第二十三話『ナイスミドルな社長はギャルに甘い?』
空が青いなぁ… 空気も澄んでいて、雀のさえずりが平和だなぁ。
月曜日の朝です。『風紀委員』の美月は、まだ登校して来る生徒も疎らなこの時間、学校の外壁に沿って周りを箒で掃きながら、清々しい朝を満喫していました。
ロリポップキャンディーの代わりに箒と塵取りを装備して、露湿度の高いギャル服の代わりに、キッチリとアイロンのかかった制服を着て。動画配信用スマートフォンの代わりに、腕に付けたのは『風紀委員』の腕章。厚底の靴を、艷やかに磨かれた黒いローファーに履き替えました。ピンクのカツラを脱いだ長い黒髪をキッチリと三つ編みに編み込んで、ギャルの命のカラーコンタクトは丸い眼鏡代えて。ギャルでダンジョン探索者の『アイ』から、すっかり高校生の『哀川美月』に戻りました。
ああ… おだやか。こうしていたら、週末の事が夢みたい。まぁ、身体中の筋肉痛が「夢じゃないよ」て言っているけれど。
「金曜日の夕方に水蚕のダンジョンに入って… 野良ダンジョンから出たのは土曜日の夜だった… と」
… らしいんだよね。「らしい」。イピリアさんに助けられてすぐに気を失って、目が覚めたら日曜日の朝だったんだよね。しかも会社の研究室のベッドの上で、心電図と脳波の検査がされていたみたいで、コードが付いてのお目覚めだったし。
ブツブツと呟きながら掃き掃除をする美月の思考は、昨日の昼前の事を思い出していました。
「アイちゃん、ごめんなさいね。実験体みたいな扱いをしてしまって。でもここなら、急な体調変化に対応できると思ったのよ。アイちゃん、クラゲの入っていた水を飲んだじゃない? 未確認部室だから、一応検査しなきゃと思って。あ、血液検査もさせて貰っちゃった。今のところ、どの検査も異常はないわよ。あ、メイクも髪もそのままよ。お肌に悪いからメイクオフしてあげたかったのだけれど、スッピンは嫌でしょう? 爪だけはケアしておいたわ。取れやすく付けていても、無理やり剥がしたから爪が傷ついていたわよ」
目が覚めた私に説明してくれたのはスーツ姿の社長だった。周りには検査をしてくれていた研究員さんがいて、私の顔見知りの研究員さんばかりだったからまだ良かったけれど… 寝顔見られてたぁ~。恥ずかしい。でも、まだスッピンじゃなかったから良かったかも。ウイッグもそのままだったから、正体はバレていないはず。そこは社長に感謝。
でもまぁ、そうだよね。そうなるよね。社長の言っている事はもっともだし、右隣のベッドにはシスターさんも私と同じ状態で寝ていたし、左隣のベッドではイピリアさんが寝ていて… なんで、イピリアさん?
「ああ、イピリアにも飲んでもらったのよ。クラゲの水。アイちゃんとシスターちゃんは魔力と体力がない状態で飲んで、両方とも回復したじゃない。でも、ダメージを受けていない状態で飲んだらどうなるか? という対比データーが欲しかったのよね。大丈夫よ。寝る前に飲んでもらって、起きたら少し運動してもらうだけだから。
もちろん、クラゲも無事よ。一番元気がいいわ。ちゃんと水槽に入れてあるから安心してね。」
クラゲも無事でよかった。 … でもこれって、とばっちりかな? なんだか申し訳ない気がしちゃったんだよね、イピリアさんの寝顔を見ながら。
「ちゃんと実験の同意書は取ったわよ。それと、研究協力費としての報酬もちゃ~んと払うわ。あ、先週のアイちゃんが研究協力してくれたのも、ちゃんと払いますからね。今回の事もあるから、大ちゃん奮発しちゃう」
ウフ。と、カルミア社長が彫の深いワイルドなイギリス系のお髭の顔をクシャっとさせて、バチン! とウィンクで飛ばしてくれたハートを甘んじて受けて考えたのは、同居している祖母の事でした。
臨時報酬か~。報酬でお婆ちゃんに圧力釜でも買ってあげようかな? それとも、スチームオーブンレンジにしようかな? 高級鰹節? お祖母ちゃんに新しい反物でも… お祖母ちゃん?
「あ~!! 連絡入れてない!」
パっ! と脳裏に浮かんだお祖母ちゃんの笑顔で、アイの顔色はサッと血の気を失いました。
「ぬかりないわよ~。ちゃんと連絡入れておいたわ。「お友達の家でお勉強会しているんだけれど、遅くなっちゃったから泊まるね」て、ボイスチェンジャー使って」
慌てるアイに、カルミア社長はウインク1つ。その渋くってカッコ良くってチャーミングなお顔を見て、プシュ~って力が抜けちゃいました。
「でも、時間かかりすぎじゃね? ほとんど、丸一日っしょ? 体感的には水蚕のダンジョンが3時間弱で、野良ダンジョンが4時間… かかっても5時間?」
指を下りながら自分の記憶を確認するアイ。
「まだ記録の確認が終わっていないからハッキリした事は言えないのだけれど、私の依頼したダンジョンはアイちゃんの体感通り3時間ぐらいね。で、野良ダンジョンの時間が問題なのよね。空間が安定していなかったから、時間の流れも違ったのだと思うのだけれど、アイちゃんの動きはこっちでもチェックしていたじゃない? 野良ダンジョンとこっち、齟齬が無かったと思うのよね。でも、実質の時間がねぇ~…」
「タイムスリップ… タイムワープ… タイムリープ… どうなんだろ? 怪しいのは水蚕のダンジョンから野良ダンジョンにワープした扉。あの、ダンジョンらしくない部屋…」
両方、怪しいなぁ。それとも、ダンジョン内の1分がこっちの30秒とか?
「解析は専門家に任せて、アイちゃんは少し休んでちょうだい。最近、ダンジョン探索と研究室のお手伝いで忙しかったでしょう? きちんと体を休ませてね」
ブツブツと呟きながら考え出したアイを、カルミア社長はギュッと抱きしめて、背中を優しく撫でます。そして、母親のように優しく囁きました。
「痩せちゃったわよ。たくさん食べて、しっかり眠ってね。おばあ様が心配するわ」
それを言われるのが、アイに、美月にとって一番痛い事で「ズルいなぁ、社長」と思いながら、逞しい肩に額をつけました。
「でも、寝起きでそこまで頭が回るのなら、睡眠はしっかり足りたようね。食事を用意させるから、シャワーでも浴びてらっしゃい。代わりの服も、スキンケア一式も用意させるわ。お肌も労わってあげて。若いからって油断しちゃ、ダメよ」
その言葉に甘えてスッキリサッパリした後は、待っていてくれた社長達と一緒にお昼を食べました。研究院さんはもちろん、目が覚めたシスターさんとイピリアさんも一緒に。
今回の探索は想定外の事がありすぎて、食事中に交わしたダンジョンの情報も「記録」として残されたんだよね。裏付けや確認作業はこれからで、そのためにも仕事用のスマートフォンとナハバームは必要だからと会社に回収されちゃった。私のだけじゃなくって、シスターさんやイピリアさん、あのダンジョンに居た探索者全員分。… 研究員さん達が全部のデーターをチェックして解析するんだよね? とっても大変だろうなぁ。
お疲れ様のアイ。カルミア社長の至れり尽くせりがありがたいです。でも、スマートホンを回収されちゃって、ちょっと手持ち無沙汰じゃない? Next→