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第25話 日本ダンジョン探索組合の発表

第二十五話『日本ダンジョン探索組合の発表』


 白の解禁シャツにネイビーのスラックス姿の黒崎先生の笑顔を受けて、美月はきちんと頭を下げました。


「おはようございます、黒崎先生」


「哀川さん、今日は清掃当番だったのですね。挨拶当番ではないとは分かっていたのですが、バスで会わなかったので具合でも悪いのかと」


 黒崎先生はスッと上半身を少しかがめて、美月の耳もとに手をあてて続けます。


「ダンジョンの事で、ちょっと聞きたいことがありまして」


「はぁ…」


 ダンジョン配信を見ている事、他の生徒には内緒にしたいのかな? 生徒も先生も、視ている人は多いいから気にしなくても良いと思うんだけれど。


「一昨日の配信で気になることがありまして、哀川さんの意見を伺いたいと思って…」


 黒崎先生は腕時計で時間を確認すると、軽いため息をついて香坂と高浜先生を見ました。


「あちら、直ぐに終わりそうにないので、放課後に少しだけお時間良いですか? お昼休みはお友だちと過ごしますよね? あ、放課後も何か用事があったりしますか?」


 あ、黒崎先生が止めてくれるんだ。あの二人の間に入れるなんて凄いな。


「あ、いえ。放課後は空いています。大丈夫です」


 一昨日の配信… 『アイ』のだったら楽に答えられるんだけれど、他の配信者のだったら未チェックなんだよね。眠っている間に、配信停止になっちゃったから。あ、そうだった。 一昨日の配信はもう視れなくなっているんだった。黒崎先生、その事を知らないのかな?


「黒崎先生、一昨日の配信は…」


 教えておこう。とした時でした。周りからピコン! ポコン! ピロピロ~! と、一斉に通知音が鳴り響きました。それに驚いて、生徒達は慌てて鞄やポケットを漁ったり、手にしていたスマートホンを確認します。


「ちょっ、なになに~?」


 もちろん、香坂も肩から下げていたスマートホンを確認します。数人の生徒や高浜先生は、そんな生徒達をアタフタと見渡していました。美月はスマートホンのバイブで気が付いて、周りの生徒の様子を見つつ自分のスマートホンを確認しました。画面右上の通知ベルがチカチカしているのに気が付いて、登録チャンネルを開くと…


「え… なにこれ?」


 画面を見て思わず怪訝な表情になった美月を見て、黒崎先生が「失礼」と声をかけてスマートホンを覗き込みました。


『大型野良ダンジョンに関する初期データ』

ダンジョンタイプ: 中世の城

出 現 場 所 : ランダム・他のダンジョンの扉

出現モンスター : 中級〜上級・骸骨剣士・黒蜘蛛・ヨーウィ―・キメラ・          

          西の魔女

全 体 階 層 : 未確認

取得 アイテム : 黒蜘蛛の糸(回復能力有・解析中)

探  索  者 : 5グループ・単独2

特     記 : 不特定多数の他ダンジョンの扉からの想定外ワープ。

準備不足もあり重体、重症者多数。


『上記ダンジョンに対する組合の対策』

①ダンジョン保険の基本掛け金の引き上げ。同時に支払金の引き上げ。

②出現条件が曖昧なため、ダンジョン保険未加入と保険レベル4以下の加入探索者は、暫くの間全ダンジョンの探索禁止。

③②を破ってのダンジョン探索中の怪我は、保険適用外とする。

④給料補償等の対応は各登録会社にて執り行う。

⑤ダンジョンの生配信に関しては各探索者の判断に委ねる事と、閲覧可能年齢を20歳とする。なお、20歳以下の者が視聴したさい、心身に害があったとしても、配信者並びに各関係会社、協会は責任を負わないものとする。

⑥記録を編集し、各登録会社確認の上配信・ダンジョン外の配信はかまわないものとする。

⑦今後暫くの間、ダンジョン探索をする際には最低2人で行うこと。

⑧国外ダンジョンからのワープであっても、上記条件を適応する事とする。



 週明けの朝、通勤通学時間を狙ったかのようなI‐Tube の配信元は『日本ダンジョン探索組合』、通称『JDSA』からでした。各登録会社のネット配信を通じて、全世界を対象に今回の大型野良ダンジョンに対する対応策を発表したもので、それは全世界に衝撃を与えるには十分で、各メディアは早々に取り上げ巷はこの話題で溢れていました。


「ダンジョン配信のヤツ、見た?」


「組合の対策とか言うヤツでしょ? 見た見た。あれ、ヤバくない?」


「うちの推し、保険レベル低いから暫く活動出来ないって、さっき配信してた〜。マジ最悪」


 放課後です。朝の配信のおかげで、学校中がいつも以上の賑わいになっています。ダンジョンに関する関係各社も一般の人達と同じタイミングで通達を受けたようで、今回の事に対する各社の対応がお昼後らからSNSやメディアを通して流れ始めました。


「保険レベル4以下って、4は入るん?」


「バ〜カ。入るよ、入る」


「保険レベル4以下とか言ってもさ、5がマックスだから… 探索者の全体の何割が活動出来るんだかな? 俺の推し、保険レベル上げてみるとか言ってたけど、そんなに簡単に上げられるもんなんかな?」


 上げられるわけないよ。会社の査定が入るもの。もし、会社の査定を無視して強引に上げたとしても、掛け金が滅茶苦茶高いんだから。査定が通れば、会社が掛け金の7割は持ってくれるんだけれどね。


「つーか俺、再来週のライブ、めっちゃ苦労してチケット手に入れたのに、中止だって!」


「ライブて、ダンジョン探索者の『オカメにゃんこちゃん』のダンジョンライブ?」


「そうそう、それ。ライブ後の握手会チケットまでゲット出来たのにぃ〜!」


どこで野良ダンジョンに繋がっているか分からないもんね。一般市民に被害が出たら、賠償問題とかになっちゃうだろうから、会社も慎重になるよね。

それにしても、結構な騒動だな。学校内だけでこんな騒ぎになっているんだから、巷は凄そうだな~。会社の連絡があるまで、余計な情報は入れない方が良いかな?


 ざわついている廊下をスンとした顔で歩きながらも、美月の耳は周りの声を細かく拾っています。


「うちの三沢、家族でダンジョンランド行く予定だったらしいよ」


「え?! あの家族サービス皆無に等しくて、離婚秒読みって言われてる三沢?」


 三沢先生? 確か三年生の体育だったよね。学生時代からバレーが大好きで、子ども達にバレーを教えたいから体育の先生になった熱血先生だって、風紀委員の先輩に聞いた事がある。


 自分を追い越して行く2人組の男子生徒の話が気になって、美月の歩幅が大きくなりました。


「そうそう。うちの顧問の三沢。自分もバレー大好き人間でプレーヤーだったから、部活に命かけちゃってんじゃん。で、ついに一昨日の練習試合の終わりに奥さんが乗り込んできて「家族とバレー、どっちが大切なのよ!!」て、部員達の前で奥さんに切れられてたんだよね」


「それで、急遽家族サービスする気になったと」


 あちゃ~、それは慌てるよね。家族サービスするよね。


「いや、「離婚もやむなし」て部活を選ぼうとしたんだよ。でも、成沢が慌てて二人の間に入って説得はじまってさ~」


「成沢、経験者だもんなぁ~。て、いや待て待て。三沢、速攻でバレー選んだの? その場で? 部員の前で?」


「そう。俺たちの前で。言われて一呼吸おいてから」


「バカだろう。三沢、馬鹿だろう」


「「バカだ」」


 呆れた男子生徒の声に重なって、美月も思わず呟きました。脳裏に一人の人物を思い浮かべながら。けれど、女子の声は美月だけじゃなくって、もう一人…


「でも、三沢ッチの気持ちも分かるなぁ~」


 香坂でした。ジャラジャラと色々なアクセサリーを付けた鞄を右手に、左手に紙を持ってウンウンと頷いています。


「三沢先生の気持ち?」


「そ。ワタシも彼ピッピにギャルをヤメローって言われたら、彼ピッピと別れるとおも。だって、ギャルじゃないワタシはワタシじゃないしぃ。まぁ、そもそもそんな事を言う男を彼ピッピに選ばないけど~」


 なるほどね。ギャルであることが香坂さんであることなんだね。今朝、高浜先生にも同じ事を言ってたっけ。


「ミズッチはさ、何が一番大事?」


「え?」


 不意に話題を自分に振られて、美月は驚きました。


「ミズッチて、クラスでも影薄いじゃん。ひんせーほこーだっけ? 正しいことしかしなくって、礼儀正しいってやつ」


 まぁ、影薄い事は否定しない。目立ちたくないもの。学校生活は、日々静かに過ごしたいから。でも…


「品行方正」


 ではない気がする。ただ、学校生活を送っている中で私の行動が、高浜先生の言いう『規律』から出ていないだけ。たまたまだと思う。


「あ、そうなん? まぁ、なんでもいいけどさ、そんなミズッチが熱くなるモノってなんなん?」


 私が熱くなるモノ。それは『ダンジョン探索』しかないよね。独りで探索している時は自覚なかったけれど、シスターさん達と探索している時は我儘しちゃってるよね。スピリタスさんは私の一言でキング・クロコダイルに飲み込まれちゃったし、この前のダンジョンもシスターさんの言葉に甘えて大変な事になっちゃったし… ダンジョン探索に関しては品行方正にはなれないよね。


「ワタシさ、ミズッチって『裏』あんじゃね? て思ってんだよね~」


 え?!


 香坂はニマっと人の悪い笑みを浮かべて、美月の顔を覗き込みました。



 美月、『日本ダンジョン探索組合』の発表で、ダンジョン探索が変わっちゃうかも? さぁ、野良ダンジョンはどうする? Next→




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