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第13話 海月はロリポップキャンディーがお好き?


第十三話 海月はロリポップキャンデーがお好き?


 どこまでも透明な水はキラキラと輝いています。オレンジ、紫、エメラルド、青… 水中に落ちた太陽の欠片のように、自分で発光しているヒカリゴケの切れ端。その水中を泳ぐのは、ミニスカート姿でピンクの尾と尾びれを持った、ピンクの編み込みツインテールのマーメイド・アイです。そんなマーメイドが珍しいのか、白い物体がフワフワと集まって来ました。


「クラゲだ」


 フワフワと集まって来たのはクラゲ。アイの手の平サイズのものから、頭のサイズの物まであって、ユラユラしているフリルのような腕は短い物から長い物まであります。大きさや長さは色々だけれど、色はいたってシンプル。透明な白。苔の光加減のおかげで、姿が確認できます。あまりに透明で、苔の光がないと水と一体化しちゃっていました。


「クラゲの腕は、「口」に「腕」て書いて「こうわん」て言うんだよね。だいたいのクラゲは、傘の下面の中心に口があって、「口腕」て書くだけあって文字通り口から伸びてるわけ。で、エサを口に運ぶんだけどさ… 口から腕が生えてるって、モンスターっぽくね?」


 姿は可愛いんだけど、よく考えたら凄い仕組みだよね。脳や心臓や血管もないし。


 アイが目の前のクラゲにそっと手を伸ばすと、短い口腕がアイの手の平に乗りました。


「フニフニしてる。ワンコの肉球よりフニフニ」


 握手も出来た。… 可愛いなぁ。この子、連れて帰ったら、ダメかな? ダメだよね。… ダメかなぁ~?


「ん? これ?」


 アイの咥えているロリポップキャンデーの棒に、クラゲの短い口腕が絡みました。


 クラゲって、ロリポップキャンデーが好きなのかな? あ、ただたんに、飴が水中に溶けだしちゃってるんだ。お口の中に甘味が入って行ってるのかな?


「舐める?」


 パっと口を開けると、クラゲは口腕に絡め取ったロリポップキャンデーを傘の下、口の中へと運びました。


「棒は食べれないよ」


 ポケットに入れておいたロリポップキャンデーを取り出して、「こうだよ」とロリポップキャンデーの棒を口から出すのを強調しました。味はアップルサイザー。口の中でシュワシュワ弾ける感覚が楽しい1本です。


「… 大丈夫そ?」


 傘の中心から全体へと、ミントグリーンとオレンジ色のマーブルに染まりました。


 クルクル回っているのは、ご機嫌なのかな? 怒ってはいないみたいだから、大丈夫かな。それにしても、傘の色って変わるんだ。機嫌?



「あ、見えてる? あれあれ」


 少し先に、他にも色の変わったクラゲを発見しました。口腕は透明な白で水と一体化しているけれど、頭の中心がオレンジ。それはチカチカと少しだけ点滅して、スッ… と消えてしまいました。すると、今度は紫にチカチカ…。


 あ、機嫌で変わるんじゃなくって、ヒカリゴケを食べているんだ。食べた色に光っているんだね。


 辺りを見渡して見ると、苔の切れ端を食べたクラゲたちが、あちらでは紫にチカチカ、こちらではオレンジ色にチカチカ、そこで青色にチカチカ… 少しだけ点滅して、また違う所で違う色でチカチカ。


「水と一体化しちゃってて気が付かなかった。けっこう数いるな~、クラゲ。林か?! 大人しいから刺されないと思うけどさ、ちょっと、泳いでみようか」


 尾と尾びれでクラゲを叩いてしまわないように、アイは細心の注意を払ってクラゲの林を進みます。スイスイクネクネ。クラゲ達はそんなアイを優しく見守っているみたいに、口腕をそっと揺らしてくれました。


 ここのクラゲ、草食なのかな? 一緒に流された小さな魚やキノコ、クラゲに乗ってる。


 クラゲの口腕の隙間を泳いでいるのは、上の階から流されてきた小さな魚と、小さなキノコ。魚に乗っているキノコもいます。

そんなクラゲの林がサササーと左右に開いて行きます。同時に、下から水がせり上がってくる間隔がありました。


「ちょっまっ!」


 押し上げて来る水流に乗っちゃったアイは、一気に水面まで押し上げられました。


 水圧って凶器! 体の端々がもぎ取られそうだし、押しつぶされそう。


「ぷあっ! 魚雷か!!」


 水中から水ごと空中に放り出されたアイは、エラ呼吸から肺呼吸の切り替えに一瞬戸惑って、尾を空中でジタバタさせました。


 バシャーン!!


「追い打ちィィィー!!」


 落下し始めたアイは、大量の水を撒き上げながら現れた何かにペシン! と横に叩きおとされました。プギャッて。


「今日、一番のダメージ。マジ、ないわ」


 石畳に叩きつけられたアイは、ヨロヨロと起き上がりながら指をパチンと鳴らします。ポワポワと現れた光の玉の灯りを頼りに、周りを確認しました。


「誰よ、私を叩きつけたの」


 所々にオレンジに光るヒカリゴケの生えた石畳や壁に、小さな花々。上の方を見ると、壁の所々に穴が空いているのが分かります。その穴の周りは、ヒカリゴケがびっしりと生えていました。もちろん、咥えたロリポップキャンデーをカロンと鳴らしながら。


「… それらしきモノがない。ん… ちょい、復活。見て見て上。定期か不定期か分からんけど、上の階から流れてきた水があの穴から落下すんだね、きっと。ほら、ヒカリゴケがびっちり。落ちた感覚は… まぁ、長かった。こっから見上げると、3階分ぐらいの高さはあるよね。天井まで」


 アイはナハバームが傍にいる事を確認して、話し始めました。「本当に優秀だなぁ」と感心しながら。


 あ、一緒にいたクラゲは? あの水流から逃げる事が出来たのかな? 一緒に打ち上げられちゃったかな? あ、上で見た人だ。ナハバームのカメラにも映らなかった人。私とは別のルートがあるのかな?


 マーメイドの術を解いて、裸足のままクラゲを探し始めたアイは、湖の縁に立っている人を見つけました。藍色の浴衣に赤い帯。大きな円錐みたいな笠を被っているその人は、両手で持っている大きな葉を揺らしました。


 リンリンリンリン…


 澄んだ鈴の様な音。何だろう、とっても落ち着く。


 鈴のような音に引かれて、アイはフラフラとその人の横に立ちます。その人がしている様に、ジッと水中を覗くと大きな目と視線が合いました。


「芋虫」


 随分と大きな芋虫。頭だけで、私の5人分はあるよね。色は白で良いのかな? それとも緑?水中に散ってる苔の光で、ハッキリ分からないな。この子、水から出てこないかな? ってか、さっき私を押し上げて叩きつけたの、もしかしてこの子かな?


 リンリンリンリン…


 隣で大きな葉が揺らされて、鈴の音が鳴りました。すると、水中の芋虫がぬっと頭を出して湖の縁に乗せます。ひっくり返って、口を上に向けて。


 自然界では見ない光景。それにしても、頭のわりには小さな口。純白の芋虫なんて初めて見た。ウニウニ動いている口の下に、もう一つの口。もしかして、この子…


「良き土、良き風、良き雨、良き陽光。たんとおあがり白き子よ」


 呪文の様な言葉は、隣の人から聞こえてきました。鈴の音のように澄んだ声です。そして、葉を揺らしながら傾けて、リンリンリンリンと鳴る中身を芋虫の口に落とし始めました。ツー… と、細く細く蜘蛛の糸のように細く。茜色の水を。


「かわたん。あ、ガチメの閲覧注意」


 ナハバームが肩に止まったのに気が付いて、注意喚起しました。リスナーさん達も、アイみたいにダンジョンが好きでも虫が好きとは限らないから。


「隣に浴衣着た人が居るんだけれどさ、映ってる? 上で夕日を見た時に、私が見た人」


 アイはリスナーに聞いても、スマートフォンかナハバームで返答を確認しようとしません。視線はずっと目の前の光景に奪われたままで、むしろ触りたくってウズウズしていました。



 アイ、大抵の虫は怖くはありません。むしろ観察するのが大好きです。さて、この芋虫の正体は何かな? Next→




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