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第30話 ダンジョンバーで秘密の会議

第三十話『ダンジョンバーで秘密の会議』


 ギャルに近づいたと思った昨日だけれど、長年の性格と行動がそうそう変わるわけもなく。今朝もキッチリ三つ編みに、黑い丸眼鏡、校則に準じた制服の着こなし。ただ、一つ違うのは、リップの色。


「確かに、これは「あげみざわ」だ」


 朝、鏡の前でリップを塗りながら感じた高揚感。「これから一日が始まる」て言う時に、気分がアガルのは好きかも。慣れるまで、ちょっとかかりそうだけれど。


 自分以外、リップが昨日と違うなんて思っていない。自意識過剰だ。と自分に言い聞かせながら、美月はいつも通りのバスに乗っていました。スマートホンの画面には、少し前のダンジョン配信。それをぼんやりと眺めながら、やっぱり意識は唇に在りました。


 そんな、ちょっとフワフワしていた美月の意識がピリッとしたのは、学校についてから。校舎の一番端、一階の階段下のある小さな『生徒指導室』を前に、美月の顔は緊張感でピリピリしていました。


「結界、生きていますように」


 ふぅ… と大きく息を吐いて、職員室で借りた鍵でドアを開けます。ソロソロと中を伺うと…


「綺麗になってる」


 床には埃の一つもありません。


 そうか。昨日感じた違和感は、これだ。この部屋、ほとんど使わないのに、どこにも埃が無かったんだ。きっと、黒崎先生がマメに掃除をしているんだろうな。何のために? … ここに入った形跡を消すために。


 美月は自問自答しながら部屋中を見渡して、最後に壊れた清掃用ロッカーを見つめました。


「魔法陣が消されてる。昨日、さまよう鎧が出て来る時、扉が吹き飛ばされたはずなのに」


 古いけれど、新しい。微妙に扉の色が違う。これだけ別のを付けたんだ。まぁ、魔法陣の描かれたボコボコの扉より、色が少し違うだけの扉の方が自然だもんね。


 扉に触れて確かめようとしたのに、なんとなく違和感を感じて手をひっこめました。


「スピリタスさんの探索していたダンジョンがここだとしたら、モンスターが出てこようとしたのは昨日のあの時だけ? だから結界をしなくても大丈夫なの? じゃぁ、なんであの時は出て来たんだろう」


 凄く、嫌な感じがする。このロッカーもだけれど、この考え自体が嫌な感じ。このまま一人で考えるのもなぁ…。放課後、会社によって社長に相談しようかな。そうだ、社長に電話… は、もうしたよね。ここまで原状回復出来ているんだもん。それにしても


「あの人、どっちが本性なんだろう? どっち? じゃなくって「どれ」か」


 なんて、ここまで想像膨らませておいて、全然違ったらどうしよう。


「何を百面相しているのですか?」


 ロッカーを見つめながらブツブツ呟いていた美月は、不意に声をかけられて飛び上がるほど驚きました。


「あ… お… おはようござい… ます」


 呪われた人形のように、ギチギチと首を回しながら挨拶をする美月を、黒崎先生は出入り口に立っていつも通りの笑顔で迎えてくれました。


「おはようございます。その清掃用ロッカー、壊れているので近づかない方が良いですよ」


「… はい」


 今日は、その笑顔が怖いな。黒崎先生が何を考えているのか分からないんだもの。とりあえず、考えるのは放課後にしよう。放課後、会社に行って社長に話を聞いてもらおう。


 かといって、何を話せばいいのかもわからず、美月は無言で黒崎先生の前を通り抜けました。心臓をバクバクさせながら。



 社長、忙しいのに時間作ってくれるなんて、本当にありがたい。昨日の『日本ダンジョン探索組合』(『JDSA』)の発表の件で、ますます忙しいのに。短時間で気持ち切り替えなきゃ。


「な~んて思っていたのになぁ」


 放課後、美月が腰を落ちつかせたのは、そこそこお客さんが入っている『ダンジョンバー』の四人席。大きなモニターはあちらこちらの壁に、小さいモニターは各テーブルやカウンター席一つ一つに。お客さんは好きな過去配信や生配信を見ながらお酒や食事を楽しめるようになっていて、壁のモニターでは人気の高い配信者の生配信が流れているのが常でした。けれど、昨日の『JDSA』の発表のおかげで、新しくても数カ月前の過去配信しか流れていません。


 私の着替えを用意しているとか、用意周到すぎるよね。


 甘さ控えめのホット抹茶ソイを啜りながら、壁の大きなモニターを見つめている美月は、デニムパンツにネイビーのスポーツTシャツ。白のスニーカー付きです。


 ギャル服じゃないのは有難いけれど、サイズがピッタリなんだよね。なんで分かったんだろう?


「そのリップ、お気に入りですか?」


 黒崎先生が、大きなトレーを抱えて戻って来ました。テーブルの上に置かれたのは、生クリームたっぷりのミルクココアと、果物と生クリームがタップリのったパンケーキ。クラブサンドとポテトの盛り合わせ。


「友達が買ってくれたんです」


 リップの事に触れられると、昨日のことを思い出して赤面しそうになる美月です。


「ああ、香坂さんと小川さんですね。では、それを使い終わったら、今度は僕がプレゼントします。使ってくださいね」


 … 意味深なんだけど。いや、これ以上の深追いは止めよう。


「せ、先生は、甘党なんですね」


 私が頼んだの、クラブサンドだもんね。ココアとパンケーキは先生のだろうけれど、とっても甘そう。シスターさん、こういうの好きだろうな。


 美月の隣に座った黒崎先生は、さっそくココアを一口。


「甘いものは正義だと思っていますから。あ、どなたの配信を観ますか? お気に入りの方は?」


 テーブルの上についている小さなモニターのリモコンを取って、黒崎先生は慣れた手つきで操作していきます。


 タヌキと狐の化かし合い。て、こういう状態を言うのかな? 悪人じゃないけれど。私の正体ばれているんだから、もういいかな? この状態で隠しているのも馬鹿らしくなってきちゃったし。


「一番観たいのは、金曜日と土曜日のアイの生配信です。スピリタスさん、バロンさん、シスターさんのグループの配信も観たいです」


「研究熱心ですね。けれど、残念ですが、それは配信中止リストに入っていますよ」


 そんな事、知ってますよ。まぁ、わざとだって黒崎先生も分かっているよね。そもそも聞かなくっても良かったんじゃない? このチャンネル、迷わずつけたもん。


「この配信は、四カ月前のものですね。この探索者はeagle社の方で、保険レベルは3。中堅と言ったところですが、魔法と剣が使えるバランス型です」


 確かに。モニターの中の白衣の男性は、攻撃魔法を使いながら剣も振るってる。モンスターはゴブリンだけれど、そんなに数はいないんだ。


「ダンジョンマップによると…」


 黒崎先生がリモコンのボタンを押すと、画面の左半分が半透明のダンジョンマップで覆われました。


「ここ。今開けようとしている扉。これはダンジョンマップにないんですよね」


「本当だ。でも、ダンジョンの自然増設は無い事じゃないですよね?」


 あ、このポテト、お芋の味がしっかりしていて美味しい。


「確かに。けれど…」


 開かない? それとも、開けるのを止めたのかな? あ、開かないんだ。一生懸命、押したり引いたりしている。


「では、次です。こちらも四カ月前」


 画面がパッと変わって、今回は初めからダンジョンマップが出ています。


「ここですね。この扉。マップにはないものです」


 で、また開かないんだ。


「こちらは三カ月前」


 やっぱりマップにない扉が出来ていて、やっぱり開かない。ダンジョンの自然増設はあってもおかしくはないけれど、開かないって言うのはどうなんだろう? あ、こっちのもだ。


「ダンジョンの自然増設で扉が現れ始めたのは約四カ月前から。二カ月前の配信はストップしていて今は見られませんが、一か月前までは同じ現象が確認されています」


「どれ一つ、開かなかったって事ですか?」


 内装工事中とか? ないない。


「そうなんですよ。鍵穴も無いのに開かないとか、岩に描かれた扉みたいだったとか、まぁ、開かなかったわけです」


「けれど、ここにきてその扉が開きだしたんですよ」


 黒崎先生は、鞄からスッとUSBを取り出して、モニターの後ろに差し込みました。


「… 先生、このデータを私に見せてもいいんですか?」


 もしかしたら、会社のデータかもしれない。もしそうだとしたら、先生は自分の正体を認めちゃうことになるよね。


「聞いてくれるなんて、優しいですね。このデータは貴女の今後に、深く関係していると思います。貴女の人生を左右するものです」


え―… そんな重いデータなの? 観るの怖いなぁ。


「ちょっと、待ってください。心の準備をさせてください」


 とりあえず、お腹がいっぱいになればマイナスな事は考えないよね。少ししか。


 そう思って、美月はクラブサンドに齧り付いました。


 美月、気になるのは黒崎先生の正体と怪しいデータ。お腹を満たしてから取り掛かるようです。Next→



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