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第14話

「確認しても良いか?」

 俺がそう言って、USBメモリーをヒョイっと持ち上げると「ええ、もちろん」と頷く。

 ノートパソコンを取り出して差し込む。

 なんだ、これ。

ざっとファイルを確認する。

「木暮コーポレーションのプロジェクトの資料よ!」

 彼女は、俺が何も言わなかったせいで不安になったようだった。


「どうして、これを俺に?」

「実は――」

 彼女が木暮秀平の秘書である小西沙代里に、情報漏洩をしたという冤罪を着せられ、さらに暴力行為の教唆したと言われ、当の沙代里の看病をさせられたと、怒りを滲ませながら経緯を話す。

 余程、頭にきているらしい。

 そんな姿も俺は可愛いと思うのだが、同時に嫉妬心が芽生えたのも事実。

 一見、木暮に対するこの裏切行為は彼への愛がなくなったからと思えるが、逆に未だ愛情があって彼に叱られたい欲望の裏返しともいえる。木暮が秘書と愛人関係であることは、この業界の人間ならば周知の事実であり、彼女はやはり木暮に未練があるのだろう。

「この情報を貰って、俺が喜ぶとでも思ったの?」

「えっ?」

「こんな情報、知ったところで何の意味もないんだよ、一銭の価値もない」

「あぁ……そんな」

 USBメモリーを返すと、彼女は顔を伏せ、わかりやすく落胆している。察するに、これを手に入れるために危ない橋を渡ったのではないだろうか。

 なんだか可哀想になるが、嫉妬心も相まって意地悪を言ってみたくなる。


「今日、俺をここに呼び出したこと、木暮が知ったらどうなるだろうね?」

「え、なんて?」

「木暮の情報を漏らそうとしたことを怒るのか、俺との密会に怒りを覚えるのか、どっちだろうね?」

 そう言って俺は距離を縮め、手首をそっと掴んでみせる。

 彼女は真っ赤になっていた。俺の失礼な質問への怒りのためか、はたまた恥じらいのためか。いやそれは、俺の希望的観測か……

「やめて、私はそういうつもりではないの……ただ秀平さんに気にかけて欲しくて、嫉妬して欲しくて」

 やっぱり、そうか。俺は落胆したことを知られたくなくて、苦笑いを作る。

「だったら、俺が手伝ってあげるよ」

「手伝うって?」

「木暮に盛大に焼きもちをやいてもらおうじゃないか」


「えっ、ちょっと何して――」

「こら、暴れたら落ちるぞ」


 そう言ったら途端に大人しくなって、抱き上げている俺の首にしがみつく。

 いわゆる、お姫様抱っこというやつでベッドまで運ぶ。

 冗談でやったことだが、これは役得だな。あわよくばこのまま抱いてしまいたくなる。

 俺を見上げる彼女の顔に問いかける。


「どうする?」




※※※


 私は、見誤っていた。


 私はきっと透が喜んでくれると、そう思っていたのだ。

 USBメモリーを差し込みパソコンを覗き込む真剣な顔に、待ちきれなくて口を挟む。

 秀平さんの大事なプロジェクトの資料なのだと、透の役に立つのではないかと。

 だが透は、暗い顔のまま「どうして?」と言った。

 どうして私が透にこれを渡すのか、それは……


 透のために何かをしたかった。透に良く思われたかった。尽くしたかった。

 なんだか、透のことを好きすぎない?


 これはちょっと、正直に私の気持ちを話すことは憚れる。

 私はもう一つの理由――沙代里に嵌められたこと、秀平さんに不当な扱いをされたことを切々と訴える。同情されたいわけではなく、全部本当の話だし、なんなら話しながら沸々と怒りがぶり返してきた。あ~腹が立つ!


 そんな私に、透は呆れたように言い放つ。

「この情報を貰って、俺が喜ぶとでも思ったの?」と。

 この情報に一銭の価値もないと言う。

 そんな……秀平さんがあんなに厳重に取り扱っていた機密情報なのに?

 透にとっては、何の価値もない紙切れ同然だというの?

 透と秀平さんの実力の差が、こんなにあるなんて。


 やっぱり、私は見誤っていた。

 最初から透のことを愛していれば……


 生まれ変わる前の人生に思いを馳せていたら、透の声で我に返る。

「今日、俺をここに呼び出したこと、木暮が知ったらどうなるだろうね?」

 え?

 彼の意地悪な言いまわしと、距離を詰めてきて手首を掴まれて、私は取り乱しそうになる。

 掴まれた手は簡単に外せる程の力加減だったので恐怖心は全くない。それどころか私の心拍数は上昇していた。あの……初めての夜を思い出したからだ。

 だが、やはり素直になれなくて、まだ秀平さんに気があるふりをしてしまう。

「だったら――」と、とんでもない提案をする透。

 え、それって?

「きゃっ」

 突然、体がふわっと宙に浮いた。

「暴れたら落ちるぞ」と言われたが、咄嗟に透にしがみついたから不安はすっかりなくなった。

 全体重を透に預け、お姫様抱っこをされ、ゆらゆらと動いて着いた先はベッドの上で……

 もしかして、このまま?


「どうする?」


 どうしよう、私は迷っていた。




To be continued


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