「説明させてください、何か誤解があるようです」
パニックになりかけた沙代里だったが、配信のカメラや周りの目に気付き、落ち着きを取り戻していた。
「どういう誤解ですか?」
警察官の態度は事務的で、メモも取っているようだった。
中立、という立場なのだろう。
「これは頂いたものです」
「ということは、元々はあなたの物ではないということですね?」
「ええ、まぁ」
「どなたの物ですか?」
「それは――」
「待って! 沙代里さん、あなただったの? あなたが私のジュエリーセットを盗んだっていうの? 信じられないわ!」
私は、タイミングを見計らって大声で叫びながら被害者を演じた。
「ちょっと何を言うのよ、香澄さん、あなたが私にって、くれた物でしょ?」
「身近な人が犯人ってこと、やっぱりあるあるなのかしら? 信じていたのに裏切られるなんて……あぁ……」
悔しいわと、嘆いてみせて涙も流す。
「嘘です、私を信じてください」
警察官は無言で二人を眺め、アイコンタクトなのかお互いに頷いていた。
こんな修羅場は日常茶飯事なのだろう。
「まずはお名前をお伺いします」
私に向かって質問された。
「木暮香澄です」
「このジュエリーセットは元々あなたのものだったと?」
「はい、そうです。私が実家の母に貰った大切なものです」
「ご実家というと……失礼ですが旧姓をお伺いしても?」
「西園寺ですが」
「あっ……」
メモを取っていた方の警察官が、初めて声を発した。
「少々お待ち下さい」
年配の方の警察官は部下を連れ部屋の隅へ移動、なにやら話をしている。
ネット配信のスタッフの一人がさりげなく警察官の近くまで移動し聞き耳を立てていたが、すぐに気付かれ怒られていた。
それでも多少は耳に入ったみたいで、さっそく上司へ報告していた。
「そういえば、そんなことがあったなぁ」
大きな声が会場内に響く。
「なんですか?」
インタビュアーも興味津々、良いネタであれば視聴者が増えるはずだから。
「何年か前にSNSで話題になっていただろう、高校を出たばかりの小娘に高価なジュエリーを贈った親バカがいるって、けっこうバズってなかったか?」
「あぁ、あったわ。確か……財閥の西園寺家」
「そうだ。ということは……あれは、確かにあの木暮香澄っていう人のもの」
「警察も、そう考えているようです」
「そうなると?」
沙代里が注目されていた。
友人たちも、その他の招待客も、言葉には出さないけれど疑いの目で見ているような、そんな雰囲気だった。
「待って! 本当に違うのよ。確かに香澄さんの物だったけれど、私が譲り受けたの、それは間違いないのよ!」
必死になって弁明する姿は、若干引いてしまうくらい悲壮感が漂っていた。
「刑事さん、夫の私が証言します。妻の香澄は、沙代里にこのジュエリーセットを渡しています。この目で見ています」
「いつですか?」
「今日です」
「ほう、それで今日、この晩餐会へ二人でやってきた?」
「はい」
「奥様とではなく、秘書の方と?」
「うっ……それは事情がありまして」
「ほう、どんな事情ですか?」
「それは……ちょっと」
「この場では言えない?」
「いえ……」
秀平さんが言い澱んでいる。
周りはざわつき始めている。
秀平さんがハッキリと言わないことで、みんな憶測をたくましくさせている気がする。
例えば、不倫とか。
「実は、妻は嫌われていまして」
「ほぉ、誰にですか? あなたに?」
「いえ違います」
また周りの雑音が大きくなる。
「確かに、あまり仲良くないわよね」
「まさに、さっき秘書の方とダンスをしていたじゃないの?」
「それに、秘書と奥さんも犬猿の仲らしいわよ」
「そんな人にあんな高価なものをプレゼントするかしら?」
「やっぱり盗んだの?」
「いやいや、恐喝だってあり得るわよ」
「えぇ、もっとヤバいじゃない」
「どちらにしても犯罪よね」
私は神妙な顔を崩さないよう努力をし続けた。
心の中では「いいぞ、もっと言ってやれ」とエールを送りながら。
ここまでは、私の思惑通りである。
あとは警察がどう動いてくれるか。
「署の方でお話をお伺いしますので、ご同行お願いします」
「はい」
拒否を許さぬ物言いで、抵抗しても無駄だと思ったのか沙代里は素直に従った。
シンと静まり返った会場内を、警察官二人とともに歩く沙代里が私の横を通り過ぎた。
沙代里は俯いており、目を合わせることはなかった。私は心の中でガッツポーズをしていた。
「ちょっとこっちへ来い」
秀平さんが私を部屋の隅へ誘導する。
「どういう魂胆だ?」
「なにがですか?」
「最初から、こういうつもりだったのか?」
「意味がわかりませんけど」
「いい加減にしろよ!」
秀平さんはずっと変わらない、すぐにカッとなる。私はそれを利用する。
「やめてください」
暴力を防ぐように体を縮め怯えてみせる。
「何をやって……おい、こら撮るな」
ようやく、カメラで捉えられていることに気付いたらしい。
「いや、いい。どうせもう流れてしまっているのだろう。せっかくだから本当のことを撮ってもらおうじゃないか」
「えっ?」
もっと墓穴を掘るのかと思ったが、意外にも冷静になってしまったわね。
「そんなに沙代里が憎いのか、沙代里が犯罪者になったら会社にも迷惑だろう、よく考えろ」
「そう言われても、嘘はつけないもの」
「香澄、おまえってやつは……嘘って、どの口が言うんだ? あ? 理不尽にも程がある」
手は出さないまでも、誰が見ても怒り心頭な様子だ。
「お互い様だろ?」
突然、別の声が聞こえてきた。
「はぁ? なんでお前が……」
「木暮だって、理不尽なことばかりしているじゃないか」
それまで沈黙を通していた透が、秀平さんの目の前に現れ対峙してくれていた。
「なんだと?」
「ふん、妻と秘書の二股なんて、最低な男だよなぁ」
「なっ、そんなこと――」
「してないって、言えるのか? さっきまで二人でダンスして、周りに冷やかされていたのに?」
「あれは、別に……」
「まぁ本人が否定したところで、周りの反応を見れば周知な事実ってところだろう」
「ちっ」
苦虫を噛み潰したような顔になっていた秀平さんのスマホから着信音が響いた。
「あっ、警察からだ――はい木暮です、はい、はい……わかりました、すぐに行きます」
チラリとこちらを睨みつけ、そのまま何も言わず出ていってしまった。
静かになった。
他の招待客は、それぞれに歓談を再開しており私に話しかけてくる気配はない。
ふぅぅ、思ったより緊張していたようで、自然にため息が出た。
「あれ?」
こんな時にそばにいて欲しいのに。
いつのまにか透も消えていた。
私はトイレでお化粧を直し、会場を後にする。
私はやりきった。もう、この場に留まる必要はない。
エントランスを出たら見慣れた車を見つけたため、私は近づいた。
スーッとスライドドアが開いたため、乗り込む。
「やぁ」
「透、さっきはありがとう」
「別に、本当のことを言っただけだよ、ただ……」
「ただ?」
「君の心がわからない。君は、木暮を嫉妬させたいの? それとも木暮から離れたいの?」
To be continued