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第4話

 私は松平くんに近づくために歩き出した。


 どんな言葉で声をかけようかと悩みながら、でも少し楽しみな気持ちもある。

 彼が私にどんな反応をするのか、前世の世界では全く接点がなかったのだから――でもそれは主に私が避けていたからなのだけど。


 だが、それは叶わなかった。

「木暮香澄さん、ですよね?」

 途中で同年代の女の人に声をかけられ、引き留められたから。


「ええ」

 どこかで見かけたことがあったかしら? 身なりはそれなりで、装飾品も高級そうではあるが。

「申し遅れました、わたくしこういう者です」

 うやうやしく名刺を出しながら挨拶をする。


「へぇ、社長なのね」

 どこかの社長夫人かと思えば、ご自身が代表取締役とは。

 さりげなくチェックする、指輪をしていないところを見ると独身? この歳で、一人で起業を? 好奇心というやつだろうか、少し、いや大いに興味がわいた。

 松平くんには、またいつでも近づくチャンスはあるだろうから、この女性と向き合うことにする。


「零細企業ですからご存知ないでしょうが」

 確かに、聞いたことのない名前だけど。

「勉強不足でごめんなさいね、でもこれからの会社でしょう? 期待しているわ」

「ありがとうございます、ところで――折り入ってお話があるのですが」

 そう言った瞳に微かな敵意が含まれているのを感じたため躊躇したのだけど、周りを見れば大勢の来客がそれぞれ歓談していて、これなら特に危険はないだろうと判断する。


「構いませんよ、何でしょう?」

飲み物を新たに受け取って、少しだけ場所を移動する――人々の移動の邪魔をしない場所へ――そして、話を聞く態勢を取る。


「こんなに清楚な社長夫人なのにねぇ」

 その女性は、カクテルを一口飲んだ後そう言った。

 今度は先程よりも強い敵意が表情にハッキリと現れている。

「どういう意味かしら?」

「暴力やパワハラ、あるいは傷害事件……それらについて、どう思います?」

 不敵な笑みを浮かべているから、一般的な論議をしようとしているわけではなさそうだ。

「何が言いたいの?」


「香澄さん、さっき、沙代里に手を上げましたよね?」

「えっ?」

「私の友人に敏腕弁護士がいるのよ、出るところに出れば貴女の名誉は傷つくわよね?」


 私はじっと彼女の目を見て思う。

 何が目的なのか、脅そうとしている? 強請り?

 余裕そうな表情だけれど、視線が定まっていなくて揺れている。


 以前の私なら、焦ってすぐに思ったことを言ってしまったり、それこそ発狂してしまったかもしれない――そう、昔はすぐにヒステリックに感情的になっていたものだ。

でも、人生二度目だからなのか、今は相手が何を考えているか注意深く観察するようになっていた。それが目覚めてからの変化……精神年齢が上がっているらしい――老けたとも言うが。


 これは、挑発?

「あなたと沙代里さんはどういう関係なの?」

「親友よ!」

 即答だった。


「あら、そうなの」

 私はさりげなく会場を見渡し沙代里をさがす。何人かの女性と話をしながら秀平さんの少し後ろで待機しているようだ。


 私の視線を追ってか、彼女も沙代里を見ていた。

 おや? いや、気のせいか……


「優しいのね、お友達のためにそんな言いがかりを? ただ言い合ってつい手が出ただけよ、大したことないでしょう?」

 この短時間にさっきの出来事を知っているのだから、沙代里さんと親密なのは本当だろう。もしくは沙代里自ら打ち明け、何か企んでいるのか――例えば二人がグルになっての強請りたかりとか――ただのお節介というより、そちらの方が可能性が高いように思うが。


「暴力は暴力でしょ? 沙代里の事を傷つけるなんて!」

 必死に抑えようとしながらも感情的な一面が見て取れる。

 あら、これはもしかしたら。


「何が目的? お金?」

「失礼ね、そんなんじゃないわよ。ただ謝って欲しいだけよ」

 やっぱりね。

「それだけのために?」

 彼女は自分の名前も身分も正直に名乗っている。こちらの方が大きな会社の社長夫人なのだから、私を怒らせたら不利益になることはわかっている筈。

 ならば、本当にお金目的ではないのだろう。


「そんなに沙代里さんが大切なの?」

「そ、それは、親友だから」

 わかりやすく、動揺するなんてね。

「そう、沙代里さんとは古くからの友人なの? たとえば、幼馴染とか」

「そうよ」

 だったら何なのと、不思議がる。ただ相変わらず敵意はみなぎらせて。

「へぇ、そう。そっか、あなたのことなのね」

わざと、思わせぶりに呟いてみれば。

「なんなのよ」

思ったとおり気になる様子。


「沙代里さんからあなたのことを聞いたことがあるのよ」

「え、なんて……」

「あなたのこと、好きだって」

「嘘よ!」

 そんなことあるはずないわ、と睨まれた。お~怖っ。

 なんだ、片想いなのか。そして気持ちすら伝えてもいないということね。

「そうね、思い違いだったかしら。でも……あなたは好きなのよね?」

「な、何を言うの!」

 沙代里を見る眼差しと、私に対する態度、未婚であることなどから推測できること。鎌をかければ簡単に反応するし、根は素直なのだと思う。


「冗談じゃないわ、変なこと言いふらさないでよ!」

「そうね、そういうことにしておくわ」

「だから違うってば、そんな事よりも。沙代里に対する暴力の件よ、平手打ちといえど暴行罪になることもあるのよ?」


 ほらやっぱり、無理やり話題を変えたりして……

 私としては邪魔するつもりなんてなくて、なんなら応援したいくらいなのに。そうしたら沙代里は秀平さんにちょっかい出さなくなるだろうし、なんて……無理な話よね、まぁいいわ。


「その件については、沙代里さんは理由を言っていたかしら? 正当な理由があると、私は思っているわ」 

「なんなの、それは?」

「やっぱりあなたには理由を言ってないのね、言い辛かったのかしらねぇ」

「もったいつけないで言いなさいよ」

「私の夫に色目を使ったのよ、愛人にでもなるつもりなのかしら? どう、正当な理由でしょ?」

 ぶたれても当然だわ! と言い切って彼女の顔を見る。


 こういう時は毅然とした態度が必要よ。

「それは、でも……沙代里はずっと前から秀平さんのことを慕っていたのよ、二人が並んでいるととてもお似合いだもの。もしもあなたがいなかったらなら、秀平さんと結婚して幸せになっていたのは他でもない沙代里なのよ」

 ふっ、ふふふ。笑えるわね。


「何がおかしいの?」

「おかしいでしょ」

 ちゃんちゃらおかしいわよ。

「幸せって? あなたは沙代里さんに幸せになって欲しいの?」

「当たり前でしょ」

「そう、そういう形の愛もあるのね。でも……」

 私には理解できないけれど。


「でも、秀平さんが今こうやって成功し誰からも崇められているのは、私のおかげなのよ。あなたが仮定した世界では――もしも私がいなかったなら――秀平さんは貧乏で貧相な、ただの男に過ぎないわ。そこら中にいる名もなき人の内の一人よ。沙代里さんはそれで幸せになるのかしら?」


 木暮秀平の家は母子家庭で、彼は私生児だったから子供の頃は満足な生活をしていなかったという。プライドが高いため自分からは話すことはないから、私もそれについては聞いたりはしない。たぶん、彼にとっては忘れてしまいたい黒歴史なのだろう。

 貧乏なくせに、いや貧乏だからか誰よりも向上心が強かった。社交性もあったから、精力的に人脈も作っていた。そんな彼と、私の実家である蘇家の財力があったからこそ、現在の地位にいるのだ。


「でも、だって。沙代里には幸せになってもらわないと困るもの」

「誰かを傷つけても?」


「ねぇ、どうしたの?」

 後方から声がして振り向くと、当の沙代里が立っていた。

 私たちが言い合いをしていると思って様子を見に来たようだ。


「沙代里!」

 あら、噂をすれば影ね。

「何なの、険悪な雰囲気だったけど……パーティーの席なのだから、ここでは穏やかにしましょうよ」

 ちらりと周りを見渡して気にしている。


 皆それぞれに歓談していてこちらを注目している風はないけれど、二人とも少し感情的になって声が大きくなっていたかもしれない。

「穏やかにねぇ……いったい誰の話をしていたと思っているのかしら?」

「えっ、どういうこと?」

 沙代里は二人の顔を交互に見つめる。


「さっきの話よ、沙代里。あなたが受けた暴力を私はどうしても許せないの」

 だから話をしていたのと、親友は恋心は隠しながら訴える。

「そうよ、沙代里さん。あなたの話をしていたの。あなたがどうして私に平手打ちをされなきゃいけなかったのか、その理由を大好きなご友人に説明していたのよ」

 そう言ったら、二人同時に私を振りかえった。どちらも敵意をみなぎらせて。


「あなたねぇ……」

「香澄さん、いい加減にして……」


「何よ、今度は二人で私を責めるの?」


「社長夫人だからって、何をしても許されると思っているの?」

 沙代里の言葉に、私は決心をした。

「私が悪いと? 本当にそう思っているのね。そう、ならば――」

 そこで一旦言葉を区切り、二人の顔を交互に睨みつける。


「いったい誰が悪いのか、みんなに聞いてみましょうか」

「みんなって?」

「ここにいる、みんなよ」

 その瞬間、会場の照明が落ちた。

 そして、中央のプロジェクターに写真が映し出された。

 会場内が騒めいていた。

 それはそうだろう、その写真は木暮秀平と秘書である沙代里の親密なショットなのだから。


「ちょっと、何あれ」

「社長と秘書?」

「それだけの関係じゃないわよね」

 パーティー客の声や。

「おい、誰か止めろ」

「照明を!」

 バタバタと走るスタッフの足音。


 いろんな声や音を聞きながら、私は少しだけぼんやりしていた。

 準備していたものが役に立った。

 本当は、この写真がプロジェクターに映し出された時には、私はこの世にいない筈だったのだ。


 前世の私は、秀平さんを心から信じていて、沙代里との不倫を疑った時に自殺を決意した。

 だた、犬死はしたくない。頭の良い秀平さんのことだから私の死の理由をうやむやにしたり、または死因自体も隠ぺいされる可能性すらある。

 それだけは避けたい、私は命をかけて彼に復讐するのだから。


 だから協力者にお願いして、私の自殺が成功した時にはこのパーティーで全てを暴露する予定で準備をしていた。

 生まれ変わって自殺は未遂に終わったが、私は念のため協力者からプロジェクターのリモコンを受け取っていた。いつでも私のタイミングで映し出すことが出来るようにと。


「こんなことして、どうなると思っているの?」

「本当、どうかしているわ」

 沙代里と友人からは、非難の声を浴びるが後悔はない。


 私は、以前の私とは違う。誰の指図も受けない、私は私のやりたいように自分の道を歩きたい。


「おい、香澄! 何をした?」

 スタッフの奔走で照明は明るくなり、そのために目立たなくはなったが未だに写真は映し出されたまま。

 秀平さんが血相を変えてやってきた。


「早く、あれを消せ! さもないと――」

 やはり力づくで思い通りにさせようと、腕を振り上げる。

 いつもそう、秀平さんはこういう人。

 それでも、前世の私ったら、こんな男の言いなりになるなんて――情けない。

 私は殴られるのを覚悟した。

 もう言いなりになるよりは、多少の痛みに耐えようと思う。


 ところが、いつまで経っても痛みはやって来ず、恐る恐る目を開ける。

すると私の目に真っ先に映ったのは、松平透だった。


 松平くんが秀平さんの振り上げた腕を掴み、二人は睨み合っていて。

「なぜ?」

 私が歩み寄りたかった松平くんが、私を助けるために社長である秀平さんに刃向かっている。


 その事実だけで私は……




To be continued

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