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第18話「お久しぶり」と「初めまして」

第十八話 『「お久しぶり」と「初めまして」』


 瓦礫の中から飛び出してきた影は、真っ直ぐにアイに飛びかかってきました。


「ちょ、マ?!」


 クッサ!


 向かって来られた勢いとあまりの体臭の臭さに、体勢を崩しながらも避けたアイ。直ぐに次の攻撃が来るかと思っていたのに、その影は真っ直ぐ走り去ってしまいました。部屋のドアをぶち抜いて。


「何あれ? 猪じゃないよね。人間の形だったから。バーサーカー? ってか、チョー臭かったんですけど」


『黒い影しか見えなかった』『バーサーカーって曲がれないの?』『アイちゃんに殺気が無かったから?』


 ナハバームの画面越しでも、黒い影としか映らなかったかぁ。ん~… これ、マントかな?


「上と同じサイズの部屋だったみたい。殆ど、瓦礫の下敷きだね。… 動きはなし。他に飛び出してくる気配もなさそう」


 床の素材、砕けて細かくなったやつは回収出来るね。血液サンプルも一応、取っておこうかな。


 アイはリュックの横ポケットから空の試験管を出して、砕けたレンガやスポイトで取った血液をいれました。キチンと蓋をして、リュックにしまうとカラカラ… と小さな音が聞こえて細かい瓦礫が落ちました。


「まだ生きてるモンスターがいる?」


 まだ、この部屋を調べたいんだけれど、なるべく戦闘は避けたいんだよね。さっさと次に行った方が良いかな。


 ナハバームの画面に再度顔を映しました。


「とりま、進んでみるね。でも、何度も言ってるけど、視聴は自己責任でよろ。あと、通信が切れたらごめんやで~。その時は、記録が出来てたら編集して後日UPするから」


『待って、待って』『アイちゃん、声が聞こえる』『ナハバームが音拾ってるよ』『た とか、け とか』『日本語?』『モンスターの唸り声?』


 瓦礫の下から? 所処細かい瓦礫が落ちているから、生き残っているのもいるんだろうけれど…


『アイちゃん、たぶん「助けて」じゃない?』


 瓦礫をどかしてみようか迷っていたアイは、この書き込みで動きました。


「誰かいる? 声、出して」


 手前の瓦礫から取り除いていくと、アイの耳にも微かな声が聞こえ始めました。


「マジ、人間の声じゃん。ヤバいヤバい。盛れたぁ? がん見してみなよ」


 アイはいったん手を止めると、破られたドアに向かって、咥えていたロリポップキャンデーで『ミラ→』と宙に描きました。目くらましの呪文です。


 これでモンスターは入ってこれないから、時間は稼げるはず。早く負傷者を助けなきゃ。


「ガチで厳しい戦い」


 気持ちは急いでいても、アイは普通の女の子です。そんなに力に自信がある方でもないので、瓦礫を崩していくのは簡単じゃありませんでした。


 それでも、少しづつ埋もれたモノが見え始めます。それがモンスターだと分かっても、瓦礫の中から引きずり出して床に並べました。


「階下に行くほどモンスターは強くなる。その性質に当てはめたとしたら、このヨーウィーはさっきのキメラより強い… てことだよね。マジかぁ~」


 ヨーウィーというモンスターはトカゲに似た中型犬ぐらいの大きさで、胴体から蛇のような尾まで深緑の細かい鱗がビッシリ。カブトムシのような細くてトゲトゲした足が6本。それが6体、アイの前に並びました。その半分はまだ生きているみたいで、時々ビクビクと動きました。


「次いこう、次」


大きく深呼吸をして、次の瓦礫に手をかけた時でした。


「うおぉぉぉぉぉ!!」


瓦礫が盛り上がって、中から人が出て来ました。黒い甲冑姿の大きな男の人で、両脇に人を抱えています。兜の下、顔面も面頬で覆っているので、血走った眼だけが異様に見えました。


良かった。とりあえず一人は生きていた。


「ハァハァハァ… かたじけない」


男の人は瓦礫の上に座り込むと、両脇に抱えていた人達をそっと寝かせました。すかさずアイが駆け寄って、様子を見ます。


「貴方、回復呪文は? メンゴ、開ける」 


学ラン姿の… 女の子だ。背中の傷が深くって、出血が酷いな。完全に血の気はないし、冷や汗も出ている。脈も弱いし、呼吸がだいぶ浅くて速い。


「儂は攻撃専門で、回復は無理じゃ」


甲冑の人も、意識はあるけれど深手を負っているっぽいな。甲冑に隠れていて顔色は分からないけれど、呼吸が苦しそう。今のは最後の力を振り絞ったってとこかな。


「こっち見んなしぃ」


そっと甲冑の人の様子を見つつ、アイは学ランの女の子を脱がせ始めました。中のシャツは真っ赤に染まって、ぐっしょりと濡れています。


「包帯の代わりになる物ない?」


甲冑の人が力なく首を横に振ります。アイは自背中のリュックを下ろして中を漁っていると、シュルシュルと上から糸が下りて来ました。太いロープ状の糸が。


「え? マジいいの? ママさん、マジあざまる水産!」


アイはその糸の端を甲冑の人に持ってもらって、リュクの中から水のペットボトルを取り出しました。


これぐらいの水じゃぁ、ちゃんと洗い流せないけれど、やらないよりはマシかな? 新品のタオル、保存袋に入れておいてよかった~。雑菌ついていませんように。


アイは背中の傷口にタオルを当てて甲冑の人を見上げました。


「力、残ってる? この糸を包帯にして、ギュッと、ギュギュギュ~っと縛って欲しいんだけど」


甲冑の人はゼイゼイと荒い息を繰り返しながらも、掴んでいた糸で学ランの女の子の上半身をグルグル巻きにし始めました。


女の子だからオジサンに肌を触られるのは嫌だろうけれど、緊急処置だから許してね。今のうちに、私はもう一人を…


「え… 平安美女」


 黒い修道服に白い頭巾。覗き込んだもう一人のお顔は、一度見たら中々忘れられない顔でした。真っ白な下膨れの輪郭、少し太めの一本眉、鼻筋が通った小さな鼻・真っ赤なおちょぼ口。間違いなく、先日一緒にダンジョン探索をした『シスター』です。


「ってか、こっちもヤバいじゃん」


 呼吸が止まってる。脈、心臓… お肉が邪魔で音が聞こえないだけかな? 動いてる? とりあえず、人工呼吸しなきゃ。ってか、首回りのお肉が邪魔で気道確保出来てるのか、分からないんだけれど! ああ、もう、人工呼吸! 鼻を摘まんで、深呼吸… はしちゃダメだった。でも私の肺活量で、シスターさんの肺を満たせるかな?


「いくよ~」


 胸、膨らまない。やっぱり、私の肺活量じゃ足りないかな? 心臓マッサージ…


 アイが人工呼吸から心臓マッサージに移ろうとした時でした。


「ふん!」


 ブン!! と、大きな拳が目の前で振り下ろされてシスターさんの胸に深々と沈み込み、アイの背中にヒヤッと冷たいモノが流れました。


「ぐぇっ… ゲホっゲホ…」


 その一撃が効いたようで、シスターさんは息を吹き返しました。


「… 肋骨、大丈夫?」


 引きつったような笑みを浮かべて、アイは咳き込むシスターさんの背中をさすりました。


「ボーン、シスターさんおひさ~、アイだよ。分かる? 見える?」


 呼吸が整い始めると、シスターの糸のように細い切れ長の目も、しっかりとアイをとらえ始めました。


「… アイちゃん? アイちゃんじゃない」


「そうそう、アイ。おひさ、シスターさん。気分ど? 魔力、残ってたりする?」


 驚くシスターに、アイは大きく頷いて見せます。そして、手当の終わった学ランの女の子を指さしました。


「あの子、メッチャヤバい。いちおー包帯モドキで圧迫止血してるけど、血が止りきってない。で、こっちの甲冑の人も、あんま良くないと思うよ」


 シスターさんの回復魔法があれば、持ちこたえられるよね。


「無いわ」


「ん?」


「魔力、もう無いのよ。このダンジョンに迷い込む前に、違うダンジョンに入っていて、そこで半分ぐらい使っちゃったの。それで、このダンジョンはモンスターが強い上に、私達みたいに迷い込んだパーティーが何組かいて、そっちの回復もしたのよね。脱出もね、しようとしたのよ。でもほら、私、脱出系の呪文が苦手でしょう? パーティーのダメージもあるから出口を探していたんだけれど、中々見つからなくって」


 シスターさん達以外のパーティーも何組か? 私は誰とも会わなかった。出口を探しているのに私より階下にいるってことは、もっと下からスタートしたってこと? 何だろう、モヤモヤして気持ちが悪いなぁ。


「ここ、スピリタスさんが探索中の野良ダンジョンだよ。いつも配信しているトコ。野良ダンジョンだからさ、空間移動中は止めといた方がいいじゃん、脱出系呪文。でさ、シャチョ―とも確認したけど、空間移動中の配信は出来てるけどGPSが駄目っぽいんだよね。なんで、GPSが確認できたら連絡くれるはず。イコール、ダンジョンの安定で脱出系呪文OKまる」


 アイはリュックを漁りながら回復アイテムを探します。けれどロリポップキャンディーしかなくて、とりあえず1本、シスターさんに差し出しました。そして、しまっていたスマートフォンを確認。


「う~… やっぱ、まだダメっぽ。と言う事はさ、シスターさんの魔力だけが頼りなわけ。回復アイテムは?」


「あら、これ美味しい。どこのメーカー? 回復アイテムは持っていたけれどほとんど使っちゃって、残りはあのバロンが… そう! 聞いてアイちゃん! あのバカバロンが急にバーサーク状態になったから、モンスターも荷物もメチャクチャ! あのバカバロンが…」


 相変わらず、マシンガントークだなぁ。… ん? バロン?


「シスターさん、ちょまっ、まったまった」


 アイが慌てて止めようとしても、シスターの口は止まりません。ロリポップキャンディーもバリバリと立派な歯で瞬殺です。


「キャンディーだけじゃ回復しないわね。飲み物ない? 飲み物」


 シスターはアイの膝にあったリュックを取ると、ゴソゴソとあさり始めます。慌てて止めようとしたアイは、学ランの女の子が光っていることに気が付かきました。今度は何? と素早く確認します。


「マジ… 血ぃ、止まった。この糸のおかげ?」


 そっと包帯代わりの糸に触れると、ほんのりと温かくなっていました。


「アイちゃん、聞いてる?」


「はいはい」


 シスターにおざなりな返事を返して、アイはさらに観察しました。


 この温度は糸から? それとも傷が回復するための発熱? 意識はまだ無いけれど汗は引いてる。体温自体も少し上がってる。でも、顔色は悪いなぁ。このまま、増血までできるかな?

 甲冑の人は… 意識はある。けれど、保っているのが精一杯っぽいなぁ。甲冑脱いでくれれば、傷を確認出来るんだけれど…


「苦戦していたら助けに来てくれた事は感謝しているわ。でも、急にバーサーク状態になって暴れに暴れて、最後には天井落として… 今この状態よ」


 シスターさんからの情報も多いなぁ。こっちを診ながらだと処理が追いつかない。ん? ちょっと待って、今バロンさんの名前が出てきたよね。そうだった、バロンさん。と言う事は、私に突進して来たのはバロンさんか。


「アイちゃん、これいいかしら?」


「うん」


 何処かに行っちゃったってことは、バーサーク状態だったってことか。バロンさんがバーサーク状態に入るスイッチが分からないんだよね。オフにするには、気を失わせればいいみたいだけど。


 アイがブツブツ呟きながら二人の状態をチェックしていると


 キュイ〜!


 何かの動物のような叫び声が響きました。


「え? なになに!?」


 慌てて辺りを見渡すアイの視界に入って来たのは、保存袋の水を飲んでいるシスターでした。


「わ〜! なに? なになに? 何してんの?」


 アイは急いでシスターから袋を取り上げると、中身を覗きながら揺らします。


 あ、良かった。クラゲ、飲み込まれてない。あれはクラゲの悲鳴かな? 怖かったよね~。


「あら、私はちゃんと聞いたわよ「飲んでもいい?」て。そうしたら、アイちゃんが「うん」てこたえたんじゃない」


 袋を抱えて座り込んだアイに、シスターはツンと唇を尖らせて言いました。


「だから、待ってって… あ〜、まぁ、クラゲが無事だったからいいか」


 言い返そうとしたけれど、「疲れるだけか」と悟ったアイは、流すことにしました。ツンツンとクラゲを突きながら。


「クラゲ? クラゲってなに… よこれぇ〜!」


 シスターの体がピカピカと輝き始めました。


「シスターさん、無敵ナウ?」


 おお〜! と、思わず声を上げたアイ。シスターはピカピカと輝く自分の体を眺めました。


「無敵? 言われてみたら、力が湧いてきたような… あっ! 誰かが私を呼んでいるわ!」


 ハッ! と顔を上げて、空をキョロキョロと見渡したシスターは、素早く破れたドアから出ていってしまいました。


「え〜… ワケワカメなんですけど」


 … って、駄目じゃん! 1人にしたら危ないよ!


「シスターさん、攻撃魔法とかできたり?」


 アイはリュックからロリポップキャンディーを3本出して、1本はクラゲの袋の中に、1本は自分の口の中に、最後の1本は甲冑の人の口元にズイっと出しました。


「儂の前では、ないな」


「これ、ほんの少しだけど体力回復するから。スマホは? 配信してたっしょ?」


「配信はしていた。が…」


 微かに甲冑を鳴らして動いた視線の先は、瓦礫の山でした。

 アイはリュックにしまっていたスマートフォンを起動して、手早くアプリを起動させます。


「り。私の貸すよ。記録モードで会社と繋げたから、ダンジョンが安定したら連絡入るはず。救助してもらってな〜」


 甲冑の人の手にスマートホンを握らせて、アイはリュックを背負って立ち上がりました。


 学ランの子、救助来るまで頑張って。


「とりま、シスターさんは任せて」


 アイは防御魔法を自分にかけて、部屋から走り出ました。


 アイ、ダンジョン探索改め迷子捜索開始です。他にも迷子パーティーがいそうだけれど… Next→



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