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第21話

 翌朝、私はリビングでの騒がしさで目が覚めた。


「母さん、大丈夫か?」

「あぁぁ、また吐きそう」

「トイレまで歩ける?」

「無理……袋ちょうだい」

「取ってくるよ、待っていて」


「おはようございます、どうしたの?」

 お義母さんに挨拶をして、慌てている秀平さんに聞いた。

「ちょうど良かった、そこのビニール袋を取ってくれないか?」

「あぁ、はい」


「うぅ、気持ち悪い。出そうなのに、もう出るものもないみたい」

 吐き気で苦しんでいるお義母さんへ袋を渡しながら、背中をさする。

「大丈夫ですか?」

「朝から、吐き気と下痢が続いているのよ」

「あら、大変だわ」


「あぁ、俺もなんだかお腹の具合がおかしいな」

 そう言いながら、秀平さんはお腹を押さえながらトイレへと向かう。


 私は心の中で、ほくそ笑んだ。

 いい気味だわ、昨夜あのスープを飲んだからに違いない。


 毒入りのサプリメントの入ったスープ、それは秀平さんが私の父に飲まそうと企んだもの。

 そのサプリメントで自分と自分の母親が酷い目に合うなんて……秀平さん、これに懲りて、もう変な気は起こさないでくださいね?


 私は何も知らない風を装って、二人を看病する。

「お水持ってきましょうか?」

「ありがとう、助かるわ」

「食事はどうします? 消化の良いものなら……」

「いいえ、今は何も要らない」

「そうですか、私はお腹が空いたので頂きますね」


 久しぶりにキッチンに立って朝ご飯を作って食べよう。

 わざと美味しそうな香りが立つメニューにしてみようかしら。

 朝ご飯というよりは、お昼ももう近いのでブランチだわね、そうだ! 大好きなフレンチトーストにしようっと。

 バターを溶かしたフライパンに、ジュッと焼ける音と甘い匂い!

恨めしそうにこちらを窺う義母に、ニッコリと笑ってみせる。


 あっという間に完成し、メイプルシロップをたっぷりとかける。

 んん、美味しそ~

 飲み物は、コーヒーメーカーからカップに注ぎたっぷりとミルクも加える。

「いただきます」

 手を合わせて、ひとくち頬張る。


「あぁぁ」

 悲鳴のような声の主を見れば、お腹を押さえてトイレへ向かっていた。


「秀平、はやく出てよ」

「ちょっと待って、母さん」

 遠くでの、トイレ前のやり取りは聞かなかったことにして、私は美味しい食事に集中した。

 なんて気分の良い日かしら!



 秀平さんの方が症状は軽かったらしく、市販の薬を飲んでしばらくしたら顔色も良くなっていた。

 お義母さんの方は、まだ嘔気と下痢の症状が残っているようで、横になっていた。

「病院へ行った方が良いのではないですか?」

 年齢的にも脱水症状が怖いのではないだろうか、まぁ、どうなったところで自業自得なのだけど。

「いや、休んでいれば大丈夫だと思うよ、病院まではいいだろう。香澄、看病してやってくれ」

 秀平さんが言う。そうよね、原因を調べられたら困るものね。

「わかりました」

 とはいえ、特に何かをする必要はなさそうなのだけど。

「お義母さん、何かあったらすぐ言ってくださいね」

「ありがとう、もう少し休むわ」


 私も、リビングでのんびりと過ごすことにした。

 先日発売された雑誌をペラペラとめくり、静かな午後を過ごす。

 いつもなら、義母がいる間はあーでもないこーでもないと、やたら話しかけられ五月蠅いのだが。

 今日は静かでいいなぁ……なんて思ったのがいけなかったのか?



「おじゃましまーす」

 突然の来訪者、それもあまり歓迎したくない人がやってきたではないか。

「なんで?」

「お義母さまのお見舞いに来たのよ」

 そういえば、退院したとか言っていたっけ。


「沙代里さんなの?」

 義母が会話を聞きつけたらしく、ヨロヨロとした足取りではあるが、リビングまでやってきた。

「大丈夫なんですかぁ? あらまぁ、顔色が悪いですね」

「そうなのよ、食べられなくって辛いわ。それなのに香澄さんったら、美味しそうなものを一人で食べているんだもの、嫌になっちゃう」

 黙って聞いていたら、いきなり悪口ですか……

「香澄さん、そういうところありますよねぇ」

 しっかり聞こえていますけど?


「お義母さんが要らないって言ったじゃないですかぁ」

「それでもねぇ」

「そうですよねぇ」

 これは、何を言ったところでダメな感じだ、完全に二人でタッグを組んでいる。


「それに、お義母さま。香澄さんのせいで私は入院することになったし、その前にもいろいろあったんですよぉ」

「その噂は私の耳にも入ってきているわよ、可哀想にね」

まだ言っているの? 自作自演だってこと、義母に説明したところで信じては貰えないのだろうけど、腹立たしいわ!


「沙代里さんが秀平のお嫁さんだったら良かったのにねぇ」

 私が何も言い返さないのをいいことに、言いたい放題ではないか。


「お義母さん、そこまで言わなくても……」

 酷いですと、しおらしく俯いてみせた。

 私だって、演技のひとつも出来るわよ。


「まぁ、そこまではさすがに言い過ぎかもしれないけど、沙代里さんにお詫びをするべきよね? 香澄さん」

「というと?」

「そうねぇ、例えば何かお詫びの品を贈るのはどうかしら」

 どうやら体調は回復しているようで、顔色も良く、生き生きしてみえるのだが……

 私を貶めるのが、そんなに楽しいのかしら?

「そうだわ、香澄さんが持っているジュエリーセットを贈りなさい」

 なんですって?

 しかも提案ではなく命令?


 私が保有するアクセサリーの中で最も高価なそのジュエリーセットは、私の大学入学時に実家の母から貰ったプレゼントで大切なもの。価格も当時で一千万以上だったから、今ではそれ以上の価値があるものだ。

 それを譲れと?


 そうだったわ、前世でもこんなやり取りがあったっけ。

 理不尽だと思っても、当時の私は何も言い返せず義母の機嫌を取るために、その高価なジュエリーセットを沙代里に贈ったのだ。


 さて、どうするか。

「そうですねぇ――少しお待ちください」

 私は、自分の部屋へ行き、件のジュエリーセットを取り出した。

 お金が惜しいわけではない、これを私に贈ってくれた母の気持ちや愛情を蔑ろにしたくない。

 だから――


「どうぞ、お納めくださいな」

 私は、沙代里へジュエリーセットを渡した。



 私は前世と同じ行動を取ったのだが、その意図はまるで違っていた。



To be continued



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