第二十二話 『魔法使い、魔法が使えなきゃどうするの?』
あと少しで、あの部屋に着くんだけれどな。
あと数回角を曲がればメインの通路に出るというところで、アイ達は
「狭い通路で良かったわね。モンスターに囲まれる心配がないわ」
シスターの言う通りで、通路の幅は狭くて一対一でしか対峙することが出来ません。だから、順番待ちのように彷徨う鎧の列が出来て通路を塞いでいます。バロンが剣を振り回すには十分な広さのようですが、シスターにとってはこの倍ぐらいの幅が欲しそうです。そうじゃないと、今にもハマっちゃいそうだから。
「バロンさんに任せっきりで良いの?」
嬉々として戦っているけれど、攻撃も入っちゃっている。服はボロボロだから良いけれど、せっかく回復して綺麗になった顔が、刀傷だらけ。… てか、バーサーク状態じゃなかったら、バロンさんてそんなに強くはないのかな? 今はバーサーク状態で剣を振るっているけれど。
「いいんじゃない? 一応、ダンジョン探索者でしょう。普段は一人なのだから、あれぐらいの数、何とかするでしょう。そもそも、バロンがバーサーク状態なのだから近づいたらこっちも危ないわよ。敵味方の判断がついていないのだから。それに、彷徨う鎧に効果的な呪文、今のアイちゃんが出せるとは思わないわよ」
それもそうなんだけれどね。彷徨う鎧って、魔法が効きにくいんだよね。魔法攻撃するなら、強力な一発でサッと仕留めちゃうのが一番いいんだよね。中途半端な魔法攻撃は、魔力を
と言う事で、アイとシスターは離れた所で、バロンの戦いを生暖かく見守っていました。最初の5分程は。
「なんなのよ、このダンジョンは!」
「モンスターの出現率、パないなぁ」
通路の後ろから現れたのは、やはり彷徨う鎧でした。アイとシスターの背後に音もなく忍び寄って来て、使いこまれた剣で切りかかって来ました。気が付いたアイが、シスターを庇いながら間一髪で避けたものの、身を隠すところもなければ、逃げ出す道もありません。
武器になるようなものを持っていないアイは、バロンが倒した彷徨う鎧の剣を拾い上げて構えました。
「シスターさん、パス」
アイは抱えていたクラゲの保存袋をシスターに押し付けました。両手で持たないと無理だから。
「アイちゃん、戦えるの?」
心配してくれるのは有難いけれど、この状態で何もしないのは死ぬのを待つようなものだもの。まぁ、バロンが道を切り開くまで、何とか持てばいいよね。
剣を握る手に、汗が滲み出ます。切りかかって来る剣先を、ギリギリで回避するのが精一杯で、なかなか攻撃に出れません。
前言撤回! バロンさん、貴方は強いよ~。一人であんなに倒せるんだもん。
狭い通路です。攻撃できるスペースが限られていますが、同じく逃げるスペースも限られています。下がり過ぎるとシスターがいるし、かと言って、押して出る事も出来なくて、アイは攻撃を剣で受けるようになりました。
「ああっ!!」
なんて攻撃力よ! ヒットしていなくっても、受ける剣から全身に
「痛いってば! バロンさん、まだ?!」
彷徨う鎧の剣先が、アイの腕や顔をかすり始めました。さらに思うように動けなくなってきて、アイはイライラしてきました。
「アイちゃん、もう少しよ。あと… あと少し!」
え~、その言い方だと、まだまだ倒さなきゃ駄目っぽいんだけれどな。一か八か…
「JKの柔肌を、しかも顔に傷をつけたんだから、覚悟しなさいよ。私の女神様は今日も羽ばたいてるんだから!「アテナの
宙にスカートのポケットから出したロリポップで「T=ツма(キ」(たつまき)と書くと、目の前の彷徨う鎧が後ろに吹っ飛びました。
ガシャン!
大きな音を立てて倒れた鎧に、アイは「こんなもの?!」とショックを受けながらも、起き上がる隙を与えず、鎧の胸を足で踏みつけて、兜と鎧の隙間の首元に剣をつきたてようとしました。
「アイちゃん、前!」
シスターの声に反応して、アイの体が後ろへと逃げました。追いかけるように、剣先がアイの目の前、顔の真ん中の高さを横切って行きます。
後ろにもう一体居たんだった。顔、横半分に遮断されちゃう所だった。けれど、やっぱりもう一発も出ないな…。
アイは剣先を避けて、すぐに足元の鎧の喉元を刺しました。それでも力強く立ち上がる鎧に、アイは体勢を崩しながら後ろに飛び退きました。
「彷徨う鎧の原動力って、何だけ? 怨念とかだっけ?」
それなら、シスターの魔法の方が効果あるよね?
息を荒げながら、アイはシスターを振り返ります。心配そうに自分やバロンを交互に観ているシスター。その腕に大事そうに抱えられている袋を見つけて、アイは思わず飛びつきました。
「クラゲ、もう少しだけ分けてね。ここから脱出したら、タップリお水をあげるから」
そう言って、アイはゴクゴクと保存袋の中の水を飲み込みました。
「そうね、この手があったわね」
全身が光り始めたアイを見て、シスターはホッとしたようです。
「一発で決めるから、自分の防御よろ」
深呼吸するアイに、シスターはコクコクと頷きました。
「さんざんやってくれたけれど、私の女神様は今日も… 今日、今日…」
なんで?
「アイちゃん上、西の魔女!」
シスターの悲鳴にも似た声に、思わず天井を見上げました。そこには黒いローブに身を包み、灰色の髪を垂らした者が、ローブの奥の瞳を紫色に輝かせて、ジッとアイを見つめていました。
しまった。魔法封じの呪文だ!
彷徨う鎧の剣先が、アイの頭上に伸びました。
「アイちゃん!」
シスターの悲鳴に、アイ自身も「あ、ダメかも」と思いました。けれども、その剣先は振り下ろされることなく、背後から細かく切り刻まれました。それは見事な剣捌きで、狭い通路の幅でも、大きくて特殊な剣は引っかかることなく滑らかに動いていました。
「… ケペシュ。スピリタスさん…」
その武器がケペシュで、使い手がバーテンダー姿のスピリタスだと確認すると、アイは空気の抜けた風船のように座り込んでしまいました。
スピリタスはそんなアイの頬に手を添えてじっくり顔を観察すると、一瞬だけ、コツンとアイの額に自分の額をつけました。そしてすぐに立ち上がると、バロンの方へと歩いて行きました。
え? なにこれ? スピリタスさん、今、ため息ついたよね? なにこれ? ドキドキしてきちゃった。
微かに感じた小さな空気の塊。微かに上下した肩。アイはさっきとは違う理由で混乱し始めました。
「アイちゃん、今のはナニ?! もしかして貴女、スピリタスさんとお付き合いしてたりしないでしょうね?!」
スピリタスがアイの傍を離れると、すぐにシスターが飛んで来ました。
「ナイナイ! マジでナイ! 会ったの、こないだのダンジョンぶりだし、2回目だし」
シスターの勢いに押されて、アイはドキドキがビクビク変わって、必死に否定しました。
「それより、魔女! 西の魔女!!」
ビッ! と、アイが天井を指さすと、シスターも一緒にそっちを見ます。けれど、そこには誰も居ませんでした。
「逃げ足が速いわね」
「あのままでも、負けてたかもよ。私、呪文封じくらっちゃって、詠唱出来ないから」
… まだ駄目だ。普通の会話は出来るけれど、魔法の詠唱となると、言葉が散れぢれになってまとまらない。
「とにかく無事でよかったわ」
シスターがアイの腕の中に保存袋を押し込んで、背中に手をあてて回復魔法をかけようとしました。
「あ、私はまだダイジョブだから、バロンさんや部屋で待ってる負傷者にかけてあげて。アイは元気、元気」
笑いながら言うアイは、力こぶを作って見せます。それでもシスターは、アイに強引にでも回復呪文を使おうとしました。
「ダイジョブ、ダイジョブ~」
スッと立ち上がって、バロンの方へと歩き始めたアイ。その足取りは、少しだけ引きずっていました。
「シスターさん、スピリタスさんて、まじパないねぇ…」
スピリタスが来て、それほど時間はたっていないのに、ほんの数分しかたっていないのに、アイがあれほど苦戦した彷徨う鎧は、全てただの使い込まれた甲冑に戻っていました。その中に、バロンが気を失って倒れているのを見つけて、アイが駆け寄りました。
「起きないかな? 部屋まで引きずってく?」
傷だらけのバロンを起こそうとしても、ウンともスンとも言いません。起こすのは諦めて、引きずろうとバロンの腕をつかんだ時でした。アイの体がフワッと地面から離されて、スピリタスの肩に担ぎあげられました。
「ス、スピリタスさん、私、歩けるよ」
というアイの言葉を無視して、スピリタスは開いている左腕でバロンを小脇に抱えて、スタスタと歩き始めました。
まっいいか。体中痛いし、頭もどこかぼんやりしているし、足元もおぼつかないし… ホッとしちゃったし、こうなったら甘えさせてもらおう。後でお礼言わなくちゃ。クラゲのお水もタップリ入れて… そうだ、あの蜘蛛のママさんにもお礼言わなきゃ。ロリポップキャンディー、まだ残っていたかな?お礼に置いて行きたいな。その前に、少しだけ…
アイはホッとしたのか、スピリタスの肩の上でスッと眠ってしまいました。
アイ、ピンチに継ぐピンチ! でも、これで今夜は帰れるかな? Next→