翌朝、私はリビングでの騒がしさで目が覚めた。
「母さん、大丈夫か?」
「あぁぁ、また吐きそう」
「トイレまで歩ける?」
「無理……袋ちょうだい」
「取ってくるよ、待っていて」
「おはようございます、どうしたの?」
お義母さんに挨拶をして、慌てている秀平さんに聞いた。
「ちょうど良かった、そこのビニール袋を取ってくれないか?」
「あぁ、はい」
「うぅ、気持ち悪い。出そうなのに、もう出るものもないみたい」
吐き気で苦しんでいるお義母さんへ袋を渡しながら、背中をさする。
「大丈夫ですか?」
「朝から、吐き気と下痢が続いているのよ」
「あら、大変だわ」
「あぁ、俺もなんだかお腹の具合がおかしいな」
そう言いながら、秀平さんはお腹を押さえながらトイレへと向かう。
私は心の中で、ほくそ笑んだ。
いい気味だわ、昨夜あのスープを飲んだからに違いない。
毒入りのサプリメントの入ったスープ、それは秀平さんが私の父に飲まそうと企んだもの。
そのサプリメントで自分と自分の母親が酷い目に合うなんて……秀平さん、これに懲りて、もう変な気は起こさないでくださいね?
私は何も知らない風を装って、二人を看病する。
「お水持ってきましょうか?」
「ありがとう、助かるわ」
「食事はどうします? 消化の良いものなら……」
「いいえ、今は何も要らない」
「そうですか、私はお腹が空いたので頂きますね」
久しぶりにキッチンに立って朝ご飯を作って食べよう。
わざと美味しそうな香りが立つメニューにしてみようかしら。
朝ご飯というよりは、お昼ももう近いのでブランチだわね、そうだ! 大好きなフレンチトーストにしようっと。
バターを溶かしたフライパンに、ジュッと焼ける音と甘い匂い!
恨めしそうにこちらを窺う義母に、ニッコリと笑ってみせる。
あっという間に完成し、メイプルシロップをたっぷりとかける。
んん、美味しそ~
飲み物は、コーヒーメーカーからカップに注ぎたっぷりとミルクも加える。
「いただきます」
手を合わせて、ひとくち頬張る。
「あぁぁ」
悲鳴のような声の主を見れば、お腹を押さえてトイレへ向かっていた。
「秀平、はやく出てよ」
「ちょっと待って、母さん」
遠くでの、トイレ前のやり取りは聞かなかったことにして、私は美味しい食事に集中した。
なんて気分の良い日かしら!
秀平さんの方が症状は軽かったらしく、市販の薬を飲んでしばらくしたら顔色も良くなっていた。
お義母さんの方は、まだ嘔気と下痢の症状が残っているようで、横になっていた。
「病院へ行った方が良いのではないですか?」
年齢的にも脱水症状が怖いのではないだろうか、まぁ、どうなったところで自業自得なのだけど。
「いや、休んでいれば大丈夫だと思うよ、病院まではいいだろう。香澄、看病してやってくれ」
秀平さんが言う。そうよね、原因を調べられたら困るものね。
「わかりました」
とはいえ、特に何かをする必要はなさそうなのだけど。
「お義母さん、何かあったらすぐ言ってくださいね」
「ありがとう、もう少し休むわ」
私も、リビングでのんびりと過ごすことにした。
先日発売された雑誌をペラペラとめくり、静かな午後を過ごす。
いつもなら、義母がいる間はあーでもないこーでもないと、やたら話しかけられ五月蠅いのだが。
今日は静かでいいなぁ……なんて思ったのがいけなかったのか?
「おじゃましまーす」
突然の来訪者、それもあまり歓迎したくない人がやってきたではないか。
「なんで?」
「お義母さまのお見舞いに来たのよ」
そういえば、退院したとか言っていたっけ。
「沙代里さんなの?」
義母が会話を聞きつけたらしく、ヨロヨロとした足取りではあるが、リビングまでやってきた。
「大丈夫なんですかぁ? あらまぁ、顔色が悪いですね」
「そうなのよ、食べられなくって辛いわ。それなのに香澄さんったら、美味しそうなものを一人で食べているんだもの、嫌になっちゃう」
黙って聞いていたら、いきなり悪口ですか……
「香澄さん、そういうところありますよねぇ」
しっかり聞こえていますけど?
「お義母さんが要らないって言ったじゃないですかぁ」
「それでもねぇ」
「そうですよねぇ」
これは、何を言ったところでダメな感じだ、完全に二人でタッグを組んでいる。
「それに、お義母さま。香澄さんのせいで私は入院することになったし、その前にもいろいろあったんですよぉ」
「その噂は私の耳にも入ってきているわよ、可哀想にね」
まだ言っているの? 自作自演だってこと、義母に説明したところで信じては貰えないのだろうけど、腹立たしいわ!
「沙代里さんが秀平のお嫁さんだったら良かったのにねぇ」
私が何も言い返さないのをいいことに、言いたい放題ではないか。
「お義母さん、そこまで言わなくても……」
酷いですと、しおらしく俯いてみせた。
私だって、演技のひとつも出来るわよ。
「まぁ、そこまではさすがに言い過ぎかもしれないけど、沙代里さんにお詫びをするべきよね? 香澄さん」
「というと?」
「そうねぇ、例えば何かお詫びの品を贈るのはどうかしら」
どうやら体調は回復しているようで、顔色も良く、生き生きしてみえるのだが……
私を貶めるのが、そんなに楽しいのかしら?
「そうだわ、香澄さんが持っているジュエリーセットを贈りなさい」
なんですって?
しかも提案ではなく命令?
私が保有するアクセサリーの中で最も高価なそのジュエリーセットは、私の大学入学時に実家の母から貰ったプレゼントで大切なもの。価格も当時で一千万以上だったから、今ではそれ以上の価値があるものだ。
それを譲れと?
そうだったわ、前世でもこんなやり取りがあったっけ。
理不尽だと思っても、当時の私は何も言い返せず義母の機嫌を取るために、その高価なジュエリーセットを沙代里に贈ったのだ。
さて、どうするか。
「そうですねぇ――少しお待ちください」
私は、自分の部屋へ行き、件のジュエリーセットを取り出した。
お金が惜しいわけではない、これを私に贈ってくれた母の気持ちや愛情を蔑ろにしたくない。
だから――
「どうぞ、お納めくださいな」
私は、沙代里へジュエリーセットを渡した。
私は前世と同じ行動を取ったのだが、その意図はまるで違っていた。
To be continued