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第17話


 私は呆然と見つめていた。床に倒れ泣き叫ぶ沙代里を、ただただ呆れ果てた目で。

 だって、突然自分の頬を引っぱたくなんて……おかしいわよね。

 下手な三文芝居、どんな演技よ! あ、演技なのね……ということは……


 あぁ、やっぱり。

 私は振り向いて、そこに秀平さんがいるのを確認した。


「香澄、何をしているんだ!」

「いえ何も……」

「泣いているじゃないか、俺に言い訳する前に、沙代里に謝るのが筋だろう」

「はぁ……」

 全く、あきれて物も言えないわ。

「いい加減にしてくれる? 私は何にもしてないの、沙代里が勝手にやったことよ! この前のだってそうなの、私は無実なの! それなのに世話をしろとか謝れとか、勘弁してほしいわ。だいたいねぇ、私は正妻で沙代里はただの秘書なのよ、少しは立場をわきまえたらどうなの?」

 一気にまくし立てたら息切れをしてしまったわ。不覚……


 沙代里は黙り込んでいる。

 秀平さんは、そんな沙代里を慈しむような目で見ている。なんだ、やっぱりそうなの?

 今日の、私への優しさもお誘いもただのポーズだったのね。


「事実はどうでもいい、香澄のそういう態度がダメなんだ! 立場だって? 香澄がどうしても結婚したいって言うからしてやったんだよ。香澄こそ立場をわきまえろ」

「どういう意味? 私のことなんて、好きでもなんでもないってこと?」


 そうだった、生まれ変わる前の私は秀平さんしか見えていなくて――盲目の愛ってやつだ――秀平さんにハッキリと好きじゃないなんて言われたら心が壊れていただろう。

 今の私は……気持ち的には、いつ離婚してもかまわない。ただし、私の持参金が戻ってくるならばという条件付きだ。


「酷いわ、私がこんなふうになってしまったのは秀平さんのせいよ! 秀平さんが構ってくれないから、ちっとも私のことを見てくれないし、愛してもくれないなんて……寂しすぎるわ」

 今はまだ決別の時期ではないと判断して、私は殊勝な演技をする。

 秀平さんは困った顔をしながらも、さっきまでの怒りは静めてくれたようだった。

 しょうがないなぁ……と小さく呟いていた。




 二人で家へ帰って、お互いの部屋へ入る。これで、朝までは一人の時間だ。

「ふぅ」

 思わず安堵の声が出た。

 早いところお金の問題をクリアして、離婚へ話を進めていきたいなぁと思う。


 ベッドに腰かけぼんやりしていたら、スマホに通知が届いた。

「あっ……」


 それは実家の兄からのメッセージだった。

『香澄、元気か? 実は親父が重病だ。勝手に家を出ていった香澄に連絡をするかどうか迷ったのだが、もう先が長くないようだ。出来れば一度戻ってきて欲しい』

 あぁ、ついに来たかと悲しくなった。


 生まれ変わった後、私の周りの様々な事柄は変化していた。

 だから、父の病気ももしかしたらと期待していたのだけれど。


「変わってなかったのね」

 心から後悔したあの時のこと、今も鮮明に覚えている。




 あの時も、今と同じように兄のメッセージで父の危篤を知ったのだ。


 秀平さんとの結婚を反対されたことに怒り、私は家を飛び出した。

 若かったり世間知らずだったりしたのもあるけれど、何より秀平さんに心酔し言いなりだった。秀平さんに言われ、実家のお金を持参金として勝手に持ち出したこともあって、私はずっと実家には連絡すらしていなかった。


 兄の連絡を受け、すぐにでも実家へ帰るつもりだった。

 けれど、秀平さんは許してくれなかった。

「香澄が会いにいったところで寿命は変わらないだろう」

 それはそうだけど……

「俺と、もうすぐ死んでしまう父親と、どっちが大事なんだ?」

 そんなふうに言われ、秀平さんですと答えてしまう私自身もどうかしていたのだと思う。


 結局、父の生前中は実家へ帰ることはなく、私は父に顔を見せることも謝ることも叶わなかった。

 秀平さんを説得し、私が実家の敷居を跨いだのは父の逝去後しばらく経った後で、ちょうど遺産の分配をする時だったものだから。

「今ごろ何をしに来たんだ、親不孝者が!」

 兄には怒鳴られ、姉にも心底呆れられた。


 本当にそう思う、こんな親不孝なことがあるだろうか。

子供の頃は大好きだった父の死に目に会えなかったことが悔やまれてならない。

 言いたいことがいっぱいあった。

 ごめんね、ありがとう、大好きだよ……もう届かない言葉を心に留めた。



 生まれ変わった私は、二度目の人生では絶対に同じ過ちをおかしはしない、そう誓っていた。




To be continued


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