第十九話『ジトッとした熱い視線はアイツから』
これだから、誰かと一緒は嫌なんだよね。想定外の事が多すぎる。
飛び出したシスターを見つけるのは、正直大変だと思っていたアイですが…
「ちょっと、離しなさいよ! これが目にはいらないの?!」
部屋を出てすぐ左折すると、メインの廊下で倒れている2人組みをかばっているシスターを見つけました。首から下げた大きなロザリオを、4匹のヨーウィ―に向けています。
「効かないって! あぶらーの恋ばな」
アイがロリポップキャンディーから放った炎は4匹のヨーウィ―を飲み込み、跡形もなく消し去りました。
「ロザリオが効くのは悪魔系や心霊系! 私でも知ってるし」
シスターの元に駆け寄ったアイに、シスターはさらに前方を指さしました。ぞくぞくとヨーウィ―が向かって来ます。
「あっちも宜しく。
魔術師手術中、手術中集中術著述。魔術師手術中、手術中集中術著述。魔術師手術中、手術中集中術著述…」
2人同時にかけるシスターの早口言葉の詠唱に、「さすが」と素直に思いつつ、アイも「あぶらーの恋ばな」! と、どんどん魔法を放ちました。
上の階のモンスターより強いかと思っていたけれど弱い! 火力半分でも大丈夫だ。
「シスターさん…」
「気分は? 歩ける?」
目を覚ましたのは、薙刀を持った白衣姿の30代半ばの女性と、動物プリントのエプロンに拳銃を持った20代後半の青年でした。
この2人も、他のダンジョンから迷い込んだのかな?
「戦える?」
シスターさんの質問に、首を横に振って答えるのがやっとだね。
「あそこの部屋まで行ける? そこまで行けば、負傷者が救助をまってるからさ、一緒にどぞ」
肩を寄せ合い歩き出した二人を見て、アイは少し安心しました。けれど、シスターさんは納得がいかないようで、アイの両肩を確りと掴みました。
「アイちゃん、何だかおかしいわ。今の呪文なら、8割は回復するはずなのよ。なのに、この私の呪文なのに、歩くのがやっとだなんて私のプライドが傷ついたわ!」
「シスターさん自体、魔力回復しきってないじゃん。自己防衛が働いて、無意識に抑えたんじゃね? 魔力切れ起こしたら、元も子もないし。とりま、動けるようになれば…」
「負傷者が、負傷者が私を待っているのよ!」
大声で言い切ると、シスターはアイを投げ捨てて走り出します。
「まじ、なんなん?!」
あまりの勢いの良さと力強さに、アイの体は床を転がりました。焦げた臭いのする床から顔を上げると、少し先の曲がり角からこちらを見ている視線に気が付きました。
「マジックマッシュルーム!」
それは、半開きの青い傘を持ったキノコのモンスターでした。ジトッとした青い目がアイと合うと、クルッと背中を向けて逃げ出します。が、足が短いせいもあって、とにかく遅い。
「かめる。あぶらーの恋ばな。」
アイはその背中に向かって、出力20%の炎を投げつけました。
胞子を撒き散らされたら大変だもんね。でも、シスターさんのあの状態は、マジックマッシュルームの胞子を少し吸ったからかな。異様にテンション高いよね。
「シスターさん、負傷者の電磁波かなんか受け取ってんの?」
アイは道順の目印に、黄緑色に淡く発光する小石型のPOIを曲がり角ごとに置きながら、シスターを追いかけました。これもナハバームと同じく、兜虫社の製品です。
それにしても、モンスターがあちらこちらに倒れているのは、バロンさんかな? もしかして、シスターさんが言う負傷者って、バロンさん?
進むにつれて、廊下に倒れているモンスターの数が増えて、唸り声のような奇声のような、変な声が聞こえてきました。
「ここよ。この部屋から助けを求める声が聞こえる」
この扉、何だか温かい。すこし湿ってるし「うぉぉぉん〜」って変な声、この中から聞こえてるよぉ。
「いや、ダメっしょ。人間じゃない声だよ。マジ、ヤバいって」
駄目! ここは開けちゃ駄目なとこ!
「行くわよ」
アイは背中で扉を押さえて、シスターが開けられないようにしましたが、シスターの二の腕の前では非力でした。簡単に払いのけられて、コロコロと転がります。
「聞いてってば〜! シスターさん」
慌てて立ち上がっても既に遅く、扉は勢いよく開けられました。
「「キャー!!」」
そして、アイとシスターは悲鳴を上げて勢いよくドアを閉めました
二人が見たのは、キノコの蕃殖部屋。広い部屋の真ん中にデン! と座っている真っ赤な傘のキノコに、部屋いっぱいに色とりどりのキノコがニョキニョキと。そして、ドアの真ん前には横たわった人間と、それを苗床に全身に増殖していた青いキノコ。死んだようにドンヨリと淀んだ目が、アイとシスターを見つめていました。
「バ、バ、バロン…」
「バロン、バロン」
二人の心臓がドキドキと痛いぐらいに跳ねあがって、お互いの両手を握り合ってウンウンと頷きました。そのまま深呼吸、深呼吸。
「あれ、どうやったら助けられるかしら?」
フゥ… と落ち着いて、シスターがドアを見つめながら聞きます。
「菌が皮膚内部で止まっていればギリ。生えているキノコが小さかったから、ワンチャンありかも」
確か… 皮膚の構成は三層だったよね。毛穴のある表面や角質層に胚芽層の表皮、毛根や汗腺のある真皮、皮下脂肪小葉の皮下組織。菌類モンスターに侵入された場合、毛穴より上だと6割の確率で後遺症なし、皮下組織まで菌糸が入っていたら8割後遺症確定。でも、服の上からだったけれど、全身にビッシリだったよね。頭も顔も… 気持ち悪ぅぅ。思い出しちゃいけなかった。
「ちょっと、大丈夫? アイちゃんしか頼りに出来ないんだからしっかりしてよね」
あ、良かった。私の知っているシスターさんだ。
「で、どうなの? 助けられるの?」
「時間との勝負になるから、やるっきゃないよね。シスターさん、回復魔法の準備、よろ」
そう、やるっきゃない! ちょっと強引だけれど、今の私にはこの方法しか思いつかないんだもの。
アイは大きく深呼吸をして、勢いよくドアを開けました。
「あぶらーの恋ばな! 2割増しぃ!!」
ロリポップキャンディーから吹き出した炎は、目の前の横たわっているバロンに着火。一気に体中を真っ赤な炎で包み込むと、部屋中に生えているキノコや中央の巨大キノコにも燃え広がりました。
ぎぃぇぇぇぇぇ…
きぃぃぇぇぇ…
あちらこちらから沸き起こる断末魔は、まるでガラスを爪で引っ搔いた様。アイとシスターは思わず両耳を塞ぎました。
「あつぅ! アチアチアチアチィィィィ」
我に返ったバロンが起き上がって、部屋から飛び出してきました。ゴロゴロと床の上を転がって、体中の火を消し始めます。
「ワンチャンあったね。水繭ぅ~」
アイはゴロゴロ転がるバロンの上にロリポップキャンディーを掲げると、「シ→ルド」と書きました。パッと現れた水の触手が、バロンを包み込んで水の繭になります。バロンの全身の火は瞬時に消えて、口からコポコポと空気が漏れました。今度は水攻めです。火に焼けた赤黒い顔を苦しそうに歪めて、右手で喉を押さえ、左手で繭を破ろうとしています。
「ほい、バースト」
ロリポップキャンディーで水の繭に触れると、パン! と繭が弾け飛び、虫の息のバロンが出て来ました。
第二度の深い所まで行っちゃったかな? 綺麗に治ればいいけれど。
「魔術師手術中、手術中集中術著述」
すかさずシスターが回復呪文を詠唱します。みるみるうちに、焼けただれた皮膚が回復して、今にも止まりそうだった呼吸も穏やかになりました。
服は焼け焦げてボロボロ。露出していた顔とか首とか手はキノコが集中していたから、良く燃えたよね。頭なんて、髪の毛があるから… 良かった。髪の毛も戻ってる。でも…
「第一度の熱傷ってとこ?」
露出している肌の赤みが消えてない。パッと見た目は日焼けぐらいだけれど。
「そうね。もう一度かければ完璧に治るわ」
そう言っているけれど、シスターさんなんだか悔しそう。さっきも本来の呪文より効果が薄いって言っていたから、今回もそうなのかな? 私の魔法の効果は特に変化はないと思うんだけれど…。シスターさんの調子の問題かな?
二度目の回復呪文をかけているシスターの横顔を見ながら、アイは考えていました。
それにしてもこのダンジョン、普通じゃない。
「俺ちゃん、完全復活~! あ~りがとうございま~す。」
日焼け程度の火傷も治り、バロンは言葉通り完全復活しました。ニッコリ笑ってボロボロのマントの裾を摘まんで、クルリと一回りしてからのお辞儀です。
「いや~、初臨死体験。あのまま逝ってもいいぐらいいい夢? 見ちゃってたよ。メッチャいい夢でね、どんな夢か知りたい? 聞きたい?」
バロンはササっと髪に手櫛を通して、スススとアイの両手を握りました。
「復活した瞬間に煩いわね」
シスターさん、口では冷たく言っているけれど、ホッとしているのは顔を見れば一目瞭然だね。まぁ確かに、ボロンさんが回復したのは良かったけれど、鬱陶しいな。
「うざ。回復したなら…」
「アイちゃんだから、特別に教えちゃうね。俺の臨死体験だけどさ、あくまで臨死体験だから、臨死体験。夢みたいなものだから。あ、夢って深層心理が反映されちゃうんだっけ? そうだとしても、俺の気持ちはアイちゃん一筋だから。心配しないでね。焼きもち焼かないでね? ね? 本当に、俺の気持ちはアイちゃん一筋だから」
どんな臨死体験? 絶対聞きたくないけど。てか、あれだけマジックマッシュルームの中に居たんだから、幻惑作用のある胞子をこれでもかって吸ったんだろうな。後遺症が心配だな。
「あら、貴方達、付き合っていたの?」
「まだで~す」
「付き合っていません」
アイとバロンの声が重なりました。ついでに、アイはバッ! とバロンの手を払いのけました。
「シスターさんてば、怖い事聞く~。マジ、なしよりのなしだし。それより、戻って学ランの子の回復してあげて」
ここで戻らないと、この2人どこまでも進んで行っちゃいそうだもん。前回のシスターさんなら、絶対に戻っているだろうけれど、なんか変なスイッチ入っちゃっているみたいだし。
「そうしたいのはやまやまなんだけれど、まだ助けを求めている声が聞こえるのよ」
聞える聞こえる… て、両耳に手をそえて辺りを見渡すシスター。そんなシスターが走り出さない様にと、アイはしっかりと白い頭巾の裾をギュッと握りしめました。
「それって、マジックマッシュルームの胞子を吸ったからじゃね? さっき、青いのがいたし」
あ、シスターさん、何だか悩み始めちゃった。思うところがあるのかな?
「そう言えば、こっちはどうなってんのかな?」
そんなアイとシスターの後ろで、バロンがドアノブに手をかけました。
「ダメ!」
慌てて止めようとしたアイ。けれど、バロンがドアを開ける方が早くって、勢いよく炎が襲って来ました。
アイ、ピンチ!! 自分で出した炎に飲み込まれる? Next→