目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第34話 事件?事故?現場確保!

第三十四話『事件?事故?現場確保!』


 ネイルチップを指したフォークを4本用意して、狙うは業務用冷蔵庫の四隅。投げるは両手にフォークを構えた黒崎先生。キッチン内の障害物や宙に飛ばされるヨーウィーの隙間を縫って、投げられたフォークは、狙い通り四隅に刺さりました。


「さっすが~。んじゃ、いっくよー」


 感心しながら気力を振り絞って、背筋を伸ばして立った美月は、自分の唇に指を添えました。


 魔法はイメージ! バイブス上げて… あっ、食事したからリップ取れちゃってる。塗った方が…


「ほら」


 リップを塗ろうか迷った時でした。長い指で顎をあげられて、視界いっぱいに黒崎先生の顔が、瞳が入って来ました。それはほんの数秒で、美月の唇にスッとリップが引かれると、すぐに視界から外れました。


 なに、今の… 先生の瞳って、あんなに熱そうだったっけ? リップ、つけてくれた… リップ… ハッ! 魔法! ダンジョンの入り口、崩さなきゃ。


「あ、あぶらーの恋バナ・ブレイク」


 塗りたてのリップに指先をつけて、チュッ! と投げキスをすれば


 ポワポワン、ポワワ〜ン、ポヨヨ〜ン…


「「「え!?」」」


 ピンクのハートが飛びました。それは、思わず三人の行動と思考が停止するほどのインパクト。大きかったり小さかったりとサイズは色々だけれど、入り口に固定されたネイルチップから半透明のハートがたくさん飛び出して、キッチンを漂い始めました。ヨーウィーを次々と眠らせながら。


 ポヨヨヨヨ~ン、ポワポワ~ン、ポワワワン…


 わ〜、イベントで使うバルーンみたい。… って、違う違う! 何でハート? いつもみたいにバンバンて弾けるはずなのに。ありったけの魔力込めたはずだから、冷蔵庫ぐらいは壊せるはずなのに。… たぶん。いや、なにこれ? ハートだらけ。あ、もしかして、新手のドッキリ企画? なら、どうやって?


「凄いわね、ハート。新しい魔法?」


 すっかり毒気を抜かれたカルミア社長が、鞭を丸めながら来ました。その髪や服に、爪サイズの小さなハートがあちらこちらについています。羽毛みたいに。


「おニューと言うか… 違うって、いつも通り爆発するはずで… 爆発がハートで、ハートが爆発? かわちぃ。いやいや、ハートは爆発しないけど、大ちゃん、羽ばたいてんじゃん。かわちぃ〜。じゃなくって、なにこれ?」


 キッチンの現状とカルミア社長の姿を交互に見ながら、美月とアイの間で混乱しています。


 投げキスしたから? いや、それはいつものことだから… ああ、勢いが良すぎたとか?


 カルミア社長が楽しそうに美月の頬にそっと手を添えると、横からバフ! と紙ナプキンが美月の口周りを覆いました。


 ぶっ、ちょっ、ちちょちょ待って、待って! そんなに唇を擦られたら、リップもだけど皮剥けちゃうよ。唇の皮は薄いんだから。


「学生の哀川さんに、この色は濃いですね。もう少し淡い色をお勧めします」


 あ〜、ヒリヒリし始めちゃった。ここれは魔法用のリップだもん。しかも、黒崎先生が塗ってくれたのに。って、魔法を使うのに必要だったからだけど。


「それで、モンスターは?」


 黒崎先生は紙ナプキンで美月の口周りを拭うとぱっと手を放して、視線をキッチンに向けてカルミア社長に聞きました。


 そもそも、紙ナプキンでこれだけ擦られたら、唇の周りに広がっちゃってる。ピエロじゃないんだからさぁ… 暫くこのままかぁ。


「あら、悪くないわよ。ちょっと背伸びをした感じがして、可愛いじゃない」


 紙ナプキンで口元を押さえたままの美月に、カルミア社長が軽く言います。


「モンスターは?」


 さらに、美月の髪の乱れを直そうとした、カルミア社長に、黒崎先生は少し強めの口調で聞きました。


「「素」が出始めてるわよ、黒崎先生。

 モンスターは魔法のおかげで休止状態ね。効果が何処まで届いているのか分からないけれど、新しいモンスターは出てこなさそうよ」


 揶揄からかうように黒崎先生の名前を呼んだ後、カルミア社長はキッチンの奥に視線を投げます。相変わらず、半透明のハートが浮いていました。


「あ、じゃあ、モンスター見ても良いですか? ヨーウィーの前に飛んでた羽虫が気になって。全部は焼けていないですよね?」


 紙ナプキンで口元を押さえたまま、美月がそっと片手をあげました。


「たぶん、焼け残りは居ると思うわ。でも、カウンターの向こう側には行かないほうが良いわね」


「ダンジョンには入らないし、モンスターにも気をつけるので」


 まぁ、「ついで」にダンジョンを覗くぐらい… 入り口ぐらいはいいよね? ほんのちょっと、2~3歩進むだけなら大丈夫だよね。


「モンスターの心配じゃないわよ。現場は荒らさないのが鉄則でしょう?

 黒崎先生、美月ちゃんを確保しておいてちょうだい。この子ったら、ダンジョンの事になると見境なくなっちゃうんだから。

 あ、シバちゃん? お久しぶり~。今大丈夫かしら?」


 そう言って、カルミア社長はスマートホンでどこかに電話をし始めました。


「現場?」


 黒崎先生は美月に不思議そうな顔を向けられ、「さあ?」と小首を傾げました。


「ここ、違法営業よ。面倒なことに巻き込まれたくなかったら、私の言う事を聞いてね。

… あ、そうそう、聞こえた? うん、そうよ。今のはうちの子」


 コソっと教えてくれたカルミア社長。その言葉に美月と黒崎先生は、もう一度顔を見合わせました。


 美月、魔法の効果は気持ちも大事! と意気込んだら、新しい魔法が出来ちゃった。Next→


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?