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第13話

 秀平さんに沙代里の世話をしろと言われた。

 もちろん気持ち的には嫌だ、断りたい。

 だって、私は情報漏洩もしていなければ、沙代里を襲ってもいないのだから。

 けれど、秀平さんの言うことを聞かずに怒らせてしまうのは得策ではない。


「一応、病院で診てもらった方がいいわよね」

「あぁ、そうだな」

 秀平さんは、運転手へ行き先を告げた。

 あまり怪我の原因について詮索されたくないため、懇意にしている病院へ行くことにした。


「じゃぁ香澄、しっかり看病するんだぞ」

 そう言って、秀平さんはすぐに帰っていった。


 診察と検査を終えた沙代里は、念のためという理由で入院となり、私も泊まり込みで看病をすることになる。

 簡易ベッドを病室へ自ら運ぶ。

「なんで私がこんなことを」

 おもわず口から出てくる愚痴に、沙代里が微笑む。

「なんで嬉しそうなのよ」

 沙代里は私のことを嫌っているはずだから、病室とはいえ一つの部屋で寝るなんて嫌がると思っていたのに。

「いい気味だと思っているのよ、親身になっていただけるのでしょ?」

 何してもらおうかしら……なんて呟いている。悔しい。

「喉が渇いたわ、飲み物を買ってきてちょうだい。小腹も空いたから甘いものもお願い」

 全く、人使いが荒いんだから。

「返事は?」

「わかったわよ」

病院内のコンビニで適当に買い出しをする。沙代里は病院食――これが美味しそうなのだ――が出るけれど私には出ないので、自分用の食事も購入する。


 それにしても、誰が沙代里を襲ったのか。それから沙代里が言っていた情報漏洩の件も、本当のことならば、犯人がいるわけで。

このまま私がやったことになってしまうのは非常に困る。


「ねぇ、沙代里さん」

「なんですか?」

 私が買ってきたシュークリームを頬張りながら、一瞬顔をしかめたのは、殴られた影響で口内が痛いのだろうか。それでも美味しそうに食べてはいるが……

「あなたを襲ったのは男だったんでしょ?」

「そうよ、でも目出し帽をかぶっていたから顔はわからないわ」

「どうして私が指示したって思ったの?」

「その男が言っていたのよ」

「わざわざ、そんなことを言うかしら?」

「そんなの……知らないわよ」

「ねぇ、その男の身長や体格は? 喋ったってことは声は聞いたのよね?」

 少しでも犯人の手掛かりが欲しくて、特徴を聞き出そうとしたのだけど。

「一瞬のことだったから、覚えてないわ。もう疲れたから寝るわ」

 沙代里は早々にベッドに横になり、布団をかぶってしまった。

 なによ、もう。


 次の日、検査は採血くらいで、あとは特に予定はなくずっと病室にいた。

 私がずっとそばにいる必要あるのかしら? 

外の空気を吸いたくて、私が部屋を出ようとすると「あ~肩が痛いわ、湿布を貼ってちょうだい」と言い、暇つぶしにスマホをいじっていれば「足が痛いわ、トイレに行きたいから肩を貸して」と言いつける。


 面会時間になると、二人の女性がやってきた。

「沙代里さん、大丈夫なの?」

「まぁ大変、傷跡が残らないといいけど」

 二人は沙代里の友人のようで、そのうちの一人は私も会ったことがある。

 あのパーティで親友と名乗っていた女だった。

「いったい誰がこんな酷いことを……痛々しいわねぇ」

「本当、災難だったわねぇ」

 二人はチラリと私の方を見て、挨拶をするのかと思えばそんなことはなく、睨まれた。

「ねぇ沙代里、大丈夫なの? この人がここにいて」

「大丈夫よ、ここは病院だし。何かあればナースコールを押すから」


 三人の会話を聞いていると、やはり二人とも、私が沙代里を襲わせたと思っているらしい。

 そしてそれは沙代里が言いふらしたことなのだろう。


「どういう意味かしら?」

 みんなから犯人扱いされたが、私だって黙って聞いていたわけではない。

 何もやましいことがないのだから、正々堂々としていよう。そして隙あれば反撃したい。


「これ以上、沙代里が怪我をしないようにお願いしますね」

「そんなに心配なら、あなたがお世話をしたらどうかしら? 大事な人なのでしょ?」

「そうしたいのは山々ですが、あいにく私も社長業が忙しくて」

「あら、沙代里さんより仕事が大事なの? そうなの……知らなかったわ、後悔しなければ良いわねぇ」

「どういう意味よ!」

「さぁね?」

 私は、この友人が沙代里のことを密かに想っていることを知っている。

 本音はずっと一緒にいたいのだろう、彼女に危害が加えられそうだと知れば守りたいと思うだろうと読んでいた。



「それはそうと、昨日、あなたを見かけたのだけど?」

「え、どこで?」

 私はこの機会に確かめておきたいことがあった。

 透とのツーショットを撮って沙代里に送った犯人だ。

 沙代里と私との関係性を知っていて、かつ沙代里に近しい人物。

 この友人だと仮定すれば納得がいく。逆に言えば、仮にこの女じゃないとするなら、まだまだ私が知らない敵がいることになるが。

「駅近くのホテルのロビーよ」

「……どうだったかしら? 昨日はタイトなスケジュールだったから」

「そう、あのカフェのケーキ美味しかったわよ」

「そんな、のんびりケーキなんて……ふん、暇な人はいいわねぇ」

「あら、そんなに忙しい人にお見舞いされて、沙代里さんは人望があるのねぇ」

 なんだか、はぐらかされたようだが、否定も肯定もしていないから、たぶんそうなのだろう。それならば構わない、この女はそれほど脅威ではないだろう。


「それじゃあ、私たちはこれでお暇するわ」

「何かあれば連絡してね」

 お見舞いのお花と果物を置いて、帰っていく。

 最後にまた、私は二人に睨まれたけれど。


「すみません、付き添いの方で大丈夫なのですが、入院手続きをお願いしたいのですが」

 看護師さんが部屋へ入ってきた。

「わかりました」

「このカードを持って、外来の10番の窓口までお願いします」

「はい」


 手続きを終えて、少し息抜きをしようと中庭へ出た。病室なんかにずっと缶詰では息が詰まるわ。中庭には木々が植えてあって木陰は涼しくて気持ちが良い。

 そこで、さっきの二人――沙代里の友人――が興奮して話し合っているのを見つけた。

 幸い、こちらには気付いていないようだから、こっそり近づいて盗み聞きをする。どうせ私の悪口とかだろう。


「ねぇ、沙代里ってば、本当に大丈夫かなぁ」

「大丈夫でしょ、あの香澄っていう人は犯人じゃないんだから」

「えっ?」

「えっ、あなた知らなかったの? あれは沙代里の自作自演よ」

「まさか」

 驚いているのは、親友であり沙代里に恋心を抱いている女の方だった。

「あなたが、あの写真を沙代里に送ったでしょ、あれがキッカケでこの作戦を考えたのよ。沙代里も策士よねぇ」

「私は……たまたまあの二人を見かけて撮ったのだけど。仲良さそうだったけど、あの後すぐに別れて帰っていったわよ。決定的な証拠なんかじゃないのに」

「事実はどうだっていいのよ、沙代里の役に立ったんだから結果オーライじゃない!」

「それはそう……なのかな」

彼女は、根は悪い人ではないのだろう、納得いかないような、そんな顔をしていた。

「さぁ、帰るわよ」


 二人は去って行ったが、私は怒りをどう浄化すればよいのか考えていた。

 沙代里への反撃は、正攻法で攻めたとしても白を切られるような気もするしなぁ。


「ちょっと遅かったじゃない、トイレへ行きたいのよ早く肩を貸して」

 病室に戻った途端にこれだ。

「はいはい、ちょっと待って」

「待てないわよ、漏れちゃう」

 いっそこのまま手伝わずに、沙代里が漏らしたならどんなに愉快か……いや、それはさすがに可哀想か。

 そんなことを考えながら付き添って歩いていたら事故が起きた。

「わっ!」

 私は足を滑らせて尻もちをついた。よく見ると床が水で濡れていた。

「いてて」

 私が転んだということは、肩を貸していた沙代里も無事ではなかったろうと隣を見れば……

「ちょっと、大丈夫?」

 意識を失って倒れているではないか。

「沙代里さん、沙代里さん!」

 肩を揺すって大きな声で呼びかける。

「んん……」

 ゆっくりと目を開けた。


 あぁ、良かった。まずはホッとした。

 だけど、一瞬でも意識を失ったわけだから、ナースコールを押して事情を看護師さんに話をする。

「軽い脳震盪だと思いますがドクターに報告しますね」

 血圧やら、頭の痛みや吐き気の有無を確認した後、そう言って出ていった。


「ごめんなさい、今回は私の不注意だったわ」

「まぁ、いいわ。香澄さんも転んだようだし信じてあげる、今回だけはね」

「まるで普段は信用していないみたいな言い方ね」

「……」

 図星のようだった。

「ねぇ沙代里さん、私じゃなくてもっと信頼できる人にお世話になったらどうかしら?」

「え、どういうこと?」

「また事故が起きるのも困るでしょ、たとえばさっきのお友達なら、私なんかより親身になってくれるわよ?」

「美咲のこと? 彼女だって忙しい身なのよ、それに秀平さんの言いつけでしょ?」

「それは、沙代里さんとの交渉次第よね――」

「え、どういうこと?」


「小西さん、念のため検査をしますね。CT撮りますよ」

 看護師さんが入って来て、私たちの話は中断となった。

「あ、はい」

 車椅子で検査室へと連れられる後姿を見送ってから、私は一枚の名刺を見つめた――臼井美咲――沙代里の親友へ私は一報を入れた。



「おかえりなさい」

「疲れたわ」

 検査から戻ってきた沙代里は、その言葉通り憔悴しているようにみえた。

「結果は?」

「詳しいことは教えてくれなかったけど、たぶん大丈夫」

 そう言って、ベッドに潜りこんだ。


 それから間もなく、病室のドアが勢いよく開いた。

「沙代里、大丈夫なの?」

 数時間前に帰ったはずの臼井さんが再びやってきたのだ。

「あら、美咲? どうした、忘れ物?」

「違うわよ、あなたが倒れたって聞いて」

 とりあえず大丈夫そうねと、少しトーンダウンする。

「誰がそんなことを――」

 沙代里が言いかけて、臼井さんは私の方を見た。

「香澄さん? なんて言ったのよ!」

 非難するような口ぶりだったから、私は努めて冷静に答えた。

「転んで倒れて頭を打って意識がなくなったって……すべて本当のことよ」

「うっ、まぁそうだけど。コブが出来たくらいだから心配ないわ」

 心配している臼井さんに頭のコブを撫でてもらっていた。


「ねぇ、提案があるのだけど」

 私は臼井さんを呼び戻した目的を話す。

「沙代里さんのお世話を臼井さんに代わってもらえないかしら?」

「えっ、何を言ってるの?」

 異議を唱えたのは沙代里だけで、臼井さんは黙って頷いていた。

「私も、そうしたいわ」

「美咲まで?」

「だって、また何か事故でもあったらと思うと気が気じゃないもの」

「でも、忙しいんでしょ?」

「そんなの、なんとかするわよ」

 愛する沙代里のためだものね、私は心の中でエールを送る。


「香澄さん、秀平さんには何て言うつもりなの?」

「そこで相談なのよ、秀平さんには黙っておいて欲しいの」

「なんですって?」

「もちろん、タダでとは言わないわ。これを聞いてくれるかしら」

 私は待ってましたとばかりに、先程の友人たちの会話の録音を沙代里に聞かせた。

 それは、今回の件が沙代里の自作自演だという証言だった。

「私は、これを黙っていてあげるわ。どう、悪い話じゃないでしょ?」


 沙代里は、私が提示した条件を吟味するようにしばらく考え込んでいた。

「わかったわ、条件を飲むわ」

 秀平さんに嘘がバレる方がリスクが高いと判断したようだった。

「じゃ、さっそく交代してもらって良いかしら?」

 私は臼井さんに問いかける。

「ええ」

 ポーカーフェイスの彼女に近付いて、頑張ってと小さく声をかけると、少しだけ動揺していた。私が何を応援したのか、わかっているようだった。

 やっぱり、根は良い子よね。嫌いじゃないわ。



 さてと。

 ようやく自由になった身体で、私が向かった先は自宅だった。


 病院で沙代里の世話以外にやることがなかった時に、ずっと考えていた。

 時間はたっぷりあったから。

 機密漏洩の冤罪を着せられたことで思いついたこと――情報――それが武器になるということ。


 沙代里に口止めしたため、私はまだずっと病院にいると、秀平さんは思っているはずだ。

 だから、秀平さんが会社にいるこの時間に自宅へ戻ってきて、今、私は秀平さんの書斎のパソコンの前にいる。

 生まれ変わる前のこの時期の私には、このパソコンの中に何が入っているのかなんて知る由もなかったし、パスワードも知らなかった。

 しかし今の私は知っている。この四角い箱の中身が重要な情報源であることも、もちろんアクセスするためのパスワードさえも。転生者である私が知るのは容易いこと。


 秀平さんは他人を信用していないところがあって、会社のセキュリティはもちろん完璧にしてあるが、誰もが出入りする会社には重要な情報は置かないようにしていた。

 この自宅のパソコン、この中に木暮コーポレーションが携わる全てのプロジェクトの資料が入っているのだ。


 電源を入れ起動させる。パスワードを入力、承認され画面が変わる。

 ええっと。

 ファイルがたくさんあってどれかわからないなぁ。

 それらしいファイル名は……ない。

 それはそうか、わかりにくい名前にしているはず。

 ひとつひとつ開いて確認するのは時間の無駄ね。

 こんな時にITに詳しい透がいてくれたら助かるのだけど……

 こうなったら全部コピーしよう。

 完了までの時間は……え、一時間ですって?

 まぁ、いいわ。その間は久しぶりにのんびりしようかしら。


 まずはシャワーを浴びて一息つく。

 小腹が空いたので何かないかと冷蔵庫を覗き、果物をいただく。

 それが呼び水になったのか、さらに何か食べたくなったが料理をする気にはならない。

 戸棚にあったクッキーと、コーヒーも淹れて空腹を満たす。

 画面を覗くと、あと二十分くらいで終わるわね、ちょうど良い。

 この情報をどうするかは、もう決めてある。透に渡すのだ。

どんな顔をするだろう、喜んでくれるだろうか? そんなことを考えるだけで顔がニヤけてしまう。

そうだ、この後会えるかどうか連絡しておこう。

透へのメッセージを送り、そろそろコピーも終わるかなぁと後片付けを始める。


 すると、車のエンジン音が聞こえてきた。

「え、まさか!」

 その、まさかだった。秀平さんが帰ってきたようで、私は急いで書斎へ行き残り時間を確かめる。

「……5分、いけるか?」

 中断すれば、また一からやり直しよね。どうにかあと少しだから、彼がここに来る前に終わってよ!

 パソコンにお願いしたところで速度は変わる筈もなく、ジリジリとした時間にイライラする。

「バタン」と玄関の音がする。

 あと一分まできているのに、はやくっ!

 廊下を歩く足音、洗面所で手を洗う音。



 そして。

「なんだ香澄、帰ってたのか。沙代里はどうなんだ?」

「ええ、ちょっとシャワーだけ浴びて、今からまた病院へ行くわ。沙代里さんは順調に回復しているわよ」

「そうか」

 私には関心がないのか、すぐに書斎へ消えていく秀平さん。


 私のポケットには、ギリギリでコピーが完了したUSBメモリーが入っていた。





 病院へ行くと言って家を出て、やってきたのは駅前のシティホテル。

 今日はふかふかのベッドで思う存分寝てやるんだ! そう思って奮発してダブルの部屋を予約した。病院の付き添い用の簡易ベッドときたら、狭くて固くて、ちっとも寝た気がしないんだもの。

 はぁぁ、気持ちいい、はしたないかもしれないが、大の字で寝そべってみる。

「それにしても、さっきは危なかったわ」

 久しぶりにドキドキしたわ。あんな場面を秀平さんに見つかったら、さすがにタダでは済まないだろうから。


 眠気がやってきてウトウトし始めた頃、部屋の呼び鈴が鳴った。

 私は飛び起きて、ドアを開ける。

 そこには待ち人が立っていた。

「透、来てくれたのね。入って!」


 時間があれば会いたいとメッセージを送ったのだけど、こんなに早く会いに来てくれるなんて、嬉しいな。

 だが入ってきた透の顔は、私の浮足立った気持ちとは対照的に、半信半疑といった表情だった。


「今日はまた、随分と積極的なんだね」

 部屋を見渡した透が発した言葉で、私はハッとした。

 都心のシティホテル、ダブルの部屋、時間があれば会いたいなんて、まるで誘っているようではないか。いや、それしかないシュチエーション。


「ち、違うの、そうじゃなくの。これを貴方に渡したくて、ただそれだけなのよ」

 私が本気で焦っていることと手渡したUSBメモリーで、なんとか誤解は解けたようだったが。




To be continued



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