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第17話 ギャルはダンジョンを堪能したい

第十七話 『ギャルはダンジョンを堪能したい』


 走って走って魔法を使って…


 初めてのダンジョンなのに、ちっとも堪能出来ない! 探索出来てない!

 モンスターはワラワラワラワラ何処からでも湧いて出てくるし、廊下の角や壁や天井なら分かるけれど、さっきなんか私の影からも出て来たし、攻撃魔法を放って倒しても後ろからどんどん追いかけてるし! クラゲを抱えて全力疾走しちゃっているけれど、目を回してないかな? 台風だと思えば大丈夫かな?


「ああ! キリがない! で、ここ、どこ!?」


 進んでも右に曲がっても左に曲がっても、ちっとも、ちぃぃぃ~っとも景色が変わらない!


「マジ、マッパー欲しい!」


 こんな状態じゃあマッピングなんて無理だし、公式マップのデーターを落とす隙も無さそうだし、そもそも野良ダンジョンだからまだマップ自体ないよね。

 スピリタスさん、絶対毎回マッピングしてそう。いや、しているはず。きっとしているよね? 今はそれが喉から手が出るほど欲しい〜!


 なんて、無いものを欲しがっている場合じゃなかった。追いかけてくるモンスターのレベルが上ってるし、自分にかけた防御魔法の効果も切れ始めているから、何処に隠れて体制を立て直さなきゃ。


 フウォン!


 数メートル後ろで空気が鳴きます。鈍く低いその音は、直ぐに熱い塊となってアイを襲いました。


「ヤバ」


 咄嗟に十字路を右に飛び込むと、今まで走っていた廊下を真っ赤な炎が通り過ぎていきました。その炎が消える前に、アイは背中にしていたドアを開けて中に逃げ込みました。


「今度は蜘蛛ぉぉー!!」


 部屋には大きな蜘蛛が一匹と、今まさに母蜘蛛から産み落とされたばかりの小指の爪サイズが、次々と産み落とされている子蜘蛛達が数えきれないほどに。真っ黒でずんぐりむっくりとした体に、ルビーのような8個の目。


「あぶらー… あれ?」


 てっきり飛びついて攻撃してくると思ったのに。震えながらお母さん蜘蛛の方に逃げてる。この部屋に充満している恐怖と緊張感。そうか、この子達…


「大丈夫、攻撃しないよ」 


 アイがパっと両手を上げると、子蜘蛛はピタッと動きを止めて、それでもそろそろと出産中の母蜘蛛に寄り添って行きました。


 この子蜘蛛達、本能で「私には敵わない」て分かっているんだ。こういうモンスターに効果的なのは…


「チルってね」


 チュッて投げキスをすると、子蜘蛛や母蜘蛛の恐怖や緊張感がスッと消えました。それどころか、ポヤポヤとした小春日和のような雰囲気になりました。


 この魔法、仲間に対してはリラックスを与えて、敵に対しては敵愾心を削ぐんだよね。まぁ、自分よりレベルの低い敵じゃないと効果がないんだけれど。今はこの魔法がベストだよね。


「邪魔しないから、ちょち場所かしてね~」


 そんな子蜘蛛や母蜘蛛に手を振って、アイは部屋の隅に座りこみました。体育座りで。


 あ、クラゲ、目を回しちゃってるみたい。そうだよね、あれだけシャッフルされたんだから、当たり前か。


「おっつー。皆、観れてる?」


 すかざず、ナハバームがアイの膝にチョコンと乗っかったので、アイはクラゲの入った袋を横に置いて、ニコッと笑って手を振りました。


『おつおつ!』『アイちゃん、大丈夫?』『ハンパなくない? このダンジョン、ヤバくない?』『アイ氏、魔力の残量は?』


「心配あざます。ここ、蜘蛛の巣だったね。素直な子達で助かったわ~。

いちおー怪我無し、メンブレ無し。魔力の残量は… まぁ、大丈夫かな。クラゲは目を回しちゃったみたいだけどね」


 リュックの中から新しいロリポップキャンデーを取り出して、パクンと咥えます。口の中に広がるイチゴミルクの味に、アイは一息つきました。


 キャンディの残り、いつもより少ないな。魔力切れしちゃうのはマズいから、魔法は少しセーブしよう。… キャンディか。


「食べる?」


 アイは指先でクルクルと回していたロリポップキャンデーを、ポ~ン! と蜘蛛達の方に山なりに投げました。ロリポップキャンデーは落ち始める前に、母蜘蛛が出した糸に絡め取られて、子蜘蛛達に届けられました。


 食べてる? なめてる? 栄養になるといいな。


『モンスター、飴食べるんだ』『蟻みたい』『モンスター、どんどん強くなっていくよね』『最初は骸骨剣士多目』


 確かに、どんどん強くなってきた。まるで、こっちのレベルを計っているみたいに。


「キメラだった。ここに逃げ込む直前のモンスター。ライオンに飛龍の翼のキメラ。スピリタスさんの配信中は、出て来なかったよね? スピリタスさんより進んでいるのかな?」


『うんうん、見えた』『けっこうでかかった』『尻尾、蛇だったよ』


 さすが、ナハバーム。私が見えない所もちゃんと映してくれてる。本当に優秀だよね。


『今、何階なんだろう?』『アイちゃん、階段おりてなくない?』『そういえば』『ずっと同じ階を走っていたって事?』『広すぎじゃね?』


 皆の言う通りだ。私、階段を下りた覚えがない。と言う事は、そうとう広いフロアーだよね。元々、スタートが何階かも分からないから、モンスターの強さも考えてけっこう地下だと思っていいのかな? でも、まだ下がある。床下がザワザワしているのが分かる。この部屋みたいに、モンスターの巣だったりするのかな?


『キメラなんて、ボス級のモンスターじゃね?』『これ以上強いモンスター出て来るのかな?』『マジ? ヤバくね?』『アイちゃん、脱出しちゃえば?』


「脱出ねぇ~、大ちゃんからGPS拾えたって連絡がないから、まだ空間を移動中っぽいんだよね~」


 社長が動画を観れなくても、他の社員さんや研究員さん達が観て色々探ってくれているはず。連絡がまだ無いのは、進捗無しと考えていいんだろうな。


「それに、脱出はなしよりのなし。だって、まだこのダンジョンを堪能してないし」


『でた、ダンジョンバカ』『命が第一だよ~』『これ以上はヤバいって』『移動落ち着くまで、その部屋にいなよ』


 おっと、皆からは否定的な意見が多いいなぁ。まぁ、あれだけ強いモンスターがどんどん出てきたら、そう思うのは仕方がないか。でも、


「ダンジョン堪能したい~! 探索したい~! 野良ダンジョンだよ?! スピリタスさん以外は入っていないダンジョンだよ?! モンスターは強いけれど、倒せないこともないし、むしろレアアイテムゲットできるかもだし! とにかく、この下には行きたい。下でドンドンしてるの分かるんだもん」


ハッ! 興奮しちゃった。


ナハバームを握りしめて立ち上がったアイを、蜘蛛たちは怯えながら見つめていました。


「ほんまごめんやでー。チュルって」


チュッと投げキスをすると、蜘蛛たちの怯えもなくなりました。


『その魔法、いいな~』『アイちゃん、俺にもその魔法かけて』『蜘蛛になりたい』


「チャンスがあったらね~。とりま、防御を強化して下の…」


蜘蛛達が天井に逃げた。下に何かある?


アイが天井に集合した蜘蛛達から、床に視線を落とした瞬間でした。


ドス! ドスドスドス!!


下から鋭い剣先が、場所を変えて何度も突き出て来ます。アイはクラゲ入りの袋をリュックに詰めて、背負って部屋を出ようとしました。けれど、それより先にウォーハンマーが床を突き抜けて、部屋の床全体を落としました。


「ちょ、まっ… KYやば」


アイは咄嗟に「シ→ルド」と書いて呪文を発動させようとしたけれど、間に合いません。床の瓦礫と一緒に、下の階に落ちてしまいました。


「いたたたたぁ… くない。あれ?」


ギュッと目を瞑って痛みを覚悟していたアイは、予想していた痛みが襲ってこなくってそっと目を開けます。視界一面に、床の瓦礫が見えます。その間からはモンスターらしき破片がチラホラ。そしてジワ… と血が広がり始めました。


「視聴は自己責任でよろ」


巻き込まれなくって良かった。でも、何が助けてくれたんだろう?


「これ、糸だ」


アイの体は、プラ~ンと空中で釣り下げられていました。腰にグルグルと白い糸が巻き付いて。


「マジ、あざまる水産!! ママさん、マジパない」


アイの体を吊り上げたくれたのは、母蜘蛛がお尻から吐き出した糸でした。アイが母蜘蛛を見上げて目をキラキラと輝かせてお礼を言うと、糸がゆっくりと降り始めました。


「メッチャいい蜘蛛さんじゃ~ん。ここまでしてくれんの? マジあざまる水産」


アイの足が瓦礫についたのを確認して、腰に巻かれた糸が母蜘蛛のお尻に戻りました。


「出し入れ自由なんだ。SDGsだね」


 感心しているアイの足元がグラっと揺れました。慌てて飛び退いて、ロリポップキャンデーを構えて攻撃魔法の体勢に入るのと同時に、黒い影が瓦礫を弾くように押しのけて飛び出して来ました。


 アイ、走って走って落ちた先は? Next→



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