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第20話 ダンジョン探索? 不法侵入?

第二十話『ダンジョン探索? 不法侵入?』


 焦げ臭い部屋の中は、煤で真っ黒。部屋の形を保っているだけで、何もありません。中央に生えていた大きな赤いキノコも、部屋中を埋め尽くしていた色とりどりのキノコも、跡形も残さず燃えたようです。


「本当に馬鹿! 貴方、大学生なんだから、少しは物事を考えて動きなさいよ!」


 真っ黒の部屋の入り口で、バロンは正座をしてシスターに怒られています。アイはそんな二人を気にすることなく、すすだらけの部屋を調べていました。


 土や枯れ木が無かったから、レンガに菌糸体を這わしていたのかな? 一応、この煤も回収しておこうかな。


「アイちゃんの防御魔法が発動したから助かったんですからね!」


「だから~、知らなかったんだってぇ」


 バックドラフト現象。気密性が高い建物で起きた火災の場合、酸素が少なくなって不完全燃焼になって火が一時的に消えたり小さくなったりする。けれど火種は残っているので、この時にドアや窓を開けて一気に空気を入れてしまうと、爆発的に燃焼する。アイ達もこのバックドラフト現象に襲われたけれど、アイの防御呪文の発動の方が早く、何とか燃えなくて済みました。


「アイちゃんは可愛いだけじゃなくって、物知りさんなんだね~。頼もしい」


 シスターのお説教を聞き飽きたバロンは、試験管に煤を入れているアイにすり寄って行きました。気にすることなく作業を続けるアイ。


「映画で覚えた。メッチャ、インパクト強かったから」


 最近、映画館で観てないな~。いつもスマホだもんね。たまには大画面で観たいかも。


 試験管をしまったアイは「他に何かないかな?」と、壁や床を念入りに触り始めました。手が煤で真っ黒になるのも構わずに。


「へ~。映画かぁ。アイちゃん、映画好きなの? 俺も結構好きなんだ。今度の日曜日、映画館行かない? あ、おススメの映画とかある?」


 両手どころか腕まで真っ黒にして壁を調べているアイの行く手を阻む様に、バロンは壁に手を付けました。


ガコン…


「「「え?」」」


 小さな音を立てて、バロンの手の下のレンガが中にめり込みます。そして、部屋の隅の床が動いて階段が現れました。


「やるじゃん」


 アイは驚いて固まっているバロンの肩をポンポンと叩いて、一目散に階段に駆け寄りました。


 トラップらしきものは… たぶん、無さそう。ヒンヤリした空気がこっちに流れてきているから、酸素はあるね。隠し部屋か、ショートカットの隠し階段か…


「戻るんじゃないの?」


 光の球体を出して階段の入り口を調べているアイの後ろから、シスターが覗き込んできました。


「ちょっとだけ。ほら、会社からの連絡もまだだし」


 隠し部屋なら、そんなに時間かからないよね。ショートカットだったら… その時考えようかな。


「人には仲間の回復に戻れって、偉そうなこと言ったくせにね~。自分だけは良いんだ」


 ぐぅぅ…。それを言われるとなぁ…。そうなんだよね、今は脱出を最優先にしないとだよね。魔力の残りも少ないし。でも、ようやく探索らしくなってきたし、スピリタスさんだってこんな隠し階段は見つけていなかったし…


 葛藤しているその時、フッ… と、スピリタスがキング・クロコダイルに飲み込まれた瞬間を思い出しました。


 そうだ、今は私1人じゃないんだ。また迷惑かけちゃう。


「なぁんてね。私も探検者よ。アイちゃんの気持ちは分かるわよ。10分ぐらいならいいんじゃない?」


 ポン。と、シスターはアイの背中を軽く押して、進む様にと促しました。


「でも、学ランの子…」


「ああ、あの子なら大丈夫。うちのパーティーの中で一番頑丈なのよ。ほら、時間が勿体ないわ」


 良いのかな? まぁ、仲間が言うんだから大丈夫なんだよね。じゃぁ、10分だけ…


 と、アイはソワソワしながら階段を下り始めました。光の球体で前方を照らしながら。


「狭いわねぇ」


 後ろから聞こえる呟きに苦笑いしつつ、アイは変化のない階段を見つめています。階段はシスターの横幅ギリギリで、アイにとっては調べやすい距離感でした。それもすぐに終わって、右側の壁が無くなり、部屋を見渡せるようになりました。


「モンスターの部屋にしては人間臭いわね」


 シスターの言う通りでした。そこには火の入っていない暖炉があって、小さな二人掛けのテーブルセットとベッド、そして壁の一面を覆う本棚にはビッシリと本が詰まっていました。あまりにも人間らしい部屋に、アイの足はピタリと止まってしまいました。


「不法侵入っぽくない?」


 さすがの私も、ここを探索する気は起きないなぁ。どうみても、ダンジョンっぽくないもんね。あの本棚は気になるけれど。


「そうね。良心が痛むからやめましょう」


 シスターの言葉に頷いて、アイは戻ることにしました。クルっと方向を変えて、シスターが階段を昇り始めるのを待っていました。


 いままで、こんな部屋はなかったよね。もしかして、私もマジックマッシュルームの幻惑を見ているのかな? 胞子を吸い込んでいてもおかしくはないし…。でも、シスターさんも同じモノを見ているんだよね。胞子の幻惑で共通性があるって聞いた事ないんだけれどな。


「ニャ~」


 猫? 下から聞こえたけれど、隠れていたのかな?


 少し間延びした猫の声に誘われて、アイはもう一度部屋を見下ろします。すると、暖炉の前に一匹の真っ白な猫が座っていて、アイをジッと見上げていました。それはとても綺麗な紫の瞳で、アイは吸い込まれるような感覚を覚えます。どれぐらい見つめ合っていたのか、唯一の光がパ! と消えて、アイは我に返りました。


 あの猫の瞳、魔力か何かあるのかな? 目が離せなくなって、少しボーっとしちゃった。それにしても、光の術が解除されたよね。どうしてだろう? とにかく、慎重に階段を上ろう。


 前にいるシスターの修道服を掴もうとした時でした。


 シュ… ポワン


 小さな音がして、部屋に灯りが灯りました。小さなテーブルには、火の灯ったランタンと二人分の白い空のティーカップ。そしてティーポットを持った男性が立っていました。 長い銀髪を紫のリボンで纏めて、中世ヨーロッパの騎士のような服装の上から黒いローブを羽織っています。


「どうぞ」


 さっきの猫と同じ紫の瞳。柔らかくって穏やかな声。誰かに似ているような… 誰だっけ?


「今日はアッサムの良い茶葉が入ったので、是非、貴女にも飲んでいただきたいのです」


 バロンさんより少し年上かな? 白い肌に優しくて誠実そうな顔。イケメンだ。とってもイケメンだけれど、私に紅茶? 勝手に部屋に入ったのを怒られるなら分かるんだけれど、紅茶?


「あ、あの… 勝手に入って来てしまって御免なさい。部屋だと思わなくって…」


「構いませんよ。貴女はダンジョン探索者でしょう? ここはダンジョンです。怪しい部屋、隠し階段があったら調べるのは本能ですよ」


 ギャル語も忘れて謝るアイに、男性は優しく微笑みかけました。


「本能… まぁ、訂正出来ないけれど」


「さぁ、こちらの席へ。クッキーも用意しましたから」


 白い手袋をした手がサッとテーブルの上を撫でると、数枚のクッキーが乗ったお皿が出て来ました。


 魔法使いだ。この人、本物の魔法使い。呪文も合図も無しに、イメージを現実に出来るんだ。大魔法使いとか、賢者て言った方があっているかな? 私なんか、赤ん坊みたいなものだよね。


「さぁ、私の愛しいお姫様」


 白い手袋の手が椅子に促してきます。


 ハッキリ言って、怪しいよね。いつの間にかシスターさんは居なくなっているし、階段の出入り口も消えちゃってる。私の魔力も消されたから、これは座るしか選択肢はないって事だよね。


「失礼します」


 警戒しつつ、アイは勧められた椅子に座りました。リュックは足元に置いて。


「このダンジョンはいかがですか? 堪能していただけましたか?」


 紅茶は自分で注ぐんだ。淹れるのが趣味なのかな? それにしても、正面に座られると落ち着かないなぁ。顔が良すぎるんだよね、顔が。こんなイケメンと向かい合うなんて事ないから、免疫がないし。いやいや、こういう時こそギャル! ギャル、空気読まない! ギャル、強い!!


「モンスターの出現率がパなくって、ダンジョン探索はぜ~んぜん。今まで探索したダンジョンとは違うから、じっくり探索したいんだけどー」


 目の前のティーカップが、真っ赤な液体で満たされます。「どうぞ」と勧められて、アイは恐る恐るカップの持ち手に指をかけました。


 湯気は立っているけれど、暖かくない。この色、ハイビスカスティーの色じゃないよね?明らかに紅茶の色じゃない。匂いはないけれど…。これ、飲まなきゃ駄目かな?


「そうですね。このダンジョンは特別ですから」


「特別?」


 男性の言葉に顔を上げると、アイの目の前に男の顔がありました。


 近い! 何だろう、背中がゾワゾワしてきた。ここにいちゃいけないような気がする。この紫の瞳を見つめちゃいけない気がするのに、目が離せない。


「そう、このダンジョンは特別なんです。ああ、すみません。近すぎましたね。どうぞ、温かいうちにお飲みください」


 男性は自分の席に戻ると、アイに紅茶を進めました。


 これ、絶対に飲んじゃ駄目なやつだ。持ち帰って解析してもらいたいけれど、試験管出しちゃ駄目だよね。


「紅茶、お嫌いでしたか?」


 いつまでもティーカップを覗き込んでいるアイに、男性は少し悲しそうに聞きました。


「嫌いじゃないし。けど、今は気分じゃな~い。今は、キャラメルマキアートって気分」


 よし、ギャルイイ感じ。ギャルなら行けそう。さすがギャル。ギャル最強。


「それは残念です。今日の茶葉は特別クラスのもので、色も香りも最高なものなのに」


 男性は心から残念そうに言って、ティーカップを口元まで運びます。そして香りを楽しんでひと啜り。


 どう見てもアッサムの色じゃない。冷めていて、香りもない。けれど、この人は香り高く温かいアッサムだと思ってる。… 感覚が私と違うのかも。


「せっかく誘ってくれたのに、ホンマごめんやで」


 パン! と両手を顔の前で合わせて目を瞑って、頭を下げた時でした。


 ゾワゾワゾワ


 ヤダ! 強い嫌悪感が流れ込んでくる。全身の毛が逆立って、胃がひっくり返って中身が逆流して、私の中の魔力が吸われてる! これ、この感覚、あの黒い手と一緒だ。マズいマズいマズい…


 アイの全身は冷や汗が噴き出して、ずるりと力なくテーブルの上に崩れ落ちました。右手を男性に掴まれたままで。


 アイ、「好奇心は猫をも殺す」です。迷ったなら進まなければ良かった。と思ってももう遅い。Next→



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