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第9話

 秀平さんの許可が下りたため、私はカードゲームでお金を賭けることになった。

 いわゆるギャンブルである。


 お金は――生活に欠かせないものであるが、人を狂わせるものでもある。

 私の人生においては貧困とは無縁だったのだが、貧しいがゆえに犯罪に走る人もいる。

 人を騙したり、媚びる人もいる。

 実家が裕福だったため、そういう人が家へ押しかけてきたこともある。

お金が全てではないとは言うが、それは綺麗ごとだと思う。お金があるに越したことはないのだから。

 楽をして儲けたいと思ってしまうのは、もうこれは人間のサガなのではないかと思う。

ギャンブル依存というものも、そんな人間のエゴが起因しているのではないか。


 勝ったり負けたりする世界――負けが続けば、その負けを取り戻そうとしてまた賭ける。そして、のめりこんでしまう。やめたくてもやめられない状態。

 または、最初に勝ってそこそこの利益をあげてしまうと。続けていれば、いつかまた儲けることが出来ると錯覚してしまったりもする。


 人を狂わせるお金――非常に興味深いわ。

 お金に群がる人の心理もまた、興味深い。



「さぁ、やりましょう!」

 私は高らかに宣言する。

秀平さんも笑顔で近づいて来た。あら、珍しく機嫌が良いじゃない? 最近はずっとムスッとしていたものね。

『香澄がゲームで負けるのを見るのも悪くない、そうすればお金がなくなっても俺を恨む筋合いはないからな』そんな心の声が聞こえてきそうよ。


 いいわ、お望み通り見せてあげるわ!


 このカードゲームは、どちらが勝つかを予想してチップをベットしていく。

 勝つための攻略法もいくつかある。ということは、わざと負けることも可能だということ。


「え、なんで?」

「また、外したわ」

「今度こそ!」

 負け続けて、嘆いてみせて。

「やったわ、今回は勝ちね。でも儲けはこれだけ?」

 勝っても、利益が薄いことに悔しがり。

「だったら、今度はいっぱい賭けましょう」


 私のゲームを周りで見ているお客たちは。

「そうだそうだ」

「次は大丈夫だから、もっと賭けよう!」

「香澄さんはもってる!」

 と、はやし立てる。


 対戦相手は、余裕の表情で頷いている。


 そして結局、私の手持ちのチップはゼロとなる。

「え~もう、ないの? こんなの納得出来ないわよ」

 秀平さんは、思った通りほくそ笑んでいる。


「ねぇ、どうにかならないの?」

 物わかりの悪い客を演じ、このままじゃ収まらないと喚いてみる。


「それでしたら――」

 背後から野太い声が聞こえ、振り向くとこのクラブのオーナーがそこにいた。

「お金がなくなったのでしたら、装飾品でも良いですよ?」

 私の全身を舐め回すように見られ、周りのギャラリーからも嘲笑のような声が聞こえる。


「わかりました」

 私は、ネックレス・指輪・時計・高価なコート、お金になりそうなものは全部外してテーブルの上に置いてみせた。


「ほぉ」

「いいぞ!」

 相変わらず、周りは他人事のために冷やかしが多い。


「次を最後の賭けにしたいと思います。だから、これも」

 と、私は車のキーも出した。

「おぉ!」

 今度ばかりは感嘆の声が聞かれる。


 最後の賭け、負ければ文字通り身ぐるみはがされる。

 他のプレイヤーも、全てのチップをベットした。


 私は秀平さんの様子をずっと横目で眺めていた。車を出したところでは顔をしかめたが、それ以外はずっと黙っている。

 何かを考えているのか、何も考えていないのか? 今の気持ちはわからないけれど。

 それならそれで構わない、最後に私が大勝ちすれば反応があるだろう。


 そして――


 みんなの予想を裏切って、私は大逆転勝ちを果たした。


「あははっ、気持ちいいわぁ」

 私のテンションの高さは演技もあるけれど、単純に気分が良いというのもある。

 何かの物質が脳内に溢れているみたいに……これが、人をギャンブルに惹きつける理由なのかもしれないわね。


 私のテンションとは反比例して、他のプレイヤーたちは視線を合わせて、さらに秀平さんの方を窺っている。

 あら、何かの裏取引でもあったのかしら?

 コソコソと何か言い合いをしている彼らの声を漏れ聞いたところによると、どうやら今回はただの遊びで、損失は秀平さんが補填する約束だったらしい。

 全く、外面だけは良いんだから。


「おい、香澄。見事だったよ! そのお金はここに置いて、先に帰っていてくれないか」

「えぇ、なんで?」

「今は興奮していてわからないだろうけど、賭け事は体力を消耗するんだ。疲れているだろうから、運転手に送ってもらって、な?」

「嫌よ、まだまだ遊びたいもの」

「な、なんだって?」


「ねぇ、相沢さん!」

 私は、ここのオーナーである相沢を呼びつける。

「はい、なんでしょう? 香澄さん」

 やっぱりお金を持っている客には、低姿勢なのね。笑えるわね。

「このお金で、ここを貸し切りにしたいのよ。どうかしら?」

「それは、もちろん。大歓迎です」


「おい、待て!」

 秀平さんの怒った顔には、もう随分慣れてきたわ。

 さらに止めに来るかと思ったが、秘書である沙代里が止めに入ったみたい。

「それじゃあ、今回負けた人も、私のお金で遊ぶといいわ」

 これで、秀平さんも何も文句はないだろう。

 それぞれが、好きなようにゲームをしたりお酒を頼んだりし始めて、私はそれを眺める――お金に群がる人々の姿を。


 しばらく経った後、沙代里がお酒を持ってやってきた。

「香澄さんも、いかがですか?」

「ありがとう」

 彼女が、私に好意的なわけはないのだから、何か魂胆があるのだろう。

 大方、酔わせて早く家へ帰らせようとでも思っているのだろう。

「沙代里さんも大変ねぇ」

「えっ?」

「秀平さんの秘書って、あの人すぐ機嫌が悪くなるから」

「ええ、まぁ。でも仕事ですから……」


 あら、何だか。

 急に眠気が……何かの薬でも混ぜられた?

 寝ないように頑張ってみたら頭の芯が重くなってくる、立ち上がろうとしたら目が回ってうずくまる。

「香澄さん、大丈夫? やっぱり疲れていたのかしら……ふふ、愚かな女ね。あんなに邪険にされても秀平さん秀平さんって、結局一生彼に尽くして、ボロボロになる運命なのよ」


 微かな沙代里の声は聞こえていても、香澄のぼんやりした頭では、その意味はわからなかった。



 To be continued


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