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第15話 運命のドアを開けた時

第十五話 『運命のドアを開けた時』


 採った糸の山は、魔法で会社に送った。一度生配信を終わらせて、荷物の整理も終わらせた。簡単だけれどマップ描いたし、アイテムの残量確認もOK。ギャルメイクの治しもしたし… さ、本日2目回の生配信いこうかな。おっと、大事なロリポップキャンデー、忘れるところだった。キャラメル味にしよっと。


 アイはスマートフォンの「ライブ配信を開始」の文字をタップします。配信がスタートしたのを確認して、ニコッと画面に向かって笑いかけました。


「ぼーん! 今日2回目のアイだよ。皆、さっきまでの配信は見てくれた? 見てくれた皆、あざま~す。見逃がしちゃった皆は、後日アーカイブからドゾ。さっきまでの配信、会社絡みなんで、会社のチェックと編集が入るらしい。リアタイしてくれた皆も、良かったら見比べて。

 と言う事で、ここはまだダンジョンの中だよ。これからここを出るんだけれど、チョイ気になる所を見つけちゃったから、寄り道しまっス」


『アイちゃん、さっきはお疲れ~』『今北産業』『見逃したぁぁぁ』『会社絡みってなになに?』『秘密結社?』


「しょうちゃんさん、おつー。のんちさん、午前ティーさん、マルウスさん、チッス。TOTOKARUさん、うちの会社ヤバいとこじゃないから。

 んで、さっきの配信からニューアイテム使ってんの。これこれ、シャチョーから貰ったナハバーム! メッチャ有能でパないよ」


 パっと画面に向かってトカゲタイプの自立型スマートフォン・ナハバームを差し出しました。


『でた、現物支給』『ボーナスの現物支給』『仕事のできる現物支給』


「だから、現物支給やめれ。マジウザ。ともかく、今回は水中がメインになると思うから、ナハバームがメインで行くよ~」


 言うが早いか、アイは素早くスマートフォンとナハバームをいったん連動して、それからスマートフォンの電源を落としました。用無しのスマートフォンを防水袋に入れて、防水リュックの中にしまって、地底湖の縁に腰を掛けます。石畳に伸ばした足を揃えたら、ミニスカートのポケットからピンクと赤の口紅を出しました。


「んじゃ、ここからはマーメイドアイだよ」


 ニコッと笑って、両足にピンクと赤の口紅で鱗を描きだしました。


「あげて♪ あげて♪ マーメイドウィズ〜」


 口の中でロリポップキャンデーをコロコロ転がしながら、まるで歌っているような詠唱です。足に描いたピンクと赤の鱗模様に人差し指を置いて、2色の口紅を混ぜながら伸ばすように『囚魚人魚』と書きます。ポン! と、アイの両足は魚の尾に変化しました。ピンク色とルビー色に輝く細かい鱗の尾で、長い帯びれはルビー色からピンクのグラデーション。もちろん首にはピンクとルビー色の鱗のついたエラがあります。


「んじゃ、行くよ~」


 アイとナハバームは、地底湖の中にスルンと入り込みました。水中はさっきより静かです。クラゲがヒカリゴケを食べきったのか、キラキラ光るものがありません。そのせいか、クラゲが水に馴染んでいて見えにくくなっていました。アイはパチンと指を鳴らして、光の玉を出しました。


 ヒカリゴケが無くなって、クラゲの存在もほぼ消えて… 小さな魚が目立つようになったなぁ。キノコはどこに行ったかな? もしかして、クラゲ以外の生物が居て食べられちゃった?


 暗い水中、ホワホワした光の玉を頼りに泳ぐアイの姿は、物語の人魚姫そのもの。洋服にミニスカート、背中にリュックを背負っているけれど。ほんのりとした灯りに垂らされて、水中を優雅に漂う尾びれは小さな魚たちの気を引く様で、チラチラチラチラついて来ています。

 アイはポヨンポヨンと見えにくいクラゲに当たりながら、地底湖の底を目指して潜っていきました。


「ここ、クラゲの林だ。毒を持ってるクラゲじゃなくって、マジラッキー」


 見えにくいけれど、アイの周りには大小様々なクラゲが居ました。光の玉の灯りを反射して、少しだけクラゲの口腕が見えます。何重にも垂れ下がった暖簾のように。


「ここら辺にあったと思うんだけれど」


 アイは、さっきナハバームがチラッと映したモノを探していました。クラゲを傷つけないように、優しくかき分けてかき分けて…


「あった」


 アイが探していたモノ。それはクラゲの林の中に隠されていた『氷の扉』。クラゲと同じように水に馴染んで形がハッキリと見えないけれど、光の玉の灯りでぼんやりと形が確認できました。斜めに漂っている、氷の扉。扉が1枚だけ。


 壁や地底湖の底があるわけでもない。本当に1枚の扉があるだけだ。扉もドアノブも氷。… 触ったらくっついちゃうかな? 何か仕掛けがあったり… 


 アイは逸る気持ちを何とか抑えて、まずは安全確認です。


「一応、危険はないかな。んじゃ、ここからどこに行けるかな?」


 ナハバームが肩に止まったのを確認して、冷たいドアノブを握り込んでグッと一気に捻りながら押しました。ほんの少し隙間が出来たのが見えた瞬間、ものすごい勢いでドアが開いて、アイの体は中へと吸い込まれて行きました。クルクルと回転しながら。


「吸引力ゥゥゥ~!」




 スッ… ポ~ン!!


 今、スッポ~ンて、スッポ~ンて出された。しかも顔から床に落ちたし。顔はやめて欲しいよね、顔は! でも、水の中のドアなんだから、水の中に繋がっているって思うじゃん。思うよね?! ドア開けて、吸い込まれて、吹き出されて空中を飛ばされて、石畳の上に落ちるって何なの? 今日、2回目だし! あ、ここは赤レンガだ。


「はぁ… ナハバーム、君は本当にしごできで優秀だね」


 ちゃんと隣に着地したナハバームを見て、アイは自分を情けなく思いながらヨロヨロと体を起こします。そして、マーメイドの術を解いてリュックを開けようと背中から下ろした時でした。


「あららぁ、君、ついて来ちゃったの?」


 リュックの上に、小さなクラゲが一匹。フルフルと傘を揺らしていました。アイがロリポップキャンデーをあげたクラゲの様です。小さな口腕に、ロリポップキャンデーの棒が握られていました。


「て、ちょっ、ここ水ないよ! 水水、あっと、入れ物も~」


 リュックの中に何かあったかな? 小さいから、そんなに大きくなくっていいんだけれど…


 アイは慌てて鞄の中身を床に撒き散らして、水を入れられるものと水を探しました。


『アイちゃん、ナイスアイディア』『クラゲ、かわたん』『甲子園のかち割り氷みたい』『それな』


 アイがクラゲを入れたのは、防水用の袋でした。水は、水分補給用のペットボトルの水。新しく貰ったロリポップキャンデーを咥えて、満足げな様子のクラゲです。傘をミント色にボンヤリと染めて。


「とりま、これでOK?」


 袋の中のクラゲの様子を見て一安心したアイは、ルーズソックスとスニーカーを履いて身支度を整えました。服や髪はぐしょぐしょだけれど。


「さて、ここがどこかは分からんけど、ダンジョンだから進むよ~」


 クラゲの入った袋を抱えて、アイは歩き出しました。


「中世のお城風ダンジョン…」


 赤レンガの地下道。左右対称に木のドアが付いていて、間には明かり用の松明。… 見覚えがあるような無いような? 


「ナハバーム、とりまきー」


 アイが声をかけると、壁を移動していたナハバームがアイの腕にとまりました。ちょうど袋を持っている左腕に。


「あのさ、このダンジョン、さっきまでのダンジョンじゃないと思うんだよね。部屋が違うとかじゃなくって、別のダンジョンって感じ。空気が違うって言うか… 感なんだけどさ」


 狐のお面の人は、私と違うルートで地底湖まで来たはず。だから、芋虫のダンジョンにはまだ数個のルートがあるのは確か。だけれど、今私が立っているルートは、ダンジョン自体が違うと思う。今までのダンジョンでも、一つのダンジョンに雰囲気の違うルートが何本か。て言うのは経験あるけれど、根本的な匂い? 雰囲気? 肌に感じるもの? まぁ、第六感的なもので分かったんだよね。


「でも、今まで私が入った事があるダンジョンじゃなくって、「見たことある」って感じのダンジョン。でも、思い出せない~。誰か他の人の配信で見覚えないかな~?」


『アイ氏の感、当たりますからな』『あのドアで違うダンジョンに移動しちゃった感じ?』『マジのドアtoドア』『臭いに覚えない?』『イヌか』『ダンジョンの中から登録番号調べたり出来ないの?』『それな!』『博士現る』


 腕にとまっているナハバームの画面に、次々とコメントが書き込まれます。そこにヒントがないか、いつも以上に確りと見ました。


「ダンジョン内から登録番号… やったことなかった」


 そりゃぁ、そうだよね。登録番号が分かっているから入るんだもん。そうか、登録番号。でも、どうやったら? 壁や床に刻まれている訳じゃないし。そもそも、ドア1枚で別々のダンジョンがくっついているなんて、今まで聞いたことないよね。


『会社に問い合わせは?』『それな』『スマホやナハバームのGPS機能で分かるとか?』


「コーチンさん、それな!」


 駄目もとで連絡してみよう!


 アイ、潜って飛ばされて落とされて。今度はどこのダンジョン? Next→




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