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第12話

「ねぇ、どこに行くの? さっきの電話は誰からだったの?」

 珍しく、乗用車ではなくバンタイプの車を運転手に運転させて郊外へと向かっているようだった。

 秀平さんは、しばらくは目を閉じていたが、私の問いに「沙代里だ」と答えた。

 沙代里が? どうかしたのだろうか。

「沙代里さんが、どうしたの?」

 秀平さんは、なぜか私の顔をじっと見ている。

「知らないのか?」

「え、何が?」

「いや、いい」

 そう言ったきり、また目を閉じてしまった。

 なんなのよ、もう。



 人通りの少ない路地だった。

 車は停められないので、秀平さんの後ろを歩いていたが、秀平さんはどんどんと、さらに狭い道を曲がっていく。

 まるで、誰かから逃げて隠れている人の元へ向かっているような感じ。


「えっ、沙代里さん?」

 そこにうずくまっていたのは、確かに沙代里だったのだけど。

「大丈夫か?」

 秀平さんも心配そうにそう声をかけるほど、沙代里は憔悴していて、暗い街灯の元でも顔が腫れているのがわかった。誰かに殴られたみたいで内出血も酷い。痛そう……

「秀平さん! 怖いわ」

 すがるように秀平さんの腕の中へ滑り込む沙代里。

 よっぽど怖い思いをしたのだろう、すすり泣く声も聞こえる。


 私は辺りを見渡した。人気はない、きっと犯人はもうこの辺りにはいないだろうけど、通報した方がいいだろう。

「警察に連絡しましょう」

 沙代里は泣いているし秀平さんは介抱しているし、通報は私の役目だと思ったからスマホを取り出してそう言った。

「香澄?」

 秀平さんは不思議そうに私を見上げ、沙代里からは睨まれている。なぜ?


「香澄、その前に聞きたいことがある」

「はい?」

「どうしてここまで酷いことが出来るんだ?」

 え、なに? どういうこと?

「言っている意味がわからないんだけど」

「お前の仕業なんだろう?」

「え?」

私は暗い眼をした二人を見つめた。漫画のように口をアングリと開けていた。それほど意外な言葉だったのだ。

 転生者の私にも全く予想出来なかったことだった。


 世間の大きな事象は変化ないが、私の周りでは様々なことが変化していた。

 それは私が生まれ変わったことで、違う行動を起こしたからだ。

 その最たるものが透との関係性だろう。

 私が透に興味を持ち、性的な関係も出来てしまったことで、細々した出来事が変化している。これからもきっと予想だにしない出来事が待っているのだろう。

 それでも私は、この二度目の人生を楽しんでいきたいと思っている。自分で歩く自分の人生を!


 秀平さんと沙代里を見つめ、なるほどそういうことかと納得した。

 私を、誰かが、嵌めようとしているらしい。


「沙代里、何があったか言ってごらん」

 秀平さんが問いただすと沙代里はふるふると首を振り、小さな声で「怖い」と言う。

「大丈夫、俺が守るから、正直に話してくれ」

 それでもなかなか言い出せない沙代里を見て、私は提案した。

「ねぇ、こんなところで話すより、車へ戻った方が良くない? 安全だし、落ち着いて話が出来ると思うの」

「それもそうだな、沙代里歩けるか?」

 沙代里は移動する間も、ぎゅっと秀平さんにしがみついていた。

 なんだか嫌な感じだ。


 バンタイプの車なので、後部座席はゆったりしていて飲み物の準備も出来ている。

「どうぞ」

 私が渡したペットボトルを、すぐには飲まず躊躇っている。

「変なものは何も入ってないわよ」

 皮肉で言ったのに、沙代里はそれを聞いてから、口をつけた。

 新品のペットボトルなのに、何を警戒しているのだろう。失礼しちゃう。


「さぁ、詳しく話せるか?」

 秀平さんが優しく声をかけ、沙代里はようやく話し始めた。


「実は……会社の機密情報が漏洩したのです」

「なんだって? 具体的には?」

「はい。弊社の投資するプロジェクトの情報です」

「どのくらい広がっている?」

「それが、松平コーポレーションだけで」

「あいつ……」

 秀平さんの声は怒りに震えている。


 透の会社が秀平さんの会社の機密情報を不正に得たと?

 本当かしら?


「それで、言いにくいのですが……香澄さんが松平さんと親しくしているらしく、情報は香澄さんが漏らしたのだと思います。その証拠を私は握っているのです。だから私をこんな目に合わせたんです」

「沙代里さん、何言っているの? そんなわけないでしょう。秀平さん、私がそんなことするはずないわ」

「確かに、沙代里が襲われた時に香澄は俺と一緒に家にいたけど、人を雇って襲わせることは出来るだろ」

「嘘でしょ、そんな卑怯なことしないわよ」

 冗談じゃないわ!


「沙代里、さっき証拠を持っていると言ったが、本当にあるのか?」

「はい、これです」

 沙代里が差し出したその画像は、まさに今日、ホテルのラウンジで透とケーキを食べた時のものだった。

「嘘っ」

 誰が撮ったの? つい数時間前のものじゃないの。

 私は身近に、私を貶めるようなことをする人がいることに、身震いした。

 誰だかわからないけれど、気味が悪い。


 虚を突かれた私の表情に、気を良くしたのか沙代里はさらに追い打ちをかけるように問いただす。

「ねぇ香澄さん、最近は秀平さんへの嫉妬をしたり、ずっと一緒にいたいとか言わなくなったわよね? 心変わりでもしたのかしら、まさか他に好きな人ができたとか?」

 さっきまでの憔悴した表情とは打って変わって生き生きしてみえる。これが沙代里の本性よね。

「そんなこと、あるわけないでしょう! 私が愛しているのは秀平さんだけよ」

 私は否定をする。透への本当の気持ちは、今は心の奥底へ沈める。


 透との関係は曖昧なままだ。彼はきっと私のことを愛してはいない。

 ライバルである秀平さんの妻を寝取ってやったぞ、くらいの気持ちなのだろう。

 だから私も、彼の負担にならないように、本当の気持ちは隠していこうと思う。

 その選択は辛いかもしれないが、前世の私の人生よりはマシだと思う。

 彼の事を知りもせずに嫌っていたあの頃の自分を後悔しているから、生まれ変わったこの人生では、どんな形であれ透に関わっていきたいと思う。



「フン、俺は別に香澄が誰を好きでも構わない、嫉妬なんかしないよ。だけど、俺を裏切って情報を漏洩なんてしたら許さない。この損失分は香澄に責任を取ってもらうから、そのつもりでいろ」

 冷たい眼と低い声で、秀平さんの本気を感じる。

「それも違います、私が情報漏洩なんてするわけないでしょ? 信じてよ」

「それは調べればわかることだ。まずは誠意をみせろ、香澄は沙代里の看病をすること。沙代里の怪我が治るまで身の回りの世話をするんだ、いいな!」



To be continued


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