俺は不思議だった。
どうして香澄がそこまで木暮に入れ込むのか。
彼女は大学を卒業後すぐに結婚して、それ以来ずっと――俺の知る限りずっと――一途にアイツのことを想っていて。なのにアイツは彼女のことをちっとも大切にしていない。
そんなの、おかしいじゃないか。
俺だったら、絶対に大事にするのに……
あぁ、まただ。こんなの自分のエゴなのに、ついイライラしてしまう。
だけど、やっぱり納得いかなくて木暮の悪事を香澄に教えても、香澄は平然としている。
そんなに信頼しているのか? 騙されているんだぞ? 目を覚ましてくれ!
「繋がったわ」
「え、なんだって?」
繋がるってなんだ?
香澄の言葉の意味がわからずに、俺は呆然としていた。
「さっき荷物を送ったでしょ? あれ、秀平さんが私の父へと渡されたサプリメントなの。それを検査機関に送ったのよ、この意味わかる?」
「それって……」
毒入りの可能性があるっていうことか、香澄は木暮を疑っているのか?
「まさか、そんな。いやでも、保険金の事を考えればあり得ない話ではないのか」
「結果が出るのはまだ先だけど、私はたぶん……そうだと思っているの。透の話を聞いてそれが確信に変わったわ」
誤解、だったのか?
香澄は木暮を信頼していない、ということだよな。
では、もう愛していない、ということか?
だったら、あの時の嫉妬は?
わからない。
これは俺の、都合の良い解釈なのか?
いずれにしても、俺の話を嘘だと決めつけずに信用してくれたことは確かで、嬉しいと思う。
「私はどうにかして自分の持参金を取り戻したいの。でも、秀平さんに正攻法では駄目だと思うの」
真剣な目で見つめられ、ドキリとした。
「それは、欺こうということ?」
「……そうね」
今度は目を伏せる、でも無理よねと言って。
「いや、無理ではないよ。俺に任せてくれるかい?」
「え、いいの?」
「あぁ、そうだな。例えば――」
香澄が木暮を裏切る覚悟をしたことは、本当に良かったと思っている。あいつは俺が知る限り最低の奴だから。
だけど、それ以上に嬉しいことは、裏切る手伝いを俺に頼んだことだ。
人に信頼されることが、こんなにも誇らしいなんて。
それを知ることが出来ただけでも、この人生の財産だ。
え、大げさだって? そんなことはないさ、好きな女に信用されるようになれば、それは男として一人前なのだと、俺はそう思う。
「例えば、木暮に架空の投資案件を提示してお金を騙し取るとか――」
どうだろう?
いいわね、それ。
香澄の反応を見ると乗り気のようだったので、安心する。
「でも、成功するかしら?」
「俺なら投資の実績もあるし、不審がられずに出来るよ」
「そうよね、私のために……ありがとうね」
「お礼はそれなりにしてもらおうかな」
香澄の素直なお礼に照れくさくなって、俺は軽口をたたく。
すると、みるみる顔が赤くなっていく。
「それは、はい。なんでも……します」
そんな恥じらうようなことか?
「え?」
「え?」
あぁ、そういうことを想像したのか。
俺もまた、一瞬、香澄の淫らな姿を想像したが、そんな彼女が堪らなく愛おしくなった。
俺は軽くキスをして、手を取った。
「君を連れていきたい場所がある」
「はい」
緊張して畏まった態度の香澄も微笑ましいが、あまり怖がらせても良くないよな。
「大丈夫、いかがわしい場所ではないから。おいで!」
俺の言葉に、香澄はふわっと柔らかい笑顔を見せてくれた。
※※※
私は苦しかった。
透に、私の本心を隠していることが苦しくて堪らない。
だって透は、私が秀平さんを愛していると思っているのだから。
生まれ変わる前の私の行動を考えれば、そう思うのも仕方ないのだけど。
でも、違うの。
透、わかってよ!
なんて、心の中で訴えたところで無理よね。
言葉できちんと伝えなきゃ。
「透、あのね――」
私は、秀平さんを信じていないことを話す。
透は、秀平さんの悪事を教えてくれた。
私がどうにか自分の持参金を取り戻したいと言うと、相談に乗ってくれた。
自分ならなんとか出来るだろうと自信ありげだ。
なんだか、同じ敵を倒す同士のような感覚だ。
ただ、持参金を取り戻したら秀平さんと別れて透と一緒になりたいと思っているという本心だけは、まだ言えていないが。
お礼はそれなりにしてもらう、という透の言葉を、私は『体で払え』と言われたのだと思った。
その覚悟はある。
そう答えたつもりなのに、どうやら私の勘違いだったらしい。
やだわ、ものすごく恥ずかしくて、透の顔が見られないじゃない。
それでも、優しい微笑みとキスで私を許してくれて「おいで!」と私を連れて行ってくれた場所。
「え、ここって」
「君の母校だろ?」
「ええ、懐かしいわ」
でも、どうして透が知っているのだろう。
「優秀だったんだって?」
「へ? なんで、知っているの?」
「あそこに写真が――」
校内の掲示板の片隅には、私が表彰された時の写真があった。
「まだあったなんて」
「照れなくてもいいよ、若くて可愛いじゃないか」
写真をじっくり見て口角を上げている透に、なぜか腹が立つ。
「今は可愛くないものね」
拗ねてみせたら、真顔で見つめられその後「ふふっ」と笑われた。
「なによ」
「今は綺麗だよ」
また、顔が火を噴いたように熱くなった。
私が落ち着くようにか、透はゆっくりと大学の構内を歩いてくれた。
「少し座ろうか」
講義中のためか学生もまばらな庭でベンチに座った。
「どうして、ここに連れて来てくれたの?」
ずっと疑問に思っていたこと。
「俺は、君が思っている以上に君のことを知っている」
「えっ?」
「気持ち悪いかい?」
そんなことはないと、私は首を横に振る。
「君はこの大学で金融学を専攻し非常に優秀だった。たくさんの論文を書き何度も賞を取っている。事実だろ?」
「ええ」
「もったいないと思っていたんだ。その才能を活かすことなく卒業後すぐに結婚してしまったことを」
そんなに前から私のことを気にかけてくれていたというの?
そして、私の能力をそこまで認めてくれていたなんて。
今まで、こんな人はいなかった。
秀平さんだって、まるで私が無能かのように扱っていた。
だから、透のこの言葉に私は胸が一杯になる。
嬉しい……そして思わず。
透の頬にキスをした。
To be continued