第十六話 『このダンジョン、あのダンジョン、そのダンジョン、どのダンジョン?』
「えっ?! 分からない? マジで?」
右手に持ったスマートフォンから聞こえた女性の声に、アイは残念そうな声を上げました。LINE通話は、スピーカーにしてあります。だから、集音マイクの性能がいいナハバームはしっかりと拾って、リスナーにも聞こえていました。
『ダメか~』『GPS機能が付いているなら、場所は分かるんじゃない?』『場所が分かれば、登録番号だって分かるでしょ』
「分からないって、場所が? それとも登録番号が?」
ナハバームの画面に書き込まれるコメントを見ながら、アイはもう一度スマートフォンに向かって質問をします。
「それが…」
「アイちゃん、おっつー」
通話の相手が、困惑した女性から男性に変わりました。少し渋めで艶のあるいい声です。
「あ、大ちゃん? おっつー。聞いた?」
『大ちゃん』『大ちゃん登場』『大ちゃんて?』『大御所の登場』『アイ氏が「大ちゃん」と呼ぶのはカルミア社の社長、五十嵐・カルミア・大五郎氏』『相変わらず、社長を「ちゃん」呼び』
私も、最初は抵抗あったんだけれどね。本人が「貴女のキャラなら、私の事は「大ちゃん」と呼んだほうが良いわね」て言うんだもの。今はすっかり慣れたけれど、「アイ」の時じゃなきゃ呼べないよ。
「聞いていたし、配信も最初から見ているわ。水蚕の糸も、ちゃんと届いたわよ。あんなに採れるとは思わなかったわ。過去一の量よ。マジでおっつーね。それでね、アイちゃんの第六感は素晴らしいわ。グレイトよ」
『アイ氏の第六感優秀』『GPSで場所は確定できているってことだね』『ダンジョンのドアtoドアだ』『今はどこのダンジョン?』
社長の話とほぼ同時に書き込まれて行くコメントに、アイの処理能力は全開です。
「じゃぁ、やっぱりダンジョン変わっちゃってる?」
「そうね。変わっているわ。ただし、GPS機能で№1のダンジョンからアイちゃんが動いちゃった事が確認できているだけで、現在地の確認が取れないのよ。エラーが出ちゃうの」
『アイちゃん、どこに居るの?』『ダンジョンごと迷子か』『規模のでかい迷子だな』
「配信用のスマホって、電源が切れてもGPS機能は生きてるんだよね?」
「そうよ。普通のスマートフォンなら、電源がオフになればセルタワーへの信号の送信が停止してしまうから、GPS機能もシャットダウン。ただし、機種によっては電源がオフになっても、位置情報を取得できる場合があるわ。アイちゃん達探索者に渡しているスマートフォンはその機能を強化しているもので、万が一ダンジョン内で電波が切れてしまって通話ができない状態でも、GPS機能は生きているわ」
そうだよね。その機能のおかげで、命拾いした探索者が何人もいる事を知ってるし。
「アイちゃんに渡したナハバームは、その機能をさらにパワーアップしているから、拾えないなんてことはないはずなのよ。同じ空間に居れば」
『探索者のスマホ、マジスゲー』『俺達のスマホにも、その機能欲しい』『悪いこと出来ないぞ』『それな』『ジレンマ』
… 同じ空間。それって
「私の居るダンジョンの空間と、大ちゃんがいる空間が違うってこと? それって…」
「「『野良ダンジョン』」」
アイの声と社長の声と画面の書き込みが、ピッタリと重なりました。
『また、野良ダンジョン?』『アイちゃん、野良ダンジョンによく当たる』『持ってるね~』『引くね~』『アイ氏、野良ダンジョンを専門にするのはいかがか?』
「野良ダンジョンなら、登録番号が無いのは納得でしょう? でも…」
「GPS機能が拾えないなら、空間を移動中の野良ダンジョンって事だよね?」
同じ空間に居なければGPS機能が機能しない。野良ダンジョンは空間が安定していない。つまり、どこかのダンジョンじゃなくって、どこかの空間に居るって事だよね。
「そうなの。こうして通話が通じるってとこはラッキーだけど、GPS機能が駄目で通話がOKって言うのも分からないのよね~」
『アイちゃん、空間を駆ける少女』『時空間の迷子』『壮大なスケール』『アイちゃん、帰れるの?』『外に出ようとしたら、どうなるの?』『時空間の隙間に落ちちゃったりしたら?』
「ちょっ、皆AIモードなのは良いけどさ、せっかくなかなかできない体験してんだから、ガン萎えコメなしやで~」
出なきゃいいんだから、出なきゃ。
『アイちゃん、超前向き』『でも、実際問題どうすんの?』『野良ダンジョン、危険いっぱい』
「え? 普通に探索するよ。ダンジョンだもん」
そのうち、どこかに入り口を出すんだから。それまでの時間がもったいないよね。
『さすが』『さすが』『それでこそアイ氏』『ダンジョンバカだよね~』
「OK、OK。じゃぁ、引き続きダンジョン内の探索をしてちょうだい。私も時間が許す限り観ているわね」
「あざま~す。大ちゃん、ジャネバ~イ」
「アイちゃん、バァ~イ」
チュッとオマケの音が聞こえて、通話が切れました。
現状は変わらないけれど、少しでも情報が増えたことは良かったかな。現状は変わらないけれど。
「んじゃ、ナハバームだけにするよ~。野良ダンジョンだって分かったから、ここから先は自己責任での視聴よろ」
アイはスマートフォンの電源を切ってリュックのサイドポケットにしまうと、スタスタと歩き出しました。スマートフォンと引き換えに出したチョコレートバーを食べながら、ワクワクと期待しながら。
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思っていたより、お腹が空いていたようです。アイは歩きながら3本のチョコレートバーをペロッと食べきっても、空腹感を感じていました。けれど、とっておきのビーフジャーキーは非常用にと我慢して、探索に集中力を戻しました。
「野良ダンジョンだって分かったらさ、やっぱり見覚えがある気がするんだよね」
赤レンガの地下道。左右対称に木のドアが付いていて、間には明かり用の松明。… 絶対にどこかで見た覚えがあるんだよなぁ。ってか、空気が重くなってきた。殺気がこもってる。そろそろモンスターが出て来るかな。
『野良ダンジョンなんて、そこら辺にないよ』『レア』『アイちゃんぐらいだよ、野良ダンジョンに次から次に当たるの』『いるって、いる』『アイちゃんの他に?』『あ、スピリタスさんだ!』
「それな! スピリタスさん!!」
頭の中のジグソーパズルがピッタリはまった感じ! そうだ、スピリタスさんが攻略中の野良ダンジョンだ!! と言う事は…
バン! バン! と左右のドアが開いて、アイの道を塞ぐように50人程の骸骨剣士がぞろぞろと現れました。そして、一斉にアイに向かって切りかかって来ました。
「容赦なく行くよ~! 視聴はマジ自己責任でよろ!! かわちぃ鋏は蟹しか勝たーん!! 」
アイは口の中のロリポップをコロンと転がして、ポケットから出したリップで宙に「'`(+彡」(はさみ)と書きます。途端にリップが幾つものハサミになって、骸骨剣士を切り刻もうと向かって行きます。
「追い打ちぃ! あぶらーの恋バナ!! さらに、50パーセント増量なう!!」
速攻でロリポップで宙に「火」と書ながら呪文を唱え、チュッと文字に小さな投げキスをすると、ボワッ! と骸骨剣士の床全体から火が上がります。その火は、鋏と一緒になって骸骨剣士を焼いてしまいました。骨の表面は元より、鋏が切り裂いた骨の中からも。細かくきられ、薄く削がれた骨は、早く良く焼けます。
『アイちゃん、パネェ』『一切の容赦なし』『これは、子ども見ちゃ駄目だわ』『久しぶりの攻撃魔法』『ストレス溜まってた?』『骨の一欠けらも残んないのね』
「剣の腕に自信ないから、サッサと片付けるの。でも、スピリタスさんの時より多くね? ま、楽ショーだけど。洋服も髪も乾いたし」
アイは何もなくなった道を、少し焦げ跡が出来た赤レンガの地下道を、クラゲの入った袋を抱きながら軽やかな足取りで進んで行きました。
アイ、配信でチェックしていた野良ダンジョンを探索開始です。Next→