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第27話 穏やかで優しい黒崎先生の秘密?

第二十七話『穏やかで優しい黒崎先生の秘密?』


 とりあえず、美月は慌てて背中からドアに体当たりしました。


「あー! 先生、少し、少しだけ待ってください!!」


「哀川さん?」


「あ、あの、今… その…」


 こういう時の言い訳って、何がいいのか分からないんだよね。


 頭の中が真っ白になりながらも、手は動かしています。ルーズソックスを脱ぎ捨てて、スカートのウエストとリボンタイを直して… とにかく「いつも通り」の美月を繕って、椅子に座りました。


「哀川さん、何かありましたか?」


 ソロソロと入ってきた黒崎先生は、美月の向かいの席に座りながら様子を伺っています。美月はその視線から逃げるように、そっと斜め下を向きながら、机の上に出しておいたロリポップキャンディーを、黒崎先生に進めました。「これで、誤魔化されて下さい」との、下心を込めて。


「何かあったと言うか、えっと…」


 ほどいた髪で顔を隠すように撫でながら、言葉を探します。


 まずい! ゴブリンの腕が転がってる。血も出ちゃってるし、どうしよう。


「ん? 何だか臭いますね」


 それはゴブリンの血の匂いです、先生! 


「窓、開けましょうか」


 黒崎先生が席を立って窓を開け始めた瞬間、美月は転がっているゴブリンの腕を蹴って、清掃ロッカーの陰に転がします。同時に、窓を開けた黒崎先生が振り返りました。


「あれ? ロッカーが変ですね。誰が悪戯描きしたんでしょうか?」


 そうだよね。ロッカー、気がついちゃうよね。うん、悪戯描きにしておこう。誰かの悪戯にしちゃおう。


「この部屋、あまり使わないから、溜まり場になっているのかもしれないですね。床も汚されていて…」


 校舎の端にある生徒指導室なんて、滅多な事じゃ使わない部屋。そうとうな問題を起こした生徒が先生と対話をしたり、他の生徒に知られたくない話をする時の部屋だから、日常には使わないんだよね。だからいつも綺麗… 綺麗なのは当たり前だけれど、何だか違和感。… ああ、でも、この言い訳なら自然だよね? このまま、部屋から出て鍵を閉めれば…


「おやおや、これは大変ですね。臭いのもとは、その液体でしょうか? 掃除しておかないと」


 さすが、風紀委員担当! 教室の乱れは風紀の乱れに繋がりますよね。ごもっともです。でも、今はロッカーを開けないで〜。


「私も掃除をしようとしたんですけれど、開かないんです。ひとまず、廊下か保健室のロッカーから…」


 美月がロッカーと黒崎先生の間に立って、部屋の外に誘導しようとした時でした。


 ガタ! ガタガタガタ!!


 今!? 今、動いちゃうのぉ〜! もうちょっと空気読んでよ~。


 清掃用ロッカーが激しく動き出し、ギギ… ギギ… と、今にも扉が開きそうです。


 こうなったら、先生に眠ってもらって…


 ガン!


 美月の背後を、空気の塊が勢いよく通過します。黒崎先生は瞬時に美月を抱き寄せて、クルッとロッカーに背を向けました。


 もしかして、もしかしなくても、防御魔法で張った結界、破られた?! やっぱり、弱かったかぁ〜。


「哀川さん、このまま目をつぶっていてくださいね」


あの時、もう一度結界を張っておけば… と後悔している美月を机の陰に座らせると、黒崎先生はスッと美月の両目を片手で覆いました。


「は、はい」


戸惑いながら返事をした美月に机の上の鞄を握らせると、黒崎先生はロッカーの方に向かって立ちました。


 先生、どうするつもりですか?! そんな所に立っていたら、危ないですよ! 私に任せてくれれば… て、今、パギャルどころじゃなかった。パギャルにさえなれてない。


 目をつぶれと言われて素直に従う美月ではなく、黒崎先生が離れたと分かると、確り目を開けて黒崎先生を視線で追います。鞄を抱きしめながら。


「随分と派手な入校ですが、入校許可はおりていますか?」


 ロッカーの扉が中から吹き飛ばされていて、中から甲冑を鳴らしながら、さまよう鎧が出てきました。


 黒崎先生は美月が座っていた椅子を手に、じっとさまよう鎧の動きを警戒しています。


 えっ?! 先生、戦う気? パイプ椅子VS剣って、勝負になるの? 


 さまよう鎧が動いた瞬間、黒崎先生は持っていたパイプ椅子を勢いよく左にスライドさせて、さまよう鎧の手から剣を叩き落としました。そのまま左側の首元まで持ち上げて、左から右横腹へと袈裟斬りにしました。パイプ椅子で。


 ガシャガシャガシャ!


 甲冑の音が響いて、さまよう鎧が転倒します。その間に黒崎先生はさまよう鎧が落とした剣を拾い、間髪入れずに関節に切り込みました。


 戦い慣れてる。無駄なく急所だけ攻めてる。モンスターを怖がるどころか反撃の隙を与えないなんて。黒崎先生って、何者なの?


 美月は疑問に思いながら、じっと黒崎先生の動きを観察します。黒崎先生は立ち上がると、剣をロッカーに向けて半身を引いて構えました。さまよう鎧は一体だけでなかったようで、開いたロッカーの中からもう一体姿を出すも、先の一体の様に切り込まれ転がされ、更にもう一体…。


「無駄に生徒の不安を煽ることになりかねませんので、入校許可がないのでしたら、早々にお引き取りください」


 いつもと変わらない、物腰の柔らかい声。チラチラと見える横顔も、いつもの優しい顔。けれど、首から下は…。 身体の動きは最小限。細やかに動く剣先がヒュヒュと空を鳴らして、確実にさまよう鎧の関節を切り込んでいく。ひらひらと、まるで笹の葉が舞い落ちるような攻撃。さまよう鎧は反撃することも出来ずに倒れて行く…。


「なんて綺麗なんだろう」


思わず声を出したことに、美月は気が付きませんでした。もちろん、その声がウットリとしていたことも。


でも、この身体の動き、どこかで見たことがある。太刀筋もなんとなくだけれど、覚えがあるような…。


 合計四体。さまよう鎧はロッカーから出た瞬間に切り込まれ、横になぎ倒されました。黒崎先生はそれらが動かないのを足で確認すると、清掃用ロッカーの中に投げ入れ始めました。


 え、戻すの? 確かに、出てきたのだから入るだろうけれど。まぁ、そのままにしておけないか。でも、けっこう重いよね、鎧だもの。投げ入れる事ができるなんて、見かけによらず筋肉質なのかな?


「哀川さん」


「は、はいぃぃ!」 


 名前を呼ばれた美月は慌てて目を瞑って、鞄を抱え込んで小さくなりました。


 見てない、見てない。私は何も見ていません!


 ガン! ゴン! ガラガラガラ… と聞こえる荒々しい音に身を震わせていると、ポンポンと背中を優しく叩かれました。


「もう、大丈夫ですよ。やっぱり、こんな何も無い殺風景な部屋ではなく、美味しいものでも食べながらお話をしましょうか。お待たせしてしまったので、お詫びにご馳走させてくださいね」


 に〜っこり微笑んでいるけれど、眼鏡の奥がわらっていないよ~。

「何も無い、殺風景な…」て、無かったことにしろ。てことだよね? 「ご馳走させてください…」は口止め料ってこと? 今はモンスターなんかより、黒崎先生の方が怖い。


 カタカタと震えながら黒崎先生を見上げる美月。その下唇を、黒崎先生の親指がそっとなぞり


「そのリップ、とてもお似合いですよ」


 軽く湾曲した先生自身の唇に、そっと押し当てました。


え、その、あの… えー!!


 美月の体の震えは止まって、顔どころか首元までポン! と一気に赤くなりました。


 先生、絶対に遊び人だ! ファンの子達、騙されてる! 絶対、何人も彼女がいる!!


「さ、行きましょうか」


 口をパクパクさせて、声にならない声を出している美月を見て、黒崎先生はクスっと笑って手を差し出しました。スマートに差し出された手に、真っ赤になって震える自分の手を置いて、美月は思いました。


「これ、選択肢はないやつだ」と。


 美月、黒崎先生の意外な二面? を見て困惑中。けれど、そこの野良ダンジョンはそのままでいいのかな? Next→

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