木暮秀平は思案していた。
香澄が松平透と親密な関係なのかどうかを確かめる、良い方法はないものか。
問い詰めたところで、言葉なんて当てにならない。ならば、行動で答えを出してもらおうか。
※※※
「香澄、話がある。後で寝室へ来てくれ」
秀平さんの言葉に頷きながらも、私は内心ビクビクしていた。
ここ数日、秀平さんは仕事関係で家を空けることが多かった。
どうやらトラブルがあったようで、帰宅時には疲労の色が見えていて、そのため機嫌が良いのか悪いのか外見では判断し辛い。
だいたい、私に興味がない秀平さんが話って?
何だろう、悪い方にばかり考えてしまうのは仕方ないことだろう。
「お茶どうぞ」
食事の片付けを済ませてから、秀平さんの寝室を訪れた。
「あぁ、酒が良かったなぁ」
「ごめんなさい、お疲れのようだったので。取り替えてきますか?」
「いや、いい。ここに座ってくれ」
指定された場所は秀平さんのベッドの上で、秀平さんもその隣に座った。
「話というのは?」
「あぁ、えっと、沙代里の様子はどうだ?」
「貧血があるようで、もう少し検査入院ですって。お友達が付き添っているわ」
「あぁ、それは沙代里から聞いている」
穏やかな声音で、その件で怒っているわけではなさそうだった。
「体調は良さそうでしたよ」
「まぁ、また様子を見に行ってくれ」
「はい。それだけですか?」
そんな、大したことない話で寝室へ呼びつける?
しかも距離が近いわよ。
「そんなに警戒するなよ」
肩に回された手に、体が勝手に委縮する。
「いえ、驚いただけよ」
「そうか」
「ちょっと、どうしたの?」
触れただけじゃなく肩や腕を撫でられ、逆の手は私の太ももに触れている。
「俺たち夫婦じゃないか、たまにはいいだろう」
今まで全くなかったのに?
嫌悪感とともに、何か魂胆があるのではないかと疑ってしまう。
それに……
私の脳裏に浮かぶ顔がある――透。
「秀平さん、疲れているんじゃないですか?」
「嫌なのか? それとも初めてだから不安なのか?」
……っ、このまま流されれば秀平さんにバレてしまう、初めてじゃないことが。
「ごめんなさい、今日はダメな日なの!」
すでに内股にまで伸びていた手を掴み、止めてくれるよう懇願する。
「……そうか、わかった」
秀平さんの切れ長の目が暗く光っていたが、私は逃げるように自分の部屋へと戻った。
翌朝起きてリビングへ行くと、すでに秀平さんはコーヒーを飲んでいて、私の顔を見るなり「買い物へ行こう」と誘ってきた。
「お仕事の方は大丈夫なの?」
「あぁ、問題ない。君に似合う服を買おう」なんて言う。
昨夜からいったい、どうしたっていうのだろう。
でも、断る理由もなかったため、私の準備が整い次第二人で出掛けることになった。
秀平さんが優しい、笑いかけてくる、買い物もお金を出してくれる。
以前の私ならば、諸手を挙げて喜んだことだろう。
今まで冷たくされてきた分、優しくされればさらに秀平さんに惚れ込んでいたに違いない。
だけど、今の私は……
素直に喜べない、何か裏があるのではと勘ぐってしまう、だって秀平さんよりも好きな人がいるのだから。
それでも……
嬉しい素振りをする。「ありがとう、嬉しい」と、笑顔で接する。
曖昧な関係。
「良く似合うじゃないか、これを着て出かけよう」
秀平さんも上機嫌かと思いきや、どこか曖昧な笑顔をみせる。
「どこへ行くの?」
「いいから、ついて来なさい」
今日は一日、私を連れ歩くらしい。
こんなことは珍しい、私が秀平さんに同行するのは仕事上の接待やパーティがほとんどだった。
プライベートでこんなに一緒に出歩くなんて……まるでデートみたいではないか。
デートってねぇ……
「どうした?」
「いえ、別に」
結局、ずっと曖昧に優しい秀平さんに付き合い、その日最後に訪れたクラブ。
若者が集まるクラブではなく、大人の、女性たちが接待するクラブだった。
そこにいたのが、透だった。
「やぁ、待たせたかい?」
「いえ、今来たところで」
秀平さんとの会話を聞くと、どうやら二人は約束をしていたらしいのだが。なんで?
「まぁ、飲もうじゃないか。香澄もこっちに座りなさい」
「えっ?」
まさか同じお酒の席に座るなんて思っていなかったから立ち尽くす。
「どうした?」
「いえ、別の席の方が良いのかと思って」
「なんでだ?」
ドキリとした。私がこの席に座るのを躊躇した理由――透の前で秀平さんの隣に座ること――が見透かされたようで。
「お仕事の邪魔では?」
「あぁ、今日は仕事抜きだ、なぁ?」
最後は透さんに向けて話しかけていた。
「ええ、香澄さんもどうぞ座ってください」
他人行儀な透の言動に、少しだけ心が痛んだ。
あぁ、やっぱり私は透のことが好き。
お酒や料理と共に、お店の女性が何人もやってきた。
お酌をしながらも、楽しげな会話を繰りひろげる女性たちは、場違いな私にも声掛けを忘れない。
仕事だからそうしているのだとは思いつつも、モヤモヤする。
秀平さんはもちろん、透にまでも女性たちはチヤホヤしていて、私は気が気じゃない。
「きゃっ、ごめんなさい、こぼしちゃった」
「大丈夫だよ、香澄、おしぼり取ってくれ」
「あら、私がやりますよ」
私がぼんやりしている間に、女性が秀平さんの濡れたズボンを拭いていた。
ちょっと、そこを拭くの? なんだか周りからも卑猥な笑いが起きていて、私は目を逸らした。
そして逸らした私の目に映ったのは、透に寄りかかる女性の笑った顔で、一気に体が熱くなった。
嫌っ、やめて!
思わず立ち上がったけれど、透に嫉妬したことを秀平さんに知られるわけにはいかない。
「秀平さん、酷い! 私にそんな姿見せるなんて。帰らせていただきます」
とにかくこの場から離れたくて、そう叫んでいた。
※※※
突然、木暮から連絡が来た。
俺が操作して木暮のプロジェクトの邪魔をした件かと思ったが、そうではなかった。
香澄の件だと言う。
そうか、気付かれたのか。
木暮の指定した店で会うことにした。どうするかは相手の出方次第だが、俺に気持ちとしては……いや、やめておこう。俺の気持ちより香澄の幸せが大事だ。
クラブに着いてしばらくしたら、木暮がやってきた。香澄も一緒だった。
可愛らしいワンピースを着ていて、思わず魅入ってしまった。
仲睦まじく席に座り囁き合っている二人の姿に、俺は苛つく気持ちを抑えるのに必死だった。
それからは店の女の子がやってきて、お酌をしてくれる。少しは気が紛れるかな。
そうだ!
俺は、一人の女の子に小声で囁く。
「なぁ、あの二人にいたずらしないか? あの奥さんに嫉妬させてくれたらお小遣い弾むよ」
俺の悪巧みに乗ってくれて、彼女は上手くやってくれた。
案の定、香澄は女の子にチヤホヤされる木暮に嫉妬をして、出ていってしまった。
俺の心は複雑だった。
俺が仕掛けたことなのに、香澄がまだ木暮を愛していると証明してしまった。
辛い……
「悪いが、二人にしてくれ」
木暮が女の子たちを下がらせた。いよいよ本題らしい。
「松平は、香澄の事をどう思っている?」
直球だった。
「ん? どういう意味だ?」
まずは相手の出方をみる、下手に答えれば墓穴を掘る可能性がある。
「わかっているんだ、正直に言ってくれ。俺は別れる気はない。どうだろう、お金で解決しようじゃないか」
「金か……」
不思議だった、もっと責められると思ったのに。案外ドライなものだ。
「俺の精一杯の金額だ」
そう言って、紙ナプキンに金額を書いて寄越す。
金を請求するのではなく支払うと言う。
愛してはいないが別れたくないということか、香澄と一緒にいることで利益があるということなのだろう。
「わかった」
こんな奴とはさっさと離れたくて、簡単に了承し店を後にした。
全く、あんな奴なのに、香澄は嫉妬するほど愛しているというのか。
俺はそんな香澄に狂おしいほどに嫉妬していた。
※※※
私は怒った振りをしてお店を出て、沙代里が入院する病院へ来た。
今日一日の出来事を誰かに愚痴りたくて、でも身内の話だから友人には言えないし、思い浮かんだのが沙代里だったのだ。
「このワンピ、秀平さんが選んでくれたのよ」
それなのに、何故か沙代里の顔をみたらそんな自慢をしたくなった。
「それで秀平さんは? 一緒じゃないんですか?」
「今はクラブで飲んでいるわ。お店の女性に夢中よ」
「なんだ、それでここに逃げてきたのね」
「違うわよ、あなただってあの女性と同じ、遊び相手だってことを教えに来たのよ」
私の八つ当たりに、沙代里はムッとした。
「私のことをこんな体にしておいて、酷い人ね!」
「ちょっと待ってよ、それは濡れ衣よ。それはあなたが一番知っている筈でしょう?」
沙代里は一瞬遠い眼をした。そして……
バッチーン! 大きな音がしたと思ったら、バタンと沙代里が倒れた。
なんで?
なんで沙代里は自分で頬を叩いて倒れたの?
To be continued