「わぁ、ありがとうございます」
沙代里は単純に喜んでいた。
「大切にしてね」
「ええ、もちろん。さっそく今夜の晩餐会に着けていくわ」
私が高価なジュエリーセットを沙代里へ渡すと義母の表情も柔らかくなっていた。
「こう見えて香澄も優しいところがあるんだよな」
秀平さんも、いつからか私たちのやり取りを聞いていたようだった。
なんだかんだ言っても、私は秀平さんに惚れていて最終的には自分の言いなりだと思っているようだった。私が演技していることも知らずに――ふん、そう思っていればいいわ!
「秀平さん、体調はいかがですか? 今夜は晩餐会ですって?」
「あぁ、大丈夫。今回の慈善晩餐会には是非出席したいからな」
「そうですか、では私も準備を――」
「いや、香澄はいいよ」
「え?」
私は必要ないってこと?
沙代里は参加予定なのに?
「今回の晩餐会の主催は佐藤グループなんだよ」
「佐藤って、あの?」
ギャンブル業界では有名な一家で、そして。
「そう、私の親友のお父様よ」
沙代里が私たちの会話を遮ってきた。
「香澄さん、彼女に嫌われているでしょ? だから、今回は私が同伴しますね」
勝ち誇ったような笑顔で言いきっている。
なにそれ、決定事項なの?
秀平さんを睨みつけるが、彼は肩をすくめる。
「まぁ、そういうことだ。主催者の機嫌を損ねたらいけないだろ」
「なんですって?」
私も今回の晩餐会には是非とも出席をしたいと思っている。
「妻の私ではなくて、秘書の沙代里を同伴させるっていうの?」
「そうだよ、それが主催者の意向だから」
「嫌よ! そんなの絶対に許さないわ!」
「香澄さん?」
「おい香澄、落ち着け!」
二人が焦ったようになだめるが、私は狂ったように暴れた。
本気で嫉妬に狂った――わけではなく――演技であるが。
最初は手元にあったクッションを沙代里目掛けて投げ飛ばす。
「きゃっ、やめてよ」
体に当たったところで怪我なんてしないだろうに、大袈裟に悲鳴をあげたりして!
「八つ当たりじゃないの!」
「そんなの知ったこっちゃないわよ、許せないものは許せないんだからぁ」
大きな声を出せば、なんだか気分がスッキリするわね。
沙代里へにじり寄れば彼女は後退るが、すぐに追いついて掴みかかる。
沙代里の怯えた顔を見ると、気分が良い。
「おい、いい加減にしろ!」
沙代里から私を引き剝がす秀平さん。
さすがに男の人の力には及ばないから、今度はそのまま秀平さんにしがみつく。
「こら、離れろ!」
「嫌よ、だいたい秀平さんが一番悪いのよ」
「なんでだよ」
「どうして、いつもいつも沙代里なのよ?」
「だから、お前は主催者に嫌われているから」
「そこをなんとかするのが夫である秀平さんの役目でしょうが」
どさくさに紛れて、腕をギュっとつねってやったわ。
「うわっ、やめろ。すぐ切れるし、そういうことをするから嫌われるんだ」
「えぇっ、秀平さんも私の事を嫌いなの? 酷い!」
切れるフリ狂ったフリをすることは、なかなか爽快だ。
何をしても、しょうがない奴だなぁと思われるだけだから。
私は腕を振り回し、何度かは秀平さんを殴ることも出来た。
「痛ってぇ、香澄、いい加減にしろぉ」
最後は大声を出され腕も振りほどかれ、秀平さんは逃げるように出ていった。
お義母さんも沙代里も呆れたように私と距離を取るが、どちらも想定内だった。
そのホテルの会場内は、煌びやかな装飾と音楽が流れていた。
「趣味悪いと思わない?」
「あぁ、そうだな」
「なにが慈善よ」
「うん」
「いかにも、お金持っていますって宣言しているようなものよね」
「まぁな」
何を言っても相槌しか打たない相方は、今日はいつも以上に不愛想だったが、今はそれに構っている場合ではない。
晩餐会への参加は同伴が原則で、今回秀平さんは沙代里を連れて行った。
だから私は、この不機嫌な相方――透に頼んで連れて来てもらった。
パーティーの中央に陣取った沙代里たちとは距離を取って、隅の方で静かに見守っている。
沙代里の近くには友人たちがいて、その中の一人は私を毛嫌いしており、この晩餐会の主催者だから。
彼女らに見つかったら、最悪、追い出されかねないから。
何やらザワザワしたと思ったら、会場内のスクリーンに彼女たちが映し出された。
秀平さんと沙代里が並んでいて、周りには取り巻きのような友人たち。そしてインタビュアーが質問をしている。
どうやら、ネットを通じて配信も同時に行うらしい。
「こちらは木暮社長ですね、今日も素敵ですわ。こちらの方は奥様ですか?」
「いえ、今日は第一秘書を連れてきました」
「あら、そうなのですか? 美男美女で理想的なカップルだったのでついそう思ってしまいました」
そう言われた沙代里は嬉しそうに微笑み、周りからも祝福ともとれる拍手が起きている。
「そうでしょ? 外見だけでなく性格も全部、奥様よりもお似合いよね!」
「え、それって、どうしてですか?」
こういう話題は、きっとネット民の好みなのだろう、インタビュアーの食いつきが良い。
「とにかく、この沙代里は優しいんです。奥様はちょっとねぇ……性格に難があるというか――」
「なにか事件が?」
「えぇまぁ、いろいろとねぇ。すぐに激昂するタイプなのよねぇって……あらこれ、映っているの? 編集でカットしてくださいね」
「あら、生で配信中ですよ」
「いやだ、どうしましょう、きゃはは」
絶対わざとでしょうが!
「今日は暴れないのか?」
隣にいた透がボソッとそんなことを言う。
やっぱり私の奇行は有名になっているらしい。
「今日はいいの、ちょっと見守りましょう」
「それにしても、お綺麗な方ですね。それにこのジュエリーも素敵」
インタビュアーは、沙代里の着けている高級品を目ざとく見つけて褒めている。
「そうなの、私も初めて見るわ! 似合っているわよ、沙代里」
「どうもありがとう」
チヤホヤされて嬉しそうな沙代里の顔がスクリーンに映し出され、そして配信先でもオタクなネット民に晒されていることだろう。
「フン、今に見ていなさい」
私の呟きは、隣にいる透にだけは聞こえたらしい。
彼は小さく肩をすくめていた。
会場内の音楽に、変化があった。
これは、ダンスミュージックね。
「沙代里、一曲どうだい?」
秀平さんは、明らかに配信のカメラを意識している。
目立つことが大好きな秀平さんらしい。
二人は踊り出した。
周りから黄色い声が聞こえている。
会場内の、他の招待客からも注目を浴びている。
そうよ、もっと注目を浴びなさい!
今のうちよ、気分良く踊っていられるのも……
曲とダンスがクライマックスに入った時、私の視界に入ったものがある。
私の待ち人に違いない――それは、会場の入り口に待機している二人組だった。
曲が終わった時に、その二人は動き出す。
「小西沙代里さんですね」
「ええ」
「警察です、お話をお伺いしたいのでご同行をお願いします」
会場全体がざわついた。
「はい? どういうこと?」
「ちょっと待ってくれ、理由を聞かせてくれ」
秀平さんも驚きを隠せないでいる。
「あなたとの関係は?」
「社長と秘書だ」
「そうですか……こちらのジュエリーセットは盗難届けが出されています」
「なんだって?」
「嘘よ、そんなの!」
この顛末は、しっかりと生で配信されている……
To be continued