第三十三話『パギャルのへっぽこ魔法と、オネェの絶品ムチ捌き』
モニターは倒れた時に打ち所が悪かったのか、どこをどういじってみても画面は直りませんでした。
「叩いたら直るかしら? ショック療法みたいな感じ」
「昭和の家電じゃないのですから。席を代わりましょう」
モニターの左上、斜め45度に手刀を構えたカルミア社長をやんわりと止めながら、黒崎先生は空になった食器類を手にして席を立ちます。美月は自分と黒崎先生の荷物を持って、慌ててその後を追いました。
他の席も軒並み爆風の被害にあっていて、美月達のように席を代わる客もそこそこ。中には店から出て行く客も。
「きゃー! ノリ君!!」
被害の少ないテーブルを探してキョロキョロしていると、レジカウンターの奥から香坂の悲鳴が響いて来ました。必死の悲鳴に反応した美月達は、レジカウンターに駆け寄って奥のキッチンを覗き込みます。
「いや~! ヤダヤダヤダ!! ノリ君、マジ何とかしてぇ」
「香坂さん?」
人が1、2、3… 5人。あ、香坂さん気絶しちゃった。 何だろう? ここからだとシンクが邪魔で下が見えないけれど、全員の視線は床の方にある。何かから逃げているような動き。虫?
「ここから出てきたのだけ、叩いてね」
美月が状況判断に戸惑っていると、カルミア社長がトントンとカウンターを叩いて
「え? しゃ、社長…」
戸惑う美月の横で黒崎先生もカウンターを飛び越えて、カウンター下にしまってあるカトラリーケースを2つ、カウンターに出しました。
「哀川さん、魔法は?」
美月の隣に戻った黒崎先生はカトラリーケースの中からナイフとフォークを手にして、ジッと前を向きます。その先には狭いキッチンの中で、細い鞭を器用に使いこなしているカルミア社長。その視線と鞭は下を向いていて、鞭の先が弾くのか、時々黒くて小さなモノが宙に浮いてはシンクの影に沈みました。
あの黒いのって、大きさはネズミぐらいだけれど、姿形は昆虫っぽかったよね。… 超巨大なアレかな?
「この状態だと、発動してもへっぽこです」
パギャルもいいとこだもん。今の私は、アイテムを使って何とか対応できるかな? てレベル。
美月は自分の鞄から化粧ポーチを取り出して、二人分の荷物を床に落としました。ポーチの中身をカウンターにぶちまけて、ロリポップキャンディーとネイルチップを並べました。
爪先に向かって、濃い赤から黒に塗ったネイルチップ。火力増加を狙って作ってみたけれど、どれぐらいの威力が出るかな? とりあえず、防御魔法だけは発動させておこう。弱い壁だろうけれど。ワンクッションぐらいでも、あった方が良いよね。格好はどうあれ、気持ちは『ギャル!』。今の私はダンジョン探索者の『アイ』。
気持ちを切り替えた美月は、素早くロリポップキャンディーを咥えて、魔法を発動させました。
「シールド・ヤヌスの門」
うーん… そよ風。発動したけれど、いつもの10分の1ってとこかなぁ? あ、こっちに飛んで来た。
「フォローのメインは僕が」
シュ! と、飛んで来る黒い物体に、黒崎先生がフォークを投げて下に落としました。
黒崎先生って、刃物全般の取り扱いが得意なのかな? 綺麗に下に落ちて行くけれど、床で標本みたいになっているのかな? あ~、カウンターとかシンクが邪魔。どんな生物なのか確認したいんだけど、後でさせてくれるかな?
「後ろの野次馬に見えない様に、何か目隠しできますか?」
チラッと黒崎先生を見ていた美月は、慌てて後ろを振り向きました。キッチンから響く悲鳴に、店内のお客さんが遠巻きながらも集まって来ていて、慌てて元の体勢に戻りました。ヤバ、顔、見られちゃう!
「私達の姿がぼやければOKだよね?」
美月は勢いよく後ろを向いて項垂れると、ロリポップキャンディーで「シ→ルド」「囦繭」(水繭)と書いて「バースト」と、ロリポップキャンディーで叩きました。本当なら水の触手が勢いよく現れて、対象を包み込んで水の繭になるんです。そして「バースト」でその繭が熟れた果実が種を飛ばすように、中から弾け飛んで水が空間全体に飛び散るのですが…
「これって、不幸中の幸いって言うのかな? 良い感じに機能してる」
魔法で現れた水の触手は、野次馬を包み込むことなく膨張するだけ膨張して、炭酸水のように触手の中で小さく細かい爆発を繰り返していました。まるで磨りガラスみたいに美月達の間に浮遊しています。ついでに数人が磨りガラスを越えようとすると、バチン! と弾き返すことは出来ました。
「上等です」
黒崎先生は構えた3本のフォークを華麗に投げつけて三体の生物を叩き落とすと、満足げに言いました。
「パギャルでも良きなら、ご褒美よろ~」
黒崎先生がメインフォローしてくれるなら、メイクしちゃおっかな? 魔力、上がるもんね。
「香坂さんがいますよ」
前を向いたままで黒崎先生が言うと、コンパクトミラーに伸ばした美月の手がビクっと止まりました。
そうだった。香坂さんがいるんだ。メイクしていたら、何て言ってごまかせばいいか…。やめておこう。パギャルで乗り切ろう。盛れてる盛れてる! 今日も私、羽ばたいてる!
「にしてもさ、シャチョ―の鞭すごくない? あんな狭い所なのにさ、ぶつかったり絡んだりしないで的確に倒してんじゃん」
本当に、カウンターとシンクが邪魔。全貌が見れないのは惜しいなぁ。中の人達は、キッチンの裏口から逃げたから、随分と動きやすくなったみたい。
「的も小さくてチョロチョロしていますからね。彼の鞭の腕は一流ですよ」
先生の腕も一流だよね。でも、そんな2人が認めた多岐川エレキテルのカルテットチームは、相当な凄腕だって事だよね。観たいなぁ~。配信の続きが速く観たいよぉ。
「三時の方向!」
それまで無言で鞭を振るっていたカルミア社長が、真剣な声で指示を出してきました。美月と黒崎先生は即座に向かって右側を見ました。同時に、カルミア社長の鞭が大きくしなり、視線の先きにある、開きっぱなしになっていた業務用冷蔵庫のドアを吹き飛ばしました。
「ひっ!」
サッと黒崎先生が美月を引き寄せるのと同時に、美月の喉から空気の塊が飛び出します。そして、次の瞬間にはガゴン! と大きな音を立てて、冷蔵庫のドアがカウンターに着地しました。
3分の1はカウンターにめり込んだよね。
「来ましたよ」
めり込んでいるドアを横目に鳥肌を立てていると、黒崎先生が左右の手にナイフを握ってカウンターに上がりました。
ドアが無くなった業務用冷蔵庫から、ブブブブブブと低い羽音と共に細かい虫がワッと大量に飛び立ちました。美月はサッとロリポップキャンディーを銃に見立てて、虫の塊の中心に標準を合わせます。
もしかして、もしかしなくてもダンジョンの入り口?! こんな所に?! いやいや、まずはあの羽虫の駆除でしょう。入るのはその後!
魔法はイメージ! いつも以上の魔力を込める。種火は小さくっても、熱量は骨まで焼き尽くすぐらい半端ないんだから。
「あぶらーの恋バナ!」
バン! と引き金を引くつもりでクン! とロリポップキャンディーを上げました。飛び出したのは今にも消えてしまいそうな人魂のような火の玉。それがヘロヘロと蛇行しながら虫達に向かって行きます。
「バイブス上げてこ! レッツ・ブレイク!!」
パチン!
と勢いよく指を鳴らした瞬間そのヘロヘロ人魂の火の玉は、バチバチバチと音を立てて縦横無尽に飛び散りました。まるで夜空に上がった大輪の花火のように、もしくは、よーく熱したたっぷりの油の中に水を差したように。その小さな火の粉は、小さな虫を余すことなく焼き落としました。焼けても飛んでいる虫は、カルミア社長が鞭で叩き落としていきます。
「お見事」
「あ、あざーす」
さすが私。やれば出来る子。でも、予想以上の火力。しかも、疲労も予想以上。持久走をスタートからゴールまで、全速力で走りぬいた感じ。今の一発で、魔力の7割は持って行かれたかな。
美月は噴き出した汗を拭う事も出来ず、肩で呼吸を繰り返しながらカウンターに両手をつくと、出して置いたロリポップキャンディーを手に取って口に突っ込みました。先に持っている一本と一緒に。
「入り口、崩せるかしら?」
カルミア社長の鞭は、まだまだ止まりません。
「え! 入っちゃ駄目ぇ?」
入り口崩したら、入れなくなっちゃう。せっかくのダンジョンが~。
「今は駄目よ」
「はぁ~い」
ビシャ! と、ひときわ鋭い鞭の音に、美月は思わず身を縮めました。声はいつもと変わらないから、余計に怖いんです。
もうもうもう! 羽虫の次は何? ヨーウィー?! 次から次と、休みなく出て来るんだから! 私は中に入りたいのに、探索したいのにぃ~。
酷い倦怠感を感じ始めてカウンターに沈み始めた体を、美月は両腕でグッと持ち上げて業務用冷蔵庫の方を向きました。次にそこから出てきたのは、トカゲに似た中型犬ぐらいの大きさのモンスター御一行。胴体から蛇のような尾まで深緑の細かい鱗がビッシリ覆っていて、カブトムシのような細くてトゲトゲした6本の脚をサカサカと動かしながら、鞭で宙に飛ばされています。
残りの魔力は3割ってところかな。魔力だけであの入り口を崩すのは無理だから…
「センセー、これ、飛ばしてくんない?」
美月はカウンターに出していた10枚のネイルチップを、全て黒崎先生に手渡しました。
美月、パギャルでもバイブス上げて、心は羽ばたいています。魔力がつきかけて、今にも倒れそうですけれど。Next→