第二十四話『ギャルはギャルの為に生きるんです!』
ふぅ… と小さなため息で昨日までの回想を終わらせると、ちょっと
「仕方がないとは言え、動画チェックをしながら一人反省会が出来ないのはスッキリしないなぁ。今回は反省点がたくさんあるはずなんだけれど… パソコンで配信チェックしようにも、ダンジョンに関する配信自体がストップしちゃってたしなぁ」
昨日、会社で配信用のスマートホンとナハバームを回収された美月は、少し欲求不満を感じています。ダンジョン探索中や眠っていた時のニュースチェックだけでは、それを紛らわす事が出来なくて、少しモヤモヤしていました。
金曜と土曜の配信だけじゃなくって、一ヶ月前から昨日までの配信が見られなくなっていた。まぁ、今回の事は只事ではない事は確かだよね。難しいことは会社に任せて、私は…
「マジ、はや~」
雀の
「おはようございます。香坂さん」
香坂楓。美月のクラスメイトで、『罰掃除』の常連組の一人です。制服のスカートは膝上10センチ、胸元は大きく開いて、リボンはダラリとついているだけ。長い髪は綺麗なピンク色のバイヤレージュに染めて、綺麗に巻いてあります。そこからキラキラと覗くのは、シルバーのちょっと変形した大きなハート型のフープピアス。
来た、私の『ギャルのお手本その①』。校則が緩めの我が校でも、さすがにこの格好はアウト。香坂さん、この前の風紀チェックと持ち物検査で引っかかったペナルティの『罰掃除』、今日だったんだ。難しい事は会社に任せて、私はお手本で『ギャルのレベルアップ』をしよう。新鮮な教材、有難い。
「はよはよ〜。こんな早くから、ご苦労様だね〜」
今日のネイルはいつもより長めだ。黒とオレンジベースで… あ、香坂さんが応援している野球の球団カラーだ。
香坂さん、高身長でスタイルも良いから迫力あるんだよね。読者モデルとかしないのかな? 絶対、人気が出ると思うんだけれどな。
「香坂さんも十分早いと思いますよ」
見かけに反して、彼女は時間を守る生徒だった。
「早いって言うか〜、遊んだまんま来たんだよね〜。ほら昨日の交流戦、ラビットとイーグルスだったっしょ? 彼ピッピと球場行って始まる前からテンアゲで〜、オールでオケッってきた。家帰ったら、ガッコー来たくなくなるからさぁ、彼ピッピに送ってもらったんだ」
香坂は持っていた箒をバットに見立てて、ブンブンと素振りを始めました。
えっと… プロ野球の交流戦で彼ピッピ? … あ、彼氏か。彼氏と野球場に行って、始まる前から興奮して、終わった後はカラオケで徹夜して、そのまま学校に来た。て事だよね。間違ってないよね?
「徹夜でカラオケしたのに、声が枯れてないなんて凄いですね」
美月が恐る恐る言葉を返すと、香坂は素振りを止めてケラケラ笑いました。
「ミズッチ、反応ニブ。考えたっしょ? ウケる。
でもでも~マジイケてない? オールでオケッてこの美声! 彼ピッピともバンドデビューできんじゃね? するっきゃなくねぇ?! てマジ考えてるんだ」
… ダメだ。一回ギャルモードを切っちゃったから、なかなか頭の処理能力が付いて行かない。
「ほらほら~、そこで考え込まない~。ミズッチは真面目さんなんだから」
そう言われても、香坂さんみたいにポンポンギャル語は出てこないよ~。
「ご、ごめんなさい。ギャル語… って言うんだっけ? 免疫がないからちょっと難しくって」
「え~、そんなにギャル語にしてないよ? ワタシは英語の方がムズ~イ。ジェームズはイケメンだから、授業は受けてるけどさ。声もイケてるよね~。ワタシの彼ピッピといい勝負。あ、あとね~、化学! なにあの化学記号?! マジガン萎え。鹿野先もマジ勘弁だしぃ」
ジェームズは英語の教科担当だからか、授業以外の日常会話も英語なんだよね。とっても爽やかで、皆のお兄ちゃん! て感じで人気があって、よくラブレター貰っている場面に遭遇しちゃうんだよね。丁寧に断っているけれど。英語で。
科学の鹿野先先生は、大きな体をしているのに声はとっても小さいんだよね。口の中でモソモソ話すから、本当に近くにいないと聞こえない。しかも黒板に書く字も小さいし。
「あ、でもミズッチって、化学の授業も熱心だよね~。よく勉強する気になれるよ〜」
「先生はアレだけれど、化学は楽しいから」
科学、ちゃんと勉強すれば私の魔法レベルも上がるもの! 私の魔法の効果は『想像力』だから、科学の公式とか実験とかで私の中の科学のレベルを上げれば、想像力に繋がって結果、魔法の効果も上がる! という訳で、聞こえにくいし黒板の字は見えにくいけれど、ちゃんと受けているんだよね、化学。
「科学が楽しいなんて、マジ、マジメ〜。ワタシはパラパラ踊ったり〜、オケる方がいいな」
て、凄いな、香坂さん。音楽も無いのに踊りだしたよ。生徒も少しだけど登校してきてるのに。
香坂はニコニコしながら鼻歌を口ずさんで、両手わ腕を動かして、足元は左右にツーステップを踏んでいます。そんな香坂を呆然と見ていた美月は
「はい、ミズッチも〜」
不意に腕を取られて慌てふためきました。
「はえ? ちょっ…、待って待って、今委員会のお仕事中。香坂さん、お仕事しなきゃ」
無理無理無理無理無理! 盆踊りなら踊れるけど、パラパラは無理! て言うか、見てる見てる、皆が見てるぅ~。
「え〜、さげぽよ〜」
逃げたからって、そんなションボリされても…
「香坂さん、貴女は何をするためにここにいるのですか?」
登校して来る生徒に混ざって、ネイビーブルーのパンツスーツ姿の小柄な女性が、パンプスの音を高らかに二人の前に現れました。黒縁眼鏡をかけていて、真っ黒な髪を頭のてっぺんでお団子に纏めているのがポイントで、生徒からは…
「はよ~っす。ミス・シニヨン」
と、呼ばれています。香坂さんに呼ばれた女性は神経質そうに眉をひそめました。
「高浜です。へんなあだ名で呼ばないでください。それより、貴女は反省するためにここにいるのでは? その恰好からは反省の色が伺えないのですが」
でた。高浜先生の眼鏡クイクイ。怒っている時、必ず右手でフレームの右下からクイクイ上げるんだよね。ちょっと神経質そうで、あまり好きじゃない。
「反省してないしー」
うわ、香坂さん直球。アイメイクの助けもあって、目力強いなぁ。
「はい?」
「何で、ワタシが反省しなきゃいけないんですか〜? ワタシはワタシらしくいられる格好をしてるだけだし〜」
「ここは学校です。学校には規律があります。規律は生徒達が安心安全に学校生活を送るためにある、集団生活になくてはならないものです。個を主張する必要はありません。個を主張したいのでしたら、個人の時間にしてください」
「はぁ~? うちのガッコー、個性を大切にする校風っていってんじゃん。この格好じゃなきゃ、ワタシの個性が死んじゃいますぅ〜」
香坂さんも高浜先生もヒートアップしちゃっている感じだなぁ。生徒の足も止まり始めているし、止めた方がいいのかな? でも、こんなに熱くなられちゃったら、私じゃ止めようがないというか、止め方が分からないよ。… うん、自分の仕事しよう。予鈴が鳴れば、高浜先生も冷静になるだろうし。掃除しよう。はぁ‥ 雀が逃げちゃったなぁ。
現実逃避する事を決めた美月は、集まり始めた生徒から隠れるように身を小さくして、掃き掃除を再開しました。
会社から連絡があるまでは、探索活動もお休みと言われちゃったから、しばらくはアイテムの補充かな。そろそろネイルチップの在庫も無くなるし、リップも仕入しとかないと。安いのだと発色と乗りが悪いから、魔法の効果もそれなりになっちゃうんだよね。かといってそこそこのお値段は、お財布に直撃だし。ウイッグの手入れもちゃんとしたいな。今回もだいぶ痛んじゃったし。
アスファルトを見つめて手を動かしてはいるものの、美月の頭の中はアイテムの事でいっぱいでした。
「朝から、随分と賑やかですね」
聞きなれた柔らかい声と、箒の先に革靴の先端が見えて、美月は顔を上げました。
美月、生きた教材はなかなか手ごわくて悪戦苦闘です。Next→