目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第36話 本日限定チーム始動

第三十六話『本日限定チーム始動』


 ロリポップキャンディーを絡めた指先は、燃えるような赤。その真っ赤なマニュキュアを塗った指先が、インコの形をした自立型スマートフォン・ナハバームの録画の文字をタップしました。


「ぼーん。皆、おひさ〜。と、初めましての皆、カルミア社登録のアイだよ。よろ〜。とりま、見てくれて、あざまーす」


 画面に向かって手を振るけれど、今日は録画なんだよね。生配信じゃないのって、変な感じ。


「今日探索するのは、ここ! 某所にあるダンジョンバーのキッチン。にある、未登録ダンジョン。見て見て、入り口が業務用冷蔵庫なの。チョーウケるっしょ。

 えっと〜、ここまでの流れはテロップとか入ってるかな? あ、特別編集の動画用意すんの? まぁ、編集とかで分かりやすく、よろ。ってことで、今日は初の録画っす。ほら、組合から『御達し』が、出たじゃん? あの関係で、生配信はヤバ谷園だし、しかもオンリー探索もNG。ってことで、こちらが本日限定の仲間で〜す」


 アイはロリポップキャンディーを咥えて、カメラをグルっと動かします。ピッタっと止まったのはカルミア社長の前。


「ぼーん。カルミア社登録番号S000001ダイで~す。覚えてくれている人、どれぐらいいるかしら? 今日は久しぶりの探索で、ちょっと緊張気味なのぉ~。皆の足を引っ張らない様に、気を付けまぁ~す」


 探索に加わるなら、探索者登録しているのは当たり前なんだけれど、社長ってばうちの会社の登録番号『1』なんだ! 他の会社の社長さんもそうなのかな? まぁ、さっきはとっても素晴らしいむち捌きだったから、足手まといだなんて絶対にならないよね。むしろ、私が足手まといにならないようにしなきゃ。

 それと、早くこの人の能力が知りたいかな。


 次にアイが映したのは、猫のお面を被っている中年の男性でした。薄いけれど木製で、口元は開いている黒猫で、模様等の描き込みはありません。もちろん、咥えタバコ。


「ぼーん。登録番号NPS10249 ノンキャリのエスポアだよ~ん」


 一応、片手をあげて口の端だけ上げて挨拶しているけれど、とってもだるそう。猫背が余計にそう魅せるのかな? やる気が微塵も見えないんだよね。咥え煙草だし。でも、ノリはいいよね。社長に続いてギャル語で挨拶してくれるんだもん。しかも、国家公務員なんだよねこの人。


「今日は違法ダンジョンの家宅捜査と、薬を探しに入ります。あ、違うぞ~、ヤバいお薬じゃないかんな~。『モスマンジュニア』の被害者がいるから、その解毒薬を取りに行くんだよ〜ん」


 … ノリが良いのか、それとも地なのかな?


「はいは~い、エスポアさん。『モスマンジュニア』って何? 私、薬の事なんて聞いてないよ~」


「『モスマンジュニア』は、体長3センチぐらいの虫型モンスターね。蛾によく似ているけれど、人間のような二本の足がある。見た? あ、見てない。後で鑑識に見せてもらいなよ。不気味な格好だから」


 私の魔法で燃やした虫のことだ。燃え損ねたのは社長が鞭で倒してくれていたけれど、原型とどめているのがいるかな?


「口には針のように細い四本の牙。餌は動物の血で、牙で皮膚を傷つけて出てきた血を舐めるように吸い上げる。その時、モスマンジュニアの唾液にウィルスが潜んでいるとアンラッキー。ウィルスに感染して早くて1時間、遅くても3時間内に発熱・意識の混濁・全身の発疹と言った症状が現れるわけ。これね、ほおっておくと発病から48時間で心筋梗塞や脳出血を起こして最悪死亡」


 けっこう、怖いウイルスだなぁ。でも、解毒薬を取りにダンジョンに入るって言っていたから、香坂さんは大丈夫だよね?


「解毒薬は『モスマンジュニア』の巣にある『土蜜』。まぁ、詳しい事は見つけてからね。一応、被害者には制限時間があるからさ」


 それも聞いてない!


「はい、次!」


 制限時間に驚いて、アイは最後の一人にナハバームのカメラを向けました。

 白いシャツに黒のベストとスラックス。黒髪をナチュラルなオールバックにして、眼鏡を外した柔和な顔立ち。1メートル近くある『ケペシュ』というエジプトの鎌型の剣を携えたその姿は、確かに『スピリタス』でした。すかさずカルミア社長が横についてサポートです。今日は記入済みの自己紹介の紙がないから。


「カルミア社登録番号B792のスピリタス。今日も元気に無口で〜す。

そして、本日の記録は私のナハバームで撮っていくわね。さ、メンバー紹介はこの辺にして…」


 カルミア社長も時間が気になったみたいで、そそくさとスピリタスの背中を押してダンジョンの中へ入ろうとした時でした。四人の表情が一気に引き締まるのを、ナハバームはしっかり撮りました。


「バック! あぶらーの恋ナバ!」


 前にいたカルミア社長とスピリタスを押しのけるように最前線に出たアイは、ダンジョン内に向かって炎の魔法を放ちました。その間も宙にロリポップキャンディーで「T=ツма(キ」(たつまき)と書いて


「ちょえ! 私の女神様は今日も羽ばたいてるんだから!「アテナの驀進ばくしん」」


と立て続けに二発目。生まれた竜巻は、炎を巻き込んでものすごい勢いで奥へと進んで行きます。出口に向かって来ていた羽虫・モスマンジュニアを焼き落としながら。


「お見事」


 パンパンパンと手を打つエスポアとカルミア社長。


「さすがね。魔力は?」


「いぇいいぇ~い。絶好調。完璧じゃないけど、よいちょまるよん」


 最近、パギャル未満ばかりだったから、ここまでギャルならイケる! 社長に感謝!!


「とりま、レッツゴー!」


 久しぶりに思った通りに魔法が決まったアイは、気分良くダンジョンに足を踏み入れ… ようとしたら、スピリタスに肩を掴まれて二番目に。


「後方援護、頼りにしているわ」


 さらに、カルミア社長が前に出て三番目に。


「前の二人は見限ってもいいから、俺は守ってよ」


 振り返ると、エスポアは大きなシートの塊を抱えていました。咥えタバコのままで。


「それは?」


「被害者。『土蜜つちみつ』見つけたら、すぐに摂取したいからさ」


 よく見たら、リュックを背負ってる。解毒薬に必要な物かな? それだけ時間がないってこと? でも、お店のスタッフに描いてもらったマップは地下三階だけれど、広さはなかったはず。ウイルスの進行が速いとか?


「安心しなよ。これはウイルスの進行を緩やかにするための保冷シート。10分の1位のスピードに落ちてるから、巻かないよりマシだよ。ダメージはなるべく少なくな」


 そっか、そうだよね。一秒でも早く解毒した方が内臓のダメージはその分小さくて済むもんね。


「り。『盾』はこの私にお任せあれ~」


 アイは気持ちをキュッと引き締めて、スピリタスと社長の後を歩き始めました。


 ダンジョンは洞窟タイプ。ゴツゴツとした岩で、よく乾燥している。これだけ乾燥していて確り冷気が上がってきているなら、貯蔵庫代わりに使うよね。女子には敵だね、この乾燥。保湿したくなる。

 えっと… 確か、一番手前の部屋と最下層の手前の一部屋は貯蔵庫で、後は店内イベントで使っていた… と。う~ん… 見事に丸焦げ。これじゃぁ、元の形も色も分からないなぁ。出力、だいぶ押さえたんだけれどな。焼き残さないように竜巻を合わせたのが裏目に出たかな?


 アイは足元に落ちている無数の『墨』を摘まんで、ほんの少しだけ力を込めると、カシュ… と微かな音を立てて塵となって消えました。


「お嬢ちゃんみたいな魔法が使えれば、怖い虫じゃぁないんだけれどね。蜂とかアブみたいなもんだよ。検体をとりたいんなら、そのキャンデーを群れの中に入れれば一発だね」


 あ、なるほど。でも、個人的にモンスターをダンジョン外に持ち出すのは違法なんだよね。会社からの依頼があって『仕事』としてならOKなんだけれど。


 燃やすから消えちゃうんだよね。かと言って、このキャンディーを群れの中に入れるにはリスクがあるから… そうか、群れだ。


 ロリポップキャンディーをジッと見つめていたアイは、何かを思いついたようです。


 アイ、お気楽なダンジョン探索とはいかないようです。Next→



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?