目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第46話 ハイリスク


第四十六話『ハイリスク』


 カルミア社長が運転するピンクのジープの助手席に乗って、美月はシートの化粧落としを使ってメイクオフ中です。チラチラとバックミラーで、後部座席で腕を組んで寝ている黒崎先生を気にしながら。胸元に、うつぶせ寝のブラウニー付きです。


「バーの現場検証は、私達がダンジョンに入る頃にはほぼ終わっていたけれど、ダンジョンの隠し部屋で見つけたモノのせいで、追加検証されたのよ。人数も増加されたから、もう大変」


 私達が野良ダンジョンに入っていた時、ダンジョンバーとその下のダンジョンは現場検証に大忙しだったんだ。でも、今はダンジョンに入れる人は限られているよね?

 うわ。まだ汚い。シート何枚使えば綺麗になるんだろう? 体も拭いただけだから、まだ何となく気持ち悪いし。はぁ~、思いっきりバシャバシャ洗いたい。シャワー浴びたい。シャワー浴びて、黒崎先生みたいにグッスリ眠りたい。じゃなきゃ、頭の中の整理が出来ないよ。


 アイは、バックミラー越しに眠っている黒崎先生を見て、車に乗る前の事を思い出しました。「あ、双子だ!」と言った後の、ちょっと眉間に皺を寄せた表情。そして、たった一言「車」と言って、このピンクのジープに一番に乗り込んだ事。


 黒崎先生からもカルミア社長からも、肯定も否定もされてないから真相が分からないんだよね。もし、双子じゃないなら、二重人格とか? その場合、どっちが主人格なのかな? 私が良く知っている『黒崎先生』かな?


「… それで、ダンジョン内の検証はハッちゃんの所から護衛用に数人来てもらったの。早急に回収しないといけないし、専門知識も必要だったから」


 専門知識の言葉に、美月はハッとしてカルミア社長との話に意識を戻しました。止まっていた手を動かして。


「そう言えば、あの隠し部屋に何があったんですか?」


 ブラウニーさんに「倉庫の物が無くなったら困る?」とか、呪文を発動させようとしたら「現場維持」て叫んだし。私は密入品だと思ったんだけれど。


「薬よ。く・す・り。いけないお薬。それも一種類だけじゃなく、何種類もた~くさん」


 あ~… それは専門知識がいるし、早急に回収しなきゃ駄目だよね。


「従業員の何処までがあの隠し部屋を知っていたのか、薬の売買やそれに関係する人間… 会社ぐるみなのか、この支店のみなのかはこれから調べるんだけれど、まぁ、支店は真っ黒通り越して暗黒ね」


 ダンジョンの無登録に無許可営業。それに伴う売り上げの業務上横領。追加で薬関係の罪がドサドサつくのか。凄いな~。


「あんな小さな店なのに、凄いわよね。おかげで、私達の仕事も増えちゃったし。まぁ、とりあえずは、回復が最優先ね」


「シャワーでいいから浴びたい」


 拭いても拭いても綺麗になった感じがしない。回復より先に、シャワー浴びたいよぉ。


 半べそをかいて、美月はカルミア社長を見ました。


「そうよね~。誰かさんみたいに無頓着じゃないものね。でもごめんなさい。もう少し時間がかかるから、眠っていてね」


 カルミア社長の投げキスが、チュッて小さくて真っ赤なハートが美月に向かって飛んで行くと、まだ汚れの残っている鼻先でパン! とシャボン玉のように弾けました。


「そんなに… 眠く…」


 あれ? 急にクラッとして… 社長がグンニャリして…


 気が付いたらベッドの上。ほんの一瞬、瞬きの速さで、寝落ちしちゃったんだ。あの投げキス、魔法だよね。カルミア社長、魔法も使えるなんて、現役復活すればいいのに。


「ごっ…」


 声を出そうとした瞬間、美月は激しく咳き込みました。喉がヒリヒリするような、ペタペタとくっつくような感触に、水分を 求めて顔を振りました。


 天井も壁もシーツもすぐ近くの間仕切りカーテンも、身の回りのものは全て真っ白。眠っている間に、病院に連れてこられたってとこかな。検査入院かな? とりあえず…


「ゔぁ! ◯☓▲〇〇!!」


 何これ!? 起きようとしただけなのに、痛くって動けないんだけど! ちょ、ちょっと待って、筋肉痛? いや、内臓も痛い気がする。文字通り、全身、身体中が痛い! 声も出ない!


「あ、美月ちゃん起きたわね。気分はいかが?」


 シャーと間仕切りのカーテンが開いて、スーツ姿のカルミア社長が現れました。


 気分?! 気分なんてそんなもの…


「ああ、落ち着いて。無理に話さなくていいわよ。まぁ、話せないでしょうけれど」


 固まっている美月の背中をそっと擦ると、美月は声にならない悲鳴をあげました。


 痛い、痛い! 触られるのも駄目だ〜。


「ごめんなさい。とっても優しく触れたつもりだったのだけれど、駄目みたいね」


 慌ててさらに無でようとして、「あ、駄目よね」と差し出した両手を宙でアワアワとさせるカルミア社長。


「何をしているんですか」


 呆れた声と共にカルミア社長の横に立ったのは、黒崎先生でした。


「がぁ"…」


 ううっ… 声が出ない。やっぱり、痺れるような痛みがある。口調と雰囲気は黒崎先生だけれど、黒崎先生であってるかな? 


「声を出そうとしても、無理ですよ。喉も食道も胃も、総ての内臓の細胞がウイルスにやられて再建中だそうです。内臓だけでなく、筋肉や骨の細胞もダメージをうけていますから、暫くはこのベッドの上ですよ」


 何それ…。リスクは覚悟していたけれど、モスマンジュニアの毒って、そんなに強かったの?! でも、さっきまでは何でもなかったのに。


「先程まで痛みが感じられなかったのは、アドレナリンが大量に分泌していたのでしょう」


 アドレナリンて、ストレスや危険を感じたときに分泌されるホルモンだったよね。そっか、身体の危険をしっかり感じたんだ。


「アドレナリンは血圧や心拍、血糖値を上昇させる作用があり、痛覚を麻痺させます。 事故直後に痛みを感じず動く人がいますが、それと同じですね。興奮状態が落ち着いてから、痛みが現れる」


 ああ、まさしくそれです。今、まさにそれ。なうです。


「ハイリスクは覚悟の上。でしたよね? それなら甘んじて受け入れてください」


 ペン! て叩いた! 黒崎先生がペン! って! 痛いよ〜。身体がバラバラになりそう。


「吐血した時、気管を詰まらせなくて幸運でしたよ」


「そう! それよそれ! こっちはこっちでバタバタしていたから、ナハバームの映像をタイムリーに見ていられなくって、さっきチェックしたら… もう、血の気が引いたわ」


 思い出したのか、カルミア社長は手で口元を覆って、しゃがみ込みました。すかさず黒崎先生が近くにあったパイプイスを引き寄せてすすめます。カルミア社長は椅子に座ると、美月の頭に手を当てました。触れた? と思うほど優しく。


「ねぇ、美月ちゃん。友達や仲間を思いやれることは、とても素敵なことよ。あの時の美月ちゃんの気持ち、よく分かるわ。でも、少しは躊躇ってちょうだい。自分のことも考えて。貴女になにかあったら、おばあ様になんて申し開きしたらいいか… それに、私も悲しい。悲しいなんて言葉じゃ足りないわ」


 カルミア社長は、彫りの深い二枚目の顔をクシャクシャにして泣き出すと、黒崎先生がそっとハンカチを差し出しました。


 そうだよね。私に何かあったら、お婆ちゃんが一人になっちゃう。私を思ってくれている人達のこと、考えてなかった。


 黒崎先生から借りたハンカチを、力強く握りしめながら嗚咽するカルミア社長の姿を見て、美月は深く反省しました。


「ごめんなさい」て言いたいのに、声が出ない。気持ちを伝えたいのに伝えられないって、なんてもどかしいんだろう。


「反省するだけなら、いくらでも出来ます。内省してください」


 自分の考えや行動を振り返って、改善につなげなさい。と言う事ですよね。… はい。それにしても、どっちの黒崎先生だろう? いつもの黒崎先生かな? 双子の片割れさんの方?


 シュンとして、口をパクパクさせるだけの美月を見て、黒崎先生はため息混じりに言います。そして、ポケットからリップを取り出すと、優しく塗ってくれました。


「女性に乾燥は大敵なんですよね? 入院中は、色付きはNGですから、薬用でがまんしてくださいね」


 あっ… いつもの笑顔だ。


 黒崎先生の笑顔を見て、美月は心の底から安心感を覚えました。


「はじめちゃんたら、女の子の扱いうまいじゃ〜ん。先生上手ね、飴と鞭」


 ヘラヘラ〜とエスポアが現れました。相変わらずの猫背でボサボサの髪と、よれたグレーの開襟シャツに、チャコールグーレのスラックス。眠たそうな目はさらに瞼が下がっていているから、お疲れなのかも。もちろん、口元には火のついていない紙煙草。


 この人、いつでもどこでも咥え煙草なんだ。『エスポア』の恰好じゃなくても、あの煙草の効果は有効なのかな? そう言えば、黒崎先生も『スピリタス』じゃなくても強いよね。… 私も、もっとレベルをあげればギャルの恰好をしなくても魔法が使えるかな?


「言いたい事は言いましたから。社長と僕の話を聞いて感じる事がないほど、馬鹿ではないはずです」


 黒崎先生の言葉と、チラッと投げられた視線に、美月はドキッとしました。


 いやいや、美月の恰好で魔法が使えるようになっても、無理はしません。ってか、美月のままで動画生配信なんて無理です。素顔を顔も知らない不特定多数の人間に晒すのは無理です。普段だって眼鏡がないだけで… あっ! 眼鏡がない。うわっ、どうしよう。顔、思いっきり見られちゃってる。


「いや、このお嬢さんは馬鹿でしょう。探索馬鹿」


 一瞬だけ真面目な声で言いながら、エスポアはベットの縁に腰かけました。美月は覗き込んでくる顔から逃げるように、横を向いて… 激痛に顔を歪めました。


「ごめんね~。ちょっと見せて」


 エスポアはニマっと口元を歪ませて美月の掛け布団をめくると、チラッとカルミア社長と黒崎先生を見ました。


「年頃の女の子のお腹や生足を見たいのは分かるけれどさ~、ただで見ちゃ駄目でしょう?」


 言われて、2人は慌てて後ろを向きました。そんな2人を見て「え? 見ないの? 紳士~」と揶揄うように言って、美月に向き直りました。


「お嬢ちゃん、イケオジ先生の診察時間ですよ~。ちょっと痛いけど、すぐに気持ちよくなるから我慢ね~」


「おい」


 あ、怖い方の黒崎先生の声。


「やだ、黒崎先生ったら怖~い。俺の代わりに、触診する? ちゃんと力加減できるの~?」


 揶揄うエスポアに、黒崎先生は言い返す代わりに思いっきり足を踏みました。


「あ“―!! … お前ねぇ、子どもじゃないんだから」


 踏まれた足を抱え込んで痛がるエスポアよりも、黒崎のそんな行動に美月は驚きました。


「まったく、はじめちゃんは怒りん坊さんだよね~。はい、失礼」


 背中を向けて怒りのオーラを放っている黒崎先生を鼻で笑って、エスポアはそっと美月の下瞼を下げました。ビリッと走る痛みに、美月は顔をしかめます。


「痛いよね。ごめんよ~。はい、下見て。次、上。はい、口を開けて。うん、そうそう。リンパ触るよ~」


 ごめん。なんて、絶対に思ってないー!


 流れる様な触診は、激痛が伴います。素顔を見られて恥ずかしいなんて気持ちは、痛みで吹き飛ばされていました。特に、リンパ節のチェックは声にならない悲鳴を上げる程に。だから、脇の下や鼠径部のチェックの時は痛みで意識が朦朧としていました。


「ふ~ん… 内臓が再構築している割には、リンパも異常なし。黄疸も浮腫みもなし。痛みは尋常じゃないみたいだけれど、それ以外には異常なしか。ああ、あと『喉』ね。

 今は無理なの分かっているからさ、完全回復したらレポート、お願いね。出来るだけ内臓の違和感とか変化を感じ取って、覚えておいてね~」


 エスポアの軽い声は、意識朦朧の美月の耳に聞こえたのかどうか。体中の痛みが痺れに変わり始めると、美月の意識はそれに飲み込まれるように切れました。


 美月、ハイリスクに襲われながら反省しつつも、聞きたいこともあって… でも、支配権はまだまだ『痛み』の様ですNext→



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?