだと、今なら理解できるもの。
秀平さんに恋をしたことで、私はすべてを捨てたのだから。
仮に秀平さんがいなかったら、秀平さんを好きにならなければ――私は大学を卒業後、もっと金融業を学び知識を身に着けただろう。勉学が好きだったから情熱もあった。実家の人脈もある。親の期待通り、金融業界のエリートとなった可能性は多いにあっただろう。
地位・名誉・財産、それらを手に入れることも出来たはずだ。
それを全て、自ら、捨ててしまったのだ。
木暮秀平という、ただ一人の男のために。
生まれ変わったのがもっと前であったなら、秀平さんと結婚なんて、絶対にしないのに!
でも――
今ならまだ間に合うわ。
父の死も回避出来そうだし、他にも、どうしても変えたい過去――この世界では未来だが――がある。
いや、私が変えるんだ! きっと、そのために生まれ変わったのだから。
それには、まずは自立することだ。
秀平さんに頼り切っていた以前の私ではないのだから、出来るはず。
具体的には、やはりまずは、私個人の財産を作りたい。
自分で会社を立ち上げて投資によって利益を確保する。
それが出来ればベストだろう。
私が大学で学んだことを活かすことが出来るだろうし。
ただ、私一人で出来るだろうか。
かといって、透を巻き込むわけにはいかない。
私は親友の初音に連絡を取り、明日さっそく会う約束をした。
翌日、出掛ける間際に秀平さんが声をかけてきた。
「どこへ行くんだ?」
「あら珍しい、私がどこへ行くかが気になるのですか?」
「当たり前だろう。また何をやらかすかわかったものじゃない」
「監視ですか?」
「一応、夫婦だからな」
「秀平さん、覚えていますか?」
「なにを?」
「以前の秀平さんは私の事を蔑んでいましたよね」
「え、そうか?」
「私には秀平さんだけしか見えていなくて、一人では何も出来ないやつだと言っていましたよね?」
「そうだっけ?」
「秀平さんに執着することをウザいとも……」
「それは、まぁ」
「ですから私は。秀平さんに依存しないよう、一人で始めてみますね」
「えっ、あぁ……」
「それでは、行ってまいりますね」
「は?」
キツネにつままれたような、秀平さんの顔ったら!
あぁ、なんて清々しいのだろう。
こんな気持ちは久しぶりだった。
To be continued