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第38話 穴

第三十八話『穴』


 アイの左手の平に座っている小さなオジサンは、妖精の『ブラウニー』でした。ゴブリンの一種で、家を守ってくれると言われている小さな妖精は、スコットランド在住。で、し、た。このブラウニー、ちょっとした好奇心で家主の職場について行ったそうです。そこは国外に食料品を輸出する倉庫会社。普段は小学校4~5年生ぐらいの大きさだけれど、さっきのように小さくもなれるブラウニー。その日も小さくなっていたそうです。小さなサイズで多くの商品に囲まれて浮かれていたら、商品と一緒に梱包されてこの店にやって来てしまった。との事でした。


「帰してあげましょうか?」


 というカルミア社長の申し出に、「意外と楽しいから良い」とブラウニー。お店のダンジョンを管理しているそうです。商品や材料の在庫や品質管理、ダンジョン内の掃除、住んでいるモンスター達の世話と仕事は色々あるようで、店長からはお給料の代わりに食料やお酒を貰っているそうです。


「じゃぁ、店長さん達がいなくなったら困っちゃうかしら?」


 あらあら。と、困った様子のカルミア社長。


「え~、そんだけ仕事ができるんなら、俺んとこ来て欲しいな~。身の回りの世話してくれる人、絶賛募集中なんだよね~」


 はいは~い。と、中途半端に手をあげるエスポア。


「それぐらい自分でやりなさいよ。

 でも、もしもの話なのだけれど、このお店が無くなったらどうするの?」


 そっか。無許可運営だから、このままって事はないんだ。


「このまま、このダンジョンで過ごす。飽きたら、その時考える」


 妖精に、人間が作った法律とかは関係ないか。


「… この倉庫の物、無くなったら困っちゃうかしら?」


「困らない。ここにあるモノは店の物。オレの物じゃないから、オレは困らない」


「OK~。じゃぁ、ちょっと失礼」


 と言って、カルミア社長はスマートフォンを出して何処かに電話をかけはじめました。


「ハイ! 質問」


 元気良くアイが片手をあげると、ブラウニーが頷きました。


「このダンジョンは、他に隠し部屋はないのかな? 実は、友達がモスマンジュニアに噛まれて、ウイルスに感染しちゃって。ワクチンをつくるために巣を探しているの。でも、それらしき巣を見つけられないのに、ダンジョンももう終わりそうで」


 右手に持ったロリポップキャンディーをクルクルと回しながら聞きます。


「隠し部屋はここだけ。あとは、店が使っている」


 隠し部屋? 店が隠す在庫? 特別な物なのかな? 輸入もしているみたいだから、密輸入してるとか? もしかして、余罪ザクザク?


「ここ数ヶ月の間に、新しい扉が出来た。とかは?」


「扉はない。ただ、穴は開く」


 なんだ、扉はないのか。… まった。「穴は開く」って言った。「開いている」じゃなくって?


「穴、どこに開くの?」


 ジッとブラウニーの目を見て聞くアイに、ブラウニーはジッとアイの目を見返して、枯れ枝のような指でアイのすぐ後ろを指差しました。


「… どこにでも」


 来た!


 ブラウニーの声と同時に、アイの直感が動きました。ザワっと神経を逆撫でされた感触に、咄嗟に左手でブラウニーを掴んでしゃがもうとしたら、その腕をスピリタスが引っ張ります。紙一重で、アイの頭の上をカルミア社長の鞭が通り過ぎると、その鞭の先はアイの背後に迫った影に巻き付きました。


「二度あることは三度ある! もう三度目経験済みだから、次はいらないし!

 ちょえ! 私の女神様は今日も羽ばたいてるん…」


 呪文を詠唱するのと同時に、ロリポップキャンディーで宙に描こうとしたら…


「ストップ! 現場維持。このままキープ!」


 え?! このままキープって?


 カルミア社長の声が響いて、アイの詠唱と手がピタッと止まります。スピリタスはそのままアイを抱えて、扉の残骸を飛び越えて部屋の外に飛び出しました。


 試したい事があるのに~。


 スピリタスに抱えられて、景色が後ろへと流れたのはほんの少しの間でした。


「え…」


 足元のドアの残骸が見えた瞬間、それはすぐに視線の高さに上がって来て、あっというまに頭上へと消えてしまいました。


「… おち、落ちてるぅぅぅぅぅ~」


 視界が真っ暗になって、下から物凄い風が上がって来ます。上を向いたままの視界には、香坂を抱いたエスポアの姿。


 社長は居ない? 間に合え!


「アゲだよ、アゲー! バイブス上げてこー! 天使の翼!」


 ロリポップで宙に「飛〒〒」(飛行)と書いて、二重丸で囲みます。さらに上から、簡単な羽根の絵。そして、チュっと投げキスをすると、ガクン! と降下が止りました。少し上にいるエスポアも。間に合った。とホッとしたアイは、大きく一回深呼吸をしました。


「スピリタスさん、エスポアさん、肩甲骨周辺を意識して動きをイメージしてみ。思った通りに動くから」


 なるべく、魔法節約。空気が変わった。あの黒い手も出てきたから、明らかにあの野良ダンジョンに入ったってことだよね。… 社長は上かぁ。

 あ、さすが。あの大きなケペシュを自在に操っているだけあるよね。飲み込み速い速い。もうすんなり翼を動かしてる。エスポアさんは… と、あっちも飲み込み速いな。


 スピリタスの安定感のある飛行にアイはホッとため息をついて、パチン! パチン! と指を鳴らします。拳大の光の玉が2つ出て来て、周りを照らしました。


「痛い」


「あ、メンゴ」


 左手の存在を忘れていました。アイはモゾモゾする感触と、言葉のわりには落ち着いた声を聞いて、慌てて左手を見て力を緩めました。


「ここ、どこだ?」


「穴に落ちちゃったー。みたいな。ブラウニーさんさぁ、この穴がどこに繋がってるか、知ってる?」


 一応、上昇している。でも、入り口が見えないなぁ。どれぐらい落ちたのかな?


「知らない。こんな大きな穴、初めて見た」


 ブラウニーはアイの手の上に肩を出して、落ちそうになっている帽子を直しました。


「いつもは、さっきぐらいの大きさ? 黒い手が出たぐらいの」


「一番大きくて、あれぐらい。小さいと、ダンゴムシの赤ん坊ぐらい。あの部屋に出る大きさは、いつもネズミの巣穴ぐらい」


 なるほど。こんなに大きな穴はイレギュラーなんだ。


「あの黒い手は? 今まで見た事ある?」


「ない」


 これは、黑い手が出てきたから大きな穴が開いた。て考えていいのかな? つまり、私達を落とすために。だとしたら…


「開いてないよ~。穴の入り口、閉じたみたいだね」


 少し上を飛んでいたエスポアの声と、ドンドンと言う音に、アイは視線を下に向けました。


「来い。ってことね」


 相変わらず、手荒い招待。


 暗い暗い穴の中。僅かな灯りは下へ下へと飲み込まれ、ほんの少しの足元を照らしているだけ。


 行ってあげようじゃない。いつまでも魔力を取られっぱなしじゃ癪だし、ネチネチ狙われるのも嫌だもの。


 見えない底に、アイの気持ちはキュッと引き締まりました。


 アイ、四度目の招待に「今度こそ」と意気込みました。Next→



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